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本日3回目の投稿です。

 老若男女問わず魅了する歩くフェロモンと呼ばれるジル・クリスター公爵令息のヒロインとして認知された翌日、エルザが教室に入ると、机と椅子がピッカピカになっていた。


 憧れのジル・クリスター公爵令息の心を射止めた少女に、嫉妬に狂ったクラスメイトの目は厳しい。

 クラスメイトたちの「ワックス増しましデスクセットに座ってつるりと無様に転げ落ちるがよい」という目線がエルザを突き刺すが、当の本人は気づいていなかった。


「机と椅子が、ピッカピカです……」


 エルザは思わず言葉をこぼす。

 昨日までの使い込まれて親しみの湧く風情を醸していたエルザの机と椅子が、今朝登校したところ、艶々と輝いている。

 周囲を見渡したところ、輝いているのは自分の机と椅子だけのようである。


「ま、まさか。伝説に聞く小人さんがわたしのためにピカピカに?」


 昨晩、忘れ物をしたと警備に学院に入れてもらい、自らの手でワックスを重ね塗りした令嬢がギクリ、と体をこわばらせた。


 学院は王族、高位貴族など認められた者以外は従者を連れこめない。

 掃除や用務をする学院の使用人はいるが、自分のことは自分でしなくてはならないため、甘やかされて育った貴族子女の成長の一端を担っている。

 そのため、人気のない夜の教室で令嬢が一人、初めて触るワックスとやらに苦戦しながらも、エルザの机と椅子にありったけの思いを込めて塗りたくったのであった。


 ワックス令嬢は屑入れからこぼれ落ちたゴミを拾い、屑入れに戻したときにジルに「きみの美しい指が汚れてしまうよ。けれど、きみのおかげでここは綺麗になった。きっときみの心も綺麗なんだろうね」と指に甘やかな口づけを落とされて以来、彼に恋をしていた。


 嬉しそうに机と椅子を撫でまわした後、腰掛けようとエルザが椅子を引く。クラスメイトの誰かがゴクリと唾をのむ音がシンとした教室に響いた。


「机と椅子がキレイなだけで気持ちがいい。なんだか得した気分ね」


 ご満悦で独り言をつぶやくエルザの声はご機嫌そのもの。何事もなく椅子に座り、今日の授業の準備を始める。


 素人のワックス掛けは傍目にはピカピカツルツルに見えるが、実際のところはうまく重ね塗りできていないうえ、ところどころ気泡が入り、触ってみるとザラザラとした感触がある。

 そのため、見た目の割に全然滑らないのだ。ワックス令嬢は修行が足りなかったといえよう。

 ちなみに、机の上がツルツルでプリントが滑ってしまう!というドッキリもこのザラザラによって防がれた。


 その後もエルザは、国史の教科書に載っている初代国王の顔に芸術的な落書きをされているのを見つけて授業中吹き出しそうになったり、職員室へ大量のノートを運ぶ役目をクラス全員に推薦され得意満面になり(ノートの届け先である先生にはご褒美のお菓子をもらえた)、ジルに想いを寄せるクラスメイトたちからの様々な攻撃を受けたが、本人は全く気付いていない。


 今日はなんだかいつもより楽しい一日だったな、とエルザは思いながら最後の授業が終わった。放課後の教室を出ようと思ったところ、エルザは首を傾げる。

 机の横にかけていたはずの鞄が無い。


 あたりを見回すが、間違えて誰かの机にかかってもいない。

 普段ならば教室にはお喋りをしたり、勉強を教え合ったりするクラスメイトがいるものだが、今日に限って誰も残っていない。

 教室の中をぐるぐると歩きまわり、教壇の下を覗いてみたり、一通り探したが見つからなかった。


通学鞄は指定の物がなく、思い思いに好きな鞄を使用している。特待生であるエルザは制服や靴など学院指定の物は支給されているが、それ以外は自前である。

 平民であり、裕福な家の出ではないエルザは以前から使用していた布の手提げを通学鞄として使用していた。


 教室内には見当たらないため、念のため校内を探してみようかと廊下に出てすぐ、声をかけられた。


「エルザ、これきみの鞄?」


 華麗な花の様に麗しいジル・クリスター公爵令息がエルザの使い込んだ鞄を持って歩いてくる。


「はい、わたしのです!探していたんです。ジル先輩ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべ、エルザはジルから鞄を受け取った。


「いや、名前の刺繍があったからエルザのかなって。この鞄、正門近くの木の枝に引っ掛かってたけど?」


「今日は登校してからは正門のほうに行ってないのに、なんでだろう」


 不思議そうにエルザは首を傾げて様々な可能性を考えてみる。

 突風に飛ばされた?誰かがボールと間違えて投げて遊んで引っ掛かった?まさか机ピカピカ小人のいたずら?だとしたらなんとも可愛い。


 実際は同じクラスの胸毛が自慢の令息の仕業だ。

 彼は「この豊かな胸毛はきみの情熱を感じさせるように濃いね」とシャツからはみ出た胸毛をジルにそっと撫でられて以来、彼に特別な感情を抱いていた。

 ジルに唯一と公言されたエルザに嫉妬しての暴挙である。

 

 鞄は木の枝の先の方に掛けられており、あと一時間もすればその重みで落ちて、名前の刺繍入りのエルザの鞄は無事、彼女の手元に戻ったことだろう。


「エルザ、これから時間ある?」


「今日はもう寮に戻って勉強する予定です」


「じゃあ、きみの時間を少しだけ俺にちょうだい」


 エルザが返事をする前に、ジルは彼女の腕をとって歩き出す。星の数ほどの女性と付き合ってきたと噂で聞いただけあり、エスコートがうまいなぁ、とエルザは感心しながら、気が付くと馬車に乗せられ街へと向かっていた。


修行を重ねたワックス令嬢は、数年後にはハウスクリーニング事業を始め、大成功するとかしないとか。

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