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 パシャリ


 午前の授業が終わり、昼食をとろうと学生たちが教室を出る。エルザは昼食用にサンドイッチを準備していたので、外のベンチで食べようかと中庭に向かって歩いていた。


 なんだか足元が濡れた感じがする、と自分の足を見下ろすと、靴下が少し濡れていた。晴れた日で水溜まりもない。はて、と首を傾げるエルザの前に女生徒が三人立ちふさがった。

 制服のリボンの色から二年生だと思われるが、まだ学院の生徒を全て把握できていないエルザには彼女たちの名前はわからない。


「あなたがジル様の愛情を独り占めしている女ですわね!これでもくらいなさい!!」


 一番前に立つ女生徒が叫びながらピュウと水を掛けてくる。授業で魔法を習ってはいるが、実際に使える者はほとんどおらず、魔法で水を出せるのはかなり優秀といえる。それがたとえ子供の玩具の水鉄砲程度でも。


 ピュウ!ピュウ!ピューーーー!!!!


「はぁはぁ、これに懲りたらジル様から手を引きなさい!!」


 水魔法の使い手の生徒は苦しそうに肩で息をしながらも、キッとエルザを睨みつけてくる。 

 エルザは無言で水を掛けられ濡れた自分の靴下は見る。少量の水を掛けられたため、半渇きの靴下を履いている状態で気持ちが悪い。


 何とも言えない気持ちで自分の足元を見ているエルザの前にもう一人、女生徒が出てきた。


「水でダメなら、火炙りにしてくれるわ!ファイアー!!!!」


 その女生徒の手からはポワポワと小さな火の玉が飛び出し、エルザの靴下にたどりつく頃には灰となって消えた。それも三つほど出したところで、はぁはぁと息切れを起こし終わってしまった。


「あんたなんてジル様の隣に相応しくないのに……」


 魔法で気力も体力も使い果たした彼女は、がくりと膝から崩れ落ち、地面に座りこんでしまう。


 濡れた靴下が少し乾いてきたのに。もう少し温めてほしかったな、とエルザはちょっと残念な気持ちになっていた。少ししょんぼりとした表情にはなっているが、その程度で彼女たちの気は収まらなかった。


「火も効かないなんて、それならこの風で飛んで行っておしまいなさい!!!!」


 そよそよ、そよそよ……


 何とも優しい春のような風がエルザの足元を抜けて行った。

 ああ、靴下だいたい乾いた。良かった。

 先程までは下がっていた口角が上向き、エルザはニコリ、と晴れやかに微笑む。


「ジル様は、ジル様はみんなを平等に愛してくださっていたのに」


 風魔法の使い手の女生徒の瞳からポタリと涙がこぼれ落ちる。


「レディ、きみに似合うのは悲しみよりも笑顔だよ」


 そう言って彼女の涙をそっと拭ったのは太陽の光を背に受けて輝くジル・クリスター公爵令息だった。「きゃあ」と小さな悲鳴を上げた女生徒たちは震えるように三人身を寄せる。彼の意中の少女を寄ってたかって痛めつけようとしたのだから、愛しいジルの登場に怯えるのも無理はない。

 気にした素振りのないジルは近くを通りがかった男子生徒を手招きして呼び寄せた。


「すまないが、この子たち急な魔法を使って体調が優れないかもしれないんだ。医務室に連れて行ってくれるかい?」


「は、はい!わかりました!!」


 みんなの憧れジル先輩に頼まれごとをされた男子生徒は声を上ずらせながら了承し、彼女たちの様子を見てくれる。

 エルザを誘導しながらこの場を立ち去ろうとしたジルの手をそっと押し戻し、少女は魔法で攻撃してきた彼女たちに歩み寄った。


「先輩方、魔法とってもお上手なんですね。お水に火に風、素晴らしかったです!」


 エルザは何の邪気もない心からの言葉と笑顔を彼女たちに振りまいた。


「さ、ジル先輩、行きましょう?」


 上目遣いにジルを見上げ、先ほど押しのけた手を、今度は自分から握る。付き合いたての恋人同士のように二人は寄り添い、歩きだす。

 建物の角を曲がり、人目が無くなったことを確認したエルザはジルの手から自分の手を引きぬく。


「あれ、手離しちゃうの?」


 交差するように繋いでいた手をほどいたエルザに、ジルが驚き声をあげる。


「だって、もう誰も見ていませんよ?」


 観客がいないところでまでジルの彼女役をするつもりはないエルザにとって、それは当たり前のことであった。しかし、ジルは違った。


「エルザが俺の唯一なことにに変わりはないんだから、手を握ったり抱きしめたりしたいし、どこにいたってくっついててもいいんじゃない?」


「え!?先輩、それマジで言ってます!?」


 生まれてこの方、緊急時とか緊張時にしか高鳴ったことがない心臓を持つエルザには理解できないことを、目の前の男は言っている。


「それよりさ、さっきの女の子たちへの言葉ってわざと?」


 エルザの言葉には返事をせず、マイペースなこの男は自分の聞きたいことを聞いてくる。


「わざと?心からの言葉ですよ。先輩方、魔法で水出したり火を出したり、そよ風出したり、素敵でしたね!わたしも魔法使ってみたいけど、授業ではまだ実践まで進んでなくて」


 嫌味ともとられそうな発言だったが、エルザは心の底から魔法を使える彼女たちを褒めている。誰しも魔力は備わっているというが、それを使えるのは一握りだ。実際に自分が魔法を使えるかわからないエルザにとっては、すでにその力を発現させている彼女たちは憧れの対象にすらなり得る。


 誰しも魔力を持ってはいるが、魔法が使えるほどの魔力保持者は圧倒的に貴族に偏っている。そのため、この学院では授業の一環で魔法の基礎を勉強する。稀に平民でも魔力が多く、独学で身につける者いるが、そういった場合も後から国の学習機関に送られ、正式な知識を学ぶことになる。


「エルザは魔法使いたいんだ?今度俺のとっておきの魔法、見せてあげようか?」


「本当ですか!?ジル先輩は何の魔法が使えるんですか?」


 興奮したエルザは、ジルとの会話に夢中で、その手が再び握られていることには気づいていなかった。


魔法少女の三人は、魔法発動時の決めポーズも完璧でした。

でも人に向かって悪意を持って魔法を放ったため、道徳と魔法基礎の補修が三十時間課せられたそうです。

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