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 ジルの『俺の唯一』宣言から数日、まだ周囲はその状況を受け入れられていなかったが、当のエルザは変わらず学生生活を送っていた。


 というのも、ここスミリアル学院は今では平民の入学も受け入れているとはいえ、元は王族・貴族のための学院。現在、学院に在籍している平民は全体の一割にも満たない。


 平民といっても莫大な寄付金を支払い入学している資産家の子がほとんどで、彼らは入学前からそれなりに貴族たちとも交友があるため顔見知りも多い。

 そんな中、学力を認められ特待生として入学した中流庶民のエルザは最初から浮いていた。


 積極的にいじめられたりはしていなかったが、教室ではずっと”ぼっち”だったため、ジルのヒロイン役を引き受けたところで、失う友もおらず、少し周囲が騒がしくなった気がする程度で毎日を過ごしていた。


「エ、エルザさん。これ、エルザさんに渡してって頼まれたの」


 エルザは放課後の教室でクラスメイトの女子に呼び止められた。これまで話したこともない彼女は折りたたんだ紙をエルザに突き付けてくる。


「わたしからじゃないわよ、三年生に廊下でエルザさんに渡すように言われたの!!」


 不思議に思い相手を見つめるエルザに、女生徒は言い訳をするように早口で告げると、エルザの手にその紙を押し付けて去って行った。


 押し付けられた紙を開くと『第二備品室に来るように 教師』と書かれている。

 さすがのエルザもこれは怪しい、と感じたが、なにぶん好奇心旺盛な性格のため、ちょっと行ってみようかな、とそちらへ歩き出す。


「お、エルザ。今日は生徒会室に来ないのか?」


 向かう途中、ハインリヒ・ユーレリアに声を掛けられた。生徒会室でいつも顔を合わせているハインリヒはこの国の第三王子で、生徒会副会長だ。彼の後ろには、学院に許可を得てつけている護衛を従えている。この護衛は『筋肉』というあだ名をつけたくなるような立派な体つきだ。服がピチピチ過ぎるのでは?とエルザはいつも思っている。


 ハインリヒはこの国では珍しい艶めく黒髪だ。その色は異国出身の母親譲りという。側妃の母をもつハインリヒは、王妃の息子である第一王子、第二王子よりその身分は軽い。しかし、顔立ちは父である王によく似ており、瞳の色もまた父王と同じ黄金。この国の王族特有の神秘的な黄金色だ。


「お呼び出しを受けたので、寄ってから行きますね」


 クラスメイトから受け取った紙きれをハインリヒに見せ、軽く手を振る気楽さで王子と別れる。

 エルザは生徒会には属していないが、優秀な特待生のためお手伝い枠として出入りを許されている。実際は生徒会室がヒロイン部の部室になっているため、ヒロイン先輩であるジョルジェットとそこでお菓子を食べたり自習をしたりと自由に過ごすことが多い。


 呼び出された第二備品室は校内の奥にある。よく使う備品類は職員室近くにある第一備品室にあるため、こちらはほとんど物置と化している。


 扉に手を掛けると、鍵はかかっていないようで、あっさりと部屋に入れた。室内は薄暗く、灯りを探そうと手探りで壁を触る。


 エルザの手に触れたのは無機質な壁ではなく、温かな最近馴染みのある……


 バタン!!ガチャガチャ


「夕方の巡回時間までたっぷりとジル様には不似合いな自分のことを反省するがいいですわ!バーカ!ブース!!」


 どうやら備品室の扉の鍵を掛けられてしまった上に、姿の見えない女生徒に罵られた。


「あのぅ、閉じ込められてしまったみたいですけど?ジル先輩」


 馴染んだ手を掴み、その先にいるであろうジル・クリスター公爵令息に声をかける。


「今の声は同じクラスのダンドレア令嬢……。警備の者が見回りに来るまで二時間程度、か」


 小さな声で何かつぶやいたジルは切り替えたかのようにニコリと微笑み「しばらく二人きりだね、俺の唯一」と閉じ込められたというのになぜか嬉しそうだ。

 

