エピローグ
生徒たちが学院に登校すると、緊急の全校集会が開かれることが告げられた。講堂に集められ、生徒たちは騒めいている。壇上に堂々と登るのは、麗しの生徒会長ジル・クリスター。
高い身長に引き締まった体躯、濃い金色のブルネットの髪は、窓から差し込む陽の光を受けて煌めいている。
美術品がごとく整った顔立ちの中で、左目の下にあるほくろが彼の妖艶さを引き立たせていた。
「おはよう、皆さん。予定になかった本日の全校集会だが、集まってもらった理由は一年Aクラス、エルザ・スカルチアの噂に関してだ」
生徒たちの目は、一般の生徒たちとは離れて、壇上の袖に立つ生徒会役員に向く。見目麗しい生徒会役員の最後尾にいるのは妖精がごとし可愛らしい容姿の少女だ。ピンク色の綿菓子のようなふわふわの髪、零れ落ちるのではないかと思えるほど大きな瞳は可憐な菫色。透き通るような白い肌、華奢な体躯の美しく可愛らしい特待生の生徒。
「彼女が中間考査の試験問題を盗んだ、という疑惑に関しては、すでに各クラスの担任教師より無罪であることの説明がされたはずだ」
噂が出回った二日後には、各クラスの担任から生徒たちに、今回の噂について説明された。職員室から試験問題が盗まれた事実はなく、もちろんエルザが盗んだ事実もないこと。噂に惑わされずに学生生活を送るように注意を促した後に、黒板に彼女の誹謗中傷を書き込んだ犯人二名の処分が発表された。
「だが、今回の考査でエルザ・スカルチアが全教科満点だったことが、疑われる一因にもなっていたのだろう。すべての教科で満点など、あり得るのだろうか。家庭教師もいない平民の学生が、学院の授業と自習だけで、そこまで理解できるものなのだろうか。その疑問はもっともだ」
ジルは全校生徒を見回した後、エルザへと視線を送る。
「そこで、約十年ぶりにスミリアル学院に現れた栄誉ある特待生に、その実力を示してもらうこととしよう、エルザ・スカルチア、前へ」
呼ばれたエルザは、壇上の端から移動して、中央に立つジルから、少し離れた場所に立った。
「我々生徒会役員や先生方からでは、事前に打ち合わせがあったと勘繰る者も出てくるかもしれないから、きみたちに、エルザへ問題を出してもらおう。学院で習う科目のものであれば、どんな問題でもいい。彼女に質問したい者は挙手を!」
生徒たちは隣の者、前後の者とザワザワと会話を始める。その中で一人、二年Aクラスの生徒が手を挙げた。試験では常に総合成績十位以内に入る成績優秀者だ。
「クロッレッタ君、では質問を」
「はい。国史から出題します。ユーレリア歴215年に起こった出来事を答えよ」
現在はユーレリア歴326年、約百年前のことだ。
その年、南部の海に面したエグドリア領に一艘の船が流れ着いた。それがきっかけで遠い島国であるラチースタ国と貿易が始まることとなり、結果として調味料革命、と呼ばれることになる。異国の調味料が輸入されたことでユーレリア国の料理に革命が起きたのだ。
しかし、教科書に載っているような大きな事件ではない。よほどの歴史オタクか料理オタクでなければ知りえない知識だろう。ジルはクリスター公爵家の治める南部の一領地のこととして知っているが、果たしてエルザはどうだろうか。
「ユーレリア国215年、雪解けの遅い年で、各地で春の作物が不良。また、ソラーレ領の領都にシンボルとなる時計塔が完成。王宮では、後に11代国王となられるルーベン・ユーレリアが誕生。その他に、エグドリア領とラチースタ国の貿易が始まり、調味料革命を引き起こす。この時ラチースタ国では国王派と王弟派で争いが起きており、王弟派がユーレリアと貿易を進めたことにより勢力が拡大。ラチースタでは翌年王位を巡って内乱となる。あれ、これは外国史ですね。あとは……」
「待って、エルザ」
「なんでしょうか?判明している限り時系列で述べていたのですが、誤りがありましたか?」
たぶん、ここにいるほとんどの者が正否の判別すらできない。知らない歴史を語っている。
ジルが教師陣の中にいる国史、外国史教師の顔を見ると、二人とも驚いた顔のまま大きく頷いた。エルザが口にしたことは全て正解だったのだろう。
「長くなりそうなんで、ここでいったん止めて。クロッレッタ君、正解は?」
「僕の解は調味料革命でしたので、正解です」
信じられない生き物を見るように、クロッレッタはエルザを見る。一年生の彼女には難しいと考えての出題だったというのに、求めていた以上の、自分も知りえない知識での回答だった。
その後も、何人かの生徒がエルザに問題を出したが、科目担当教師が青ざめるほどの回答だった。
「どうだろうか、これでもエルザ・スカルチアの満点を疑う者はいるだろうか?」
ジルの言葉に、みなが首を横に振る。彼女は確かに特待生に相応しいと、この場にいる誰もが認めた。
「では、もう一つの噂だが。中間考査の期間中に俺とエルザが生徒会室に二人でいたことがいらぬ憶測を生んでいるようなので、言っておく。俺たちは試験勉強をしていただけだ」
まぁ、そう言うよね、と誰もが思ったが、ジルは止まらなかった。
「しかし、俺はエルザに惚れているので、彼女の同意さえあれば、みなが想像しているような行為をすることもやぶさかではない。むしろ、健全な青少年として望むところだ。未婚の男女が、という意見もあるだろうが、心配はいらない。まだ返事はもらっていないが、昨日、彼女に婚約を申し込んだので、いずれ公式な関係になる予定だ。だから、俺たちが二人っきりでいい雰囲気の時には、心の底からそっとしておいてほしい」
昨日の婚約の申し込みに、エルザは返事をしなかった。ジルのことは好きだが、恋心の自覚をしたばかりなので、彼と結婚したいとか付き合いたいとすら、考えていない状態なのだ。エルザを権力から守ってくれる、という気持ちは嬉しいが、現状はまだその危機を感じていないし、将来は自分の力で仕事をして旅行して、と考えていたので、ジルからの婚約の申し出に、正直困惑していた。
「このまま放っといたら、エルザに逃げられるって気づいたな」
「エルザは自立心が強いですからね~」
「公爵家の嫁には収まらないんじゃないですか」
「逃げる前に、外堀埋める気だ」
壇上の隅に立つ生徒会メンバーが小さな声でジルの必死さへの感想を漏らす。
ジルはエルザを抱えるように抱きあげ、頬にキスを送る。
「エルザは俺の唯一で、俺だけのヒロインだからね」
自分だけのヒロインを手に入れえたジルは、もう彼女を離しはしない。どんな絵画よりも美しく、どんな花よりも可愛らしい彼女は自分だけのヒロインだ。
エルザは逞しいジルの腕の中で、顔を赤く染めている。まだまだ勉強がしたいし、自立して仕事もしたい。いろんな国を旅してみたい。
そのすべてが叶えられるかはわからないけれど、全力で努力をするだろう。そして、どんな時も、自分をヒロインだと言ってくれる愛しい男の手を離すこともないだろう。
ジルの愛の告白に顔を赤らめる者、絶叫して倒れる者、面白がる者、笑う者、困惑する者、講堂の中は朝から大変な騒ぎだ。
これからもスミリアル学院は様々な事件が起きるだろう。そして、どんな時も、その影にはヒロイン部の活躍があるのだ。
ハインリヒ視点のエピソードを投稿して、完結となりますが、物語はここで終わりです。
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