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 ロイヤルフラワーの新作発表会では、エルザとジョルジェットはロビンが用意したドレス一式を着用していた。


 ジョルジェットが着ていたのは、リリーシリーズの優雅な濃紺のベルラインのドレス。下方に向かって広がる白いレースが花開くユリの花弁を思わせて、華奢な彼女の体型を引き立てている。

 エルザは同じデザインで薄い紫に青のレースを合わせていた。

 たぶんロビンは、ジョルジェットのドレスだけ考えて、自分のドレスは色味だけ変えたな、とエルザは思っている。


 ロイヤルフラワーの新作発表会には、新たに取引先となったツーコニア子爵とその娘のユメリアも来ていた。


「エルザさん!」


 ユメリアに声を掛けられ、エルザとジルは振り向く。焦げ茶色のスーツを品よく着ているのはユメリアにの父であるツーコニア子爵。コーラルピンクのドレスを纏った彼女とお揃いのピンクのスカーフを首に巻いている。


「ユメリア様!ロイヤルフラワーのドレスですね。とっても似合ってます!」


 それは先日、四人でロイヤルフラワーへ行った時に、ロビンがユメリアへと贈った物だった。


「婚約は無くなってしまったけれど、契約締結の内祝いだって、ロビン様が」


 恋する相手の名前を呼ぶユメリアは、同性のエルザから見ても可愛らしかった。エルザはちらりと自分をエスコートしてくれているジルを見上げる。


「お初にお目にかかります、ツーコニア子爵。クリスター公爵家が嫡男、ジル・クリスターと申します」


「こちらこそ、お目に掛かれて光栄です。クリスター公爵令息様」


 ジルとユメリアの父は、社交の挨拶を交わし合う。


「子爵の今日の装いは、男性的な色合いのスーツにピンク色のスカーフが違和感なく似合っていて素敵ですね。専属のコーディネーターでも雇っているんですか?」


 自分の装いを褒められたツーコニア子爵は少し恥ずかしそうに、しかし誇らしげに話す。


「実は娘がスカーフの色に合う服装を選んでくれまして。ピンクのスカーフかと、怖気づいていたのですが、実際に合わせてみると、これがなかなか」


「ロイヤルフラワーの店に行った時の装いも素敵だと思っていたんだが、ツーコニア嬢は色選びのセンスが抜群に素晴らしい。ビーズのイヤリング制作の腕も、ね」


 ジルは隣に並ぶエルザの耳元で揺れるイヤリングに目線を送る。


「今回はロビンが用意したドレスに合わせた物だったから、次は俺が考えた物を、ぜひお願いしたい」


「もちろんです!精一杯作らせていただきます!!」


 美しい物を見慣れている公爵家令息が考えるイヤリングとは、どんなデザインになるのだろう、ユメリアは胸をときめかせる。


 ユメリアとエルザは、学院でまたお昼休みに話をする約束をして別れた。


「エルザ、この別荘の薔薇園は王都一、と言われるほどなんだよ。ロビンの父親が愛する妻に捧げたローズガーデン、見に行ってみる?」


 慣れない社交の場で、エルザの人疲れを気遣ったジルは、解放されたテラスから庭へと、彼女をエスコートする。


 今が見ごろの薔薇園は、見たことも聞いたことのない品種も多く、エルザは目を輝かせて何度も足を止めた。


「ジル先輩、花弁が尖がっているのと、丸まっているのがあるんですね。薔薇の花を見比べることってなかったから、発見です」


 少々興奮気味のエルザに、ジルの顔もほころぶ。


「良かった。最近、元気なさそうだったから」


 ジルは優しくエルザを見つめる。


「なにか、あった?」


 エルザは少し考え込んで、ピンク色の薔薇の花を見ながら、口を開いた。


「可愛い色ですね。ユメリア様が着ていたドレスみたい。ユメリア様、ふわふわ揺れるスカートがとっても可愛くて、ジル先輩も可愛いって思いましたか?」


 ジルはエルザの言葉の意図が分からず、微笑んだまま首を傾げる。


「この前、ジル先輩がユメリア様を抱っこした時から、なんだかモヤモヤして。さっきも、ユメリア様のドレス姿とっても素敵なのに、ジル先輩が可愛いって思ってたらイヤだな、て考えちゃったり。先輩がわたしのこと『俺の花』って言ってくれてから、わたし、なんか変なんです」


 それは、俺のことが好きなのでは?ツーコニア嬢に嫉妬したのでは?


 これまで鈍いと思っていたエルザからの突然の恋の芽生え発言に、ジル・クリスターは固まった。

 これまで両想いしか経験のなかったジルだが、エルザに関しては片思いの状況に慣れ過ぎて、彼女が自分に恋情を向けてくれるとは予想もしていなかった。

 従来の彼であれば、ここから畳みかけるように、彼女を自分の手中に収めることだろう。


 このまま腕の中に抱きしめて、家に連れ帰ってしまいたい。

 たとえ彼女の中の恋心が不確定なものだとしても、囲って、愛を囁いて、俺だけを求めるようにしてしまえたら、どんなにいいか。


 これまでの貞操観念ゆるゆるのジル・クリスター公爵令息であれば、きっとこのままエルザを屋敷に連れ帰って、愛の鳥かごに入れてしまったことだろう。

 しかし、今の彼はそれをしない。できない。けれど、逃がすこともしたくなくて、言葉を紡ごうとした。

 そんなジルに、エルザは真剣に悩みを打ち明ける。


「これって、ジル先輩の周りにいる女の人たちと同じ症状ですよね?わたしもついに先輩の色気にやられてしまったんでしょうか?これって感染するんですか?お薬で治ります?」


 真剣に思い悩むエルザに、ジルはがっかりと肩を落とす。盛り上がった気持ちを落ち着けるのに少し時間を要して、それからやっと、小さな声で「薬じゃ治らない、かな?」と自信なさげに呟いた。


エルザの辞書には、恋は他人がするもの、と書かれているのかもしれません。

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