 しばらく二人で灯りを探したが、見つけた灯りは壊れているようで、部屋の奥の小さな窓のカーテンを開け、光を取り込む。

 ジルのブルネットの長髪が、差し込む陽の光を受けてきらめく。

 埃にまみれようが、薄暗い部屋の中だろうが、ジル・クリスターという男は色気を漂わせ美しい。


「ジル先輩、どうしてここにいるんですか?」


「生徒会室に向かう途中でハインリヒにきみのこと聞いて。面白そうだから来たんだ」


 それで二人揃って閉じ込められるとは間抜けではないか、と思ったがエルザは口にしない。そもそも好奇心でここにやってきたのは自分も同じだからだ。無言でジルの頭についた埃を払ってやる。

 背伸びをしながら、自分よりかなり背の高いジルに手を伸ばすエルザを見つめる彼の頬は緩んでいた。


「エルザも、綺麗な髪に埃ついちゃってるよ」


 お返しとばかりに、エルザの頭についた埃を取ってやる。緩いウェーブの髪に埃が絡み、少し時間がかかる。埃が取れるまでの間、エルザは自覚していないが、息をつめて体を固くしていた。


「そんなに緊張して、やっと俺の魅力に気がついた?」


 ジルがクスクスと笑いながら「はい、おしまい!」と彼女を離してやる。


「あ、ありがとうございます。ジル先輩の魅力はもう充分わかっていますよ!」


「へぇ、例えば?」


 ジルは慌てるエルザの様子を楽しんで、からかうように質問を重ねた。


「努力家なところ。気が付くとなにか専門書を読んでいますし、わたしが質問すると、わからない時は『調べておくね』と仰って、後日教えてくれます。いつも穏やかなところ。大きな声を出して怒鳴ったり、イライラしているところを見たことがないです。わたしが生徒会室のお高そうなティーカップを割ってしまった時も、カップよりもわたしが火傷してないか一番に気にしてくれて、ちょうど使いたいティーセットがあったから、とわたしのミスもカバーしてくれて嬉しかったです。あと書記のルブラン子爵令息が落とした書類をわたしが踏んづけてダメにしてしまった時も……」


「待って、ちょっと待ってエルザ」


 まさか、彼女が自分のことをこんなに見てくれていたなんて思いもしなかったジルの顔は真っ赤だ。いつもその高貴な出自や美しい容姿を褒められているが、まさか内面にばかり着目して、しかも、それらはエルザを意識してのことではなくて、自分にとっては当たり前の行為ばかり。

 ジルは嬉しいけれど恥ずかしすぎて、エルザの言葉を遮ってしまう。


「おーい、ジル、エルザ。いるか?」


 扉の向こうから、先ほど別れたハインリヒの声がする。

 エルザは嬉々として声がしたほうに寄って行く。


「はーい、ハインリヒ先輩。閉じ込められてます!」


「鍵を借りてきたらか開けてやろう」


 カチャリと鍵を回す音が聞こえ、ハインリヒ第三王子と護衛が姿を現す。


「お、閉じ込められて押し倒されでもしたのか?」


 からかうハインリヒにエルザは笑いながら反論する。


「ふふ、ジル先輩はわたしにそんなことしませんよ」


「いや、ジルじゃなくて、お前が襲ったのか?物陰で口づけしてるところをうっかり見られても平気な顔して続けるヤツが、熟れた苺のように真っ赤だ。どんな卑猥なことをしたんだ」


 にやつくハインリヒの言葉に、エルザはジルを見上げる。彼の顔は殿下の言う通り、真っ赤だった。


「してません!お話してただけですよね、ジル先輩!?」


 エルザは慌てるが、ジルは無言を貫き、この日の第二備品室で何が起こったかは生徒会の次回議案となるのだった。



ハインリヒ「今日の議題は第二備品質に閉じ込められたジルとエルザについて……」

ジル「却下!」

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