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コンコンコン
扉をノックする音で、二人は振り向いた。
部屋の入り口にはハインリヒ、ジョルジェット、オリバー、ロビンが立っていた。
「もう話は済んだか?」
生徒会メンバーの出現に、思わずエルザはジルから体を放す。
「エルザ~、身体は大丈夫?お医者様に診ていただいて問題なかったとは聞いたのですけど、痛いところとか、変なところはなくて?」
ジョルジェットが勢いよくエルザに抱き着いてきた。可愛い後輩のことが心配で、今にも泣きそうだ。
「ジョルジェット先輩、どこも痛くないし、変な感じもないですよ。あれ、そういえば、お店を出てから馬車が倒れて巻き添えになったような……?」
エルザはジルに助けられた時は気を失っていて、何も覚えていなかった。ジルの魔法を知っている生徒会メンバーはドキリと体を固くする。
「馬車が倒れて事故になったんだけど、エルザは無傷だったみたい。でも倒れて気を失ったりしたから、はい、これお見舞い」
ジルは何も持っていなかったはずの手に、ポンと造花を出した。
「ありがとうございます。あ、もしかしてジル先輩が前に言っていた『とっておきの魔法』て、これですか?手品じゃないですか!?」
エルザは受け取った花を見て、クスクスと楽しそうに笑う。
ジルは、魔法で彼女の怪我を治療したことは言う気がないようだ。彼自身の魔法の能力について、彼女が知っていても危険に晒される機会が増えるだけだろう。
ニコリ、と微笑んで「手品じゃないよ、魔法だよ」とエルザとふざけながら、チープな造花をいくつも出してやる。
「そういえば、お母さんは?」
「離宮の母上のところに行ったぞ」
エルザの母とハインリヒの母である側妃が会うのは、約十年ぶりだ。積もる話もあることだろう。
「じゃあ、長くなりますね」
「ああ、私は正直、しばらく近づきたくないな」
「女性同士のお話は長いですからね~」
賛同するジョルジェットに、ハインリヒは顔を顰める。
「内緒だが、私の母親は凄くよく喋るんだ。しかも早口で頭の回転も速いが相手の反応はお構いなしで次から次へと話題も変わる。キリシア国の姫であったが、小国ゆえに普段は砕けた口調で生活していたようで、いまだにその癖が抜けん。はじめは丁寧だが、気付くと庶民のような口ぶりになってしまうし、どうにも、公式の場には向かん」
「わたしのお母さんも本当に元王族?て感じで口調は完全に庶民です。言いたいこと言って、聞きたいこと聞いて、けっこう自由なんで、たぶん二人揃うと手が付けられないです」
「前にお前たち親子がこっそり王宮に遊びに来た時も、酷かったな……」
遠い目をするハインリヒに、エルザも同意する。
「前回立ち寄ったときは、せっかくだからキリシア国にいた時の思い出の月夜花草を見せてもらおう、って泊めてもらったのに、二人は夜通しずっと喋っていましたね」
「花を見たのは実質五秒だった」
「そうか、エルザは小さい時に、お母さんと一緒に王宮で月夜花草の開花を見たんだね」
エルザはジルを見上げてこくりと頷く。
「月夜花草、ってこの国では王宮でしか生育していない植物でしたよね?」
オリバーの言葉に、エルザは驚く。母の出身国ではよく咲いていたのか、思い出話で何度も出て来た、彼女にとっては身近な花だったのだ。
「そうなの?知らなかった……」
「ユーレリア国で月夜花草を見た、というのは、王宮で見た、と同義なんだよ?」
わかるよね?というジルの無言の圧がかかる。以前、エルザは彼に月夜花草の開花を見た話をした。その時からすでに、王宮の関係者であると、疑われていたのだろう。
今後は不用意に口にしないように、心に誓う。
その日は念のため王宮に一晩泊めてもらうことになった。安静にする予定であったが、結局、エルザの母と側妃のお喋りに巻き込まれ、マリアンヌも加わって、楽しいパジャマパーティーの一夜となる。
エルザの母は、もう少しユーレリア国を巡ってからまた旅に出ると、次の日には別れた。黒髪は目立つので、ハインリヒに薄茶のウィッグをもらっていた。
黒髪は珍しく、すぐにキリシア国の出身だとバレてしまう。出身になんら恥じることはないのだが、キリシア人と聞くと、世の人々は、毛もじゃで生肉食べてる野蛮人、という偏ったイメージを持っている者が少なからずいて、面倒臭いのだ。
キリシア国は山々に囲まれ、一年のほとんどを雪で閉ざされている。寒い冬は防寒着を着込み、冷気から守るために顔もほとんど出さない。獣の毛皮を被っている地元住民の姿を見た旅行者が、動物の国に来てしまったかと驚いて腰を抜かしたという逸話があるほどだ。
キリシア人の特徴は黒い髪と真っ白な雪のような肌。外と交流の少ない国のため、違う髪や肌色の者は少なかった。ユーレリア国に属するようになった今は、キリシア領として、ユーレリア国からきた領主が治めているが、ほとんどの国民がそのまま変わらずそこで暮らしている。元の王族たちも、領の一部分の領主代行としてのんびり生活している。
大国であるユーレリア国でも黒い髪を見ることは滅多にない。キリシア国出身の者は無駄な差別や争いを避けて無難なウィッグをつけて生活する者が多いようだ。自分の出身国、髪色に誇りが、とか主張が強くない国民性なのかもしれない。
それゆえに、公式の場で黒い髪を隠しもしないハインリヒは、一部で野蛮な血と揶揄されることもある。ユーレリア国の王族特有の金色の瞳を持ちながら、王位継承の最有力候補と言われない一因だ。
次の日の朝、ハインリヒが一緒の馬車に乗せてくれる、というのをジルが断って、迎えに来てくれたクリスター公爵家の馬車で学院に登校した。
一言も喋っていませんが、ロビンもいます。
次話、エピローグです。




