ロビン Side
ロビンが入学した頃の、ロビン視点のお話です。
百合の花のような女だと思った。
ジョルジェット・ノワール侯爵令嬢に初めて会ったのはスミリアル学院の入学式の日。
俺の家は国でも一、二を争うほど大きな商会を経営している。優秀な長男がすでに跡継ぎとして教育を受けているから、次男の俺はわりと気楽に、将来はどこかの支店の店長でもいいかな、と思っていた。
生徒会役員の彼女は入学生たちの受付に立ち、「おめでとうございます」と微笑みながら、胸にリボンをつけてくれた。ふわりと、花のような匂いが鼻に残る
名乗られなくても、一目で彼女があの有名なジョルジェット・ノワール侯爵令嬢であると、社交界に通じている者ならば誰もが思っただろう。
輝くシルバーブロンドの髪に、澄んだ水のような瞳の女神は、社交界ではすでに有名な存在だった。
この国の王族や、国を三つは買えると言われている他国の豪商など、あらゆる縁談がすでに彼女に舞い込んでいるとの噂もあるが、宰相である父が首を縦に振らないという。男も女も関係なく焦がれるだろう美しい女。
入学式から一週間ほど経った頃、生徒会長のジル・クリスター公爵令息とジョルジェット・ノワール侯爵令嬢から呼び出しを受けた。学院に併設されているカフェでお茶をいただきながら、話を聞く。
生徒会長のジル・クリスター公爵令息は、男の俺から見ても惚れ惚れするような色気を放っていて、弱っているときに優しくされたら、たぶん抱かれてしまうだろうくらい美しかった。
隣に座るジョルジェット・ノワール侯爵令嬢は相変わらず女神の様に美しいが、どうしてだろう、目の前の二人は美男美女同士なのに、お似合い、という言葉が当てはまらない気がする。
「きみは入学試験で優秀な成績だったらしいし、ジャクソン商会の子息ということで顔も広い。きみなら、貴族の身分を持たない分、誰にでも平等に接することが出来るとも思う。どうだろう、生徒会を手伝ってくれないかな?」
問いかけの体をとっているが、ほとんど決定事項に聞こえた。身分に関係なく平等をうたっている学院だが、実際は身分による忖度は出てくる。公爵令息様に誘われて、断るなんて選択肢、あるだろうか。
しかし、これまで気楽な次男坊としてフラフラしてきた俺は、できれば生徒会なんてお堅いところに所属したくない。
「わざと満点、とらなかったでしょ~?」
おっとりと微笑む侯爵令嬢の言う満点とは、おそらく入学試験のこと。
ギクリ、と俺の体は強張る。
「同じ年に第三王子もいるから、気を使ったのかしら~?」
うふふと笑いながら、畳みかけてくる。
なんだよ、この女。そうだよ。その通りだよ。平民が王族押しのけて一位なんて取ったら、その後絶対にやりづらいに決まっている。
だから、わざと満点を取らないように、いくつか答えを空欄で提出した。けれど、プライドが邪魔をして、どれも一番簡単な問題を、あえて空欄にして提出したから、答案用紙を見たら、本当は満点を取れたことがすぐにわかっただろう。
それをなぜ、この女は知っているのだ。惚けた顔で、美味しそうにケーキを食べているこの女は何者なのだ。
「ここのカフェのケーキも美味しいけれど、昨日いただいた『ドナ』の新作ケーキもなかなかでしたわ~」
『ドナ』のケーキは、天上にものぼるうまさ、と言われるほどだが、その店も店主も、何の情報もない。幻のパティスリーと言われている。
事実、ジャクソン商会でも接触しようとしたが、手掛かりさえ掴めていないと、先日父と兄が話しているのを聞いたばかりだ。
それを、近所の店で売っているケーキのように会話に登場させた。この女の人脈はどうなっているのだ。
自国だけではなく近隣諸国まで広がる商会の情報網を上回るというのか。
仔細はわからないが、出来ることなら『ドナ』との繋がりを得られることに損はないだろう。
微笑むこの女に、俺はYES以外の答えを返せなかった。
口を挟まず見守っていたジル・クリスター公爵令息は、余裕の微笑みを浮かべている。
王族や貴族が通うスミリアル学院は、俺が想像していたよりずっと、恐ろしくて面白いところなんだろう。
ケーキを食べ終え、満足そうに微笑むこの女は、一輪の百合の花のようだと思う。
百合の花のように美しいこの女は、山百合だ。
どこか毒々しく、香りの強い、どんな花にもまぎれない、唯我独尊の花。
百合の花は口に含めば毒があるという。逆に言えば、鑑賞しているだけでは、その毒に触れることはない。けれど、食べてしまいたいと思ったら、毒を薬にするほどの強い力が必要だろう。
俺はこれまで娯楽程度に関わっていた家業を親について熱心に学び、積極的に個人資産を増やす。学院でも人脈をせっせと作る努力をする。試験だって、相変わらず一番簡単な問題だけを空欄で提出している。
そうして、いつか毒を食らえるほどに、強くなるのだ。
ジョルジェットのスイーツ好きは筋金入りで、そのあたりの情報に関しては国家機密を凌駕する勢いです。




