表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/52

6

 スミリアル学院には全学院生を収容しても余るほどの大きな寮があるが、現在は入寮を推奨していないため、極わずかな学生のみがそこで生活している。


 以前は、共同生活を学ぶため、自立を促すため、と入寮することを勧めていたが、ヒロイン事件以降は少しでも不順異性交遊に繋がる可能性を減らそうと、特別な理由がある者以外は通いとなっていた。


 現在、寮に住んでいるのは王都から通えない距離に住んでいる者たちばかり。

 つまり、学院がある王都に家が、またはタウンハウスがない者に限られている。

 エルザも王都から離れた街の出身であるため、入寮が認められた。


 放課後の生徒会業務が終わると、エルザだけが学院の敷地内にある寮へ向かい、それ以外の生徒会メンバーは自分の家の迎えの馬車で帰るため正門へと歩いていく。


 この日は生徒会長のジル・クリスター公爵令息、副会長のハインリヒ・ユーレリア第三王子、書記のジョルジェット・ノワール侯爵令嬢、同じく書記で、ジルの親戚筋のオリバー・ルブラン子爵令息、平民だが、実家が大きな商会を経営している会計のロビン・t・ジャクソン、珍しくもメンバー全員が揃っていた。


 いずれも学業優秀で見目も麗しい学院のアイドル的な存在のため、すれ違った生徒は思わず立ち止って彼らの姿を目で追ってしまう。

 五人揃っているところを見るとなんだかご利益がありそうな神々しさだ。

 その中の一番背の高い男が、足を止める。


「俺、エルザに渡す物があったんだ。ちょっと戻るよ」


 そう言ってジルはその群れの中から離れ、もと来た道を小走りで戻っていった。


「目につく全ての人類を褒めたたえていたジルが、今では口を開けば『エルザ』ばかり。長い付き合いだが、一人の人間に固執しているのは初めて見たな」


 従兄弟であり幼馴染であるハインリヒ第三王子は、去っていくジルを目で追う。


「小っちゃくって可愛くって賢くって、夢中になるのは当たり前ですわ~」


 自分の後輩であるエルザを、ジョルジェットはべた褒めである。


「でもあいつ、特待生だからって、なんか生意気ですよ」


 エルザと同じ一年生のオリバー子爵令息は、彼女の成績が自分より良いことが少し気に入らない。


「俺、なんか忘れ物したかも」


 そう言ったのは会計のロビン。あまり口数は多いほうではないが、家が商売をしているからか、好奇心は強い。

 ジルがエルザに何を渡すのか、二人の仲はどんな状態なのか。ぜひ近くで見守りたい。


「あ~ら~。わたくしも~」


「私もつきあってやろう」


「仕方ないなぁ」


 こうして残りの生徒会メンバーもジルの後を追って、エルザの元へと向かったのであった。





 生徒会のメンバーたちと別れたエルザは、寮への近道をするため、生徒会室のある別棟裏の細い道を通る。

 校舎裏から寮へ通じる道もあるが、生徒会メンバーは校舎へ戻らず、別棟にある生徒会室から直接正門へと向かうため、エルザも同様に外に出て歩いて帰ることにしていた。


 エルザの手には、真新しい鞄が握られている。 

 以前、ジルと買い物に行った店から鞄が届いたと、昨日、彼に渡されたのだ。


 気のせいだろうか?店で見た品物とデザインは同じだが、生地や持ち手、留め具などの金具に高級感を感じる。肌ざわりとか輝きが、普段使いのそれではない。

 ジルに問いかけようとしたが、圧のある笑顔で聞けなかった。自分のような庶民と違い、公爵家のジルが使用する物だ、当たり前と言えるのかもしれないが、いつもは手にしない高級品にエルザは落ち着かない。


「そこの庶民の、あなた!お待ちなさい!!」


 突然後ろから声を掛けられ振り向くと、気の強そうな女生徒がエルザを睨みつけるように立っていた。

 名前までは知らないが、ジルの側でよく見かけた彼の熱心な取り巻きの一人だ。

 手入れが行き届いているだろう金色の長い髪には、ジルの瞳を思わせる緑色のリボンを編み込んでいる。


「その鞄、ちょっと見せてみなさいよ」


 エルザが大事に抱えている鞄を指さされるが、フルフルと首を横に振る。

 鬼気迫る様子の彼女に、ジルから貰ったばかりの鞄を渡す気にはなれない。


「やっぱり、その宝石……。なんでそれをあなたが鞄につけているの?」


 エルザが動いた拍子に鞄についている飾りが揺れたのを、その女生徒は見逃さなかった。

 ジルから渡されたお揃いの鞄には、店で彼が言っていた通り、チャームがつけられている。

 鮮やかな飾り紐で鞄に結ばれた刺繍飾りのチャームには、小さな宝石が縫い付けられ、キラキラと輝いていた。

 鞄を見に行った時の約束通り、ジルの瞳の色の小さな宝石、ほかにも赤や水色の小さいが美しくきらめく宝石が縫い付けられている。


「これは、ジル様がわたしにくださったんです。だって、わたしは彼の唯一ですから!」


 ジルのヒロインとして、エルザは言い切った。

 思えば流されるままジルのヒロイン役をしていたため、今回が初めての自己主張だった。

 エルザは自分の成長が嬉しく胸をはってしまう。


「いいから、渡しなさいよ!」


 そんなエルザの態度が癪に障ったのか、女生徒はエルザにつかみかかろうとするが、小柄なエルザはひらりとかわし、女生徒は転んでしまう。

 地面に転げた女生徒は持っていた鞄から落ちたハサミを握り、エルザに再び襲い掛かる。


 エルザはとっさに貰ったばかりの鞄をお腹に抱え、覚悟を決めた。


チョキン


 金属の軽い音が耳に届く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