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7

 パサ


 軽く乾いた音とともに、エルザの淡いピンク色の髪が一房、地面に落ちた。


「さ、刺されるかと思った」


 取り出したハサミで刺されると身構えたエルザだったが、髪の毛先が切られただけなことに、安堵のため息をつく。


「そんな怖いことするわけないじゃない!ジル様の色の刺繍飾りをあなたの鞄から切り離してあげようと思っただけよ!!」


「ダメですよ。これはジル先輩からの貰い物なので、わたしの勝手で外せないです!」


 鞄を抱きしめて上目遣いで女生徒を睨むエルザは、同性から見ても守ってあげたくなるような美少女だ。


「そうだよ。俺がエルザにあげた物だから、きみにどうこうする権利はないよ?」


 言葉とともに、エルザの前に男が立ちふさがる。

 見上げるほどに高い身長。太陽の光に輝くブルネットの髪が眩しい。


「ジル様、どうしてその女に、ジル様の宝石を……」


 突然現れたジルに、彼の取り巻きだった女生徒は瞳を潤ませ、縋るように迫る。

 ジルは彼女の手からそっとハサミを抜き取り、優しく目の前の女生徒の髪に触れた。


「どうして、って。エルザは俺の唯一なんだ、当たり前だろう?小鳥のように囀るきみを可愛いと言ってくれる男はきっと他にいるから、もう俺にもエルザにも近寄ったらダメだよ?」


「ね?」と小首を傾げながら、ジルはハサミを大きく開いた。


 ザン


 子気味の良い音とともに、緑のリボンを纏った髪が、重い音とともに地面に落ちた。


「ひっ」


 まだ顔のすぐ横にあるハサミに女生徒は短く悲鳴を上げる。

 ジルは微笑みを浮かべたまま、ハサミをもう一度大きく開く。


「あ、あの、わたし、ごめんなさい!!」


 女生徒は涙声で謝罪を叫びながら走り去って行った。


「ジル先輩、あの、ありがとうございます」


 エルザは助けてくれたジルの服の裾を引っ張り、自分のほうを見てもらう。

 ジルは手に持っていたハサミをポイと投げ捨てて、エルザの髪に手を伸ばす。


「髪、切られちゃったね?」


「あー、わたしすぐ髪の毛伸びるので、大丈夫です!」


 誤魔化すように笑うエルザの髪を、ジルはしばらく無言で撫でた。白い肌に菫色の瞳の彼女に似合いの淡いピンク色の柔らかな髪。


「俺が人前でエルザを唯一って言ったからだね、ゴメン」


 謝るジルを、エルザは不思議そうに見上げた。


「どうして先輩が謝るんですか?先輩がヒロイン役をわたしに頼んだことがきっかけだとしても、この行動はさっきの女の人が自分で考えて行動した結果です。ジル先輩を好きな人はいっぱいいて、全員が同じ行動をするわけではなくて、彼女だからとった行動です。先輩はなにも悪くないですよ?」


 けれど、自分自身よりも、プレゼントした鞄をかばっていた彼女を見た時、ジルは恐怖で身がすくんだ。

 物なんかより、大事なのは菫色の瞳のきみなのに。


「これも一緒に鞄につけてほしかったんだけど、さっき渡し忘れちゃって、追いかけてきたんだ」


 ポケットから鞄についているチャームと同じくらいの大きさの刺繍飾りを取り出す。


「それは?」


「うちの家紋の刺繍」


 ジルはニコリと笑って、勝手にエルザの鞄に取り出した刺繍飾りもつけてしまう。


「これできみはうちの庇護を受けているってわかるから、たいていの人間は手出しできなくなると思う」


「そういうものですか?」


 平民のエルザには貴族社会の力関係はピンとこなくて、首を傾げてしまう。


「わからなくてもいいから、次からは何かあったら鞄も刺繍飾りも放り出して自分を一番に守ってね?俺はきみが傷つけられたら、傷つけた相手の息の根を止めてしまうかもしれない」


 そう、きみが傷つけられたら悲しいなんてものじゃなくて、きっと怒りで目の前が真っ赤になってしまう。

 今回はたまたまきみ自身に刃が触れなかったから、平常心を保てたけれど。


「ふふ、優しいジル先輩が、そんな怖いことするわけないじゃないですか」


 冗談だと思い、エルザは明るく笑う。

 先ほど、女生徒が髪を一房切られた現場を間近に目撃していたが、切っても生えてくる髪の毛は、エルザの中でさほど大事ではない。

 ジル・クリスターはどんな人にも平等に優しく、しかし公爵家嫡男という身分を正しく理解して行動している理性的な人だとエルザは思っている。

 そんな彼が、出会ったばかりの自分のことで相手の息の根を止めるなどありえない。平民の自分にはわからない貴族ジョークのようなものだろうか。



 少し離れた場所から、生徒会の面々は一部始終を見ていた。

 普段温厚なジルからは考えられない行動に、出て行くことができなかったのだ。


「髪の根元からバッサリ切りやがった」


 オリバーは怖い物を見たかのように、自分自身を抱きしめる。長い髪であることが当たり前である貴族令嬢の髪を、なんの躊躇もなく切ったのだ。怖いなんてものじゃない。


「遠くてよく見えないけど、あれってクリスター公爵家の紅い宝石かしら~?」


 クリスター公爵家の領地で採れるルビーはその鮮やかさ、透明度、そして独特の紫がかった深い紅色から、最高級品として知られていた。クリスタールビーと呼ばれるそれは、基本的に売買されることはなく、公爵家の者たちの持ち物にのみ使用される貴重な宝石だ。

 それが小さいとはいえ、エルザの持っている鞄につけられた二つの刺繍飾りのどちらにも縫い付けられている。

 はたから見れば、完全に公爵家の身内、もしくは公爵に縁づく者ととらえられる。


 それは、誰にでも笑顔を見せ無償の優しさと愛を振りまいてきた、来るもの拒まず去る者追わずのジル・クリスターが見せた初めての執着だった。


数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、評価、いいね、どれもとても嬉しいです。

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