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本日2回目の投稿です。
「エルザったらもうヒロイン部の活動を始めたの?さすが、わたくしが見込んだだけあるわね~」
部屋の奥から出てきたのは、腰までのシルバーブロンドが麗しい、ジョルジェット・ノワール侯爵令嬢。エルザの先輩ヒロインである。
「はい、ジョルジェット先輩。ジル先輩からヒロインの依頼を受けて、先ほど公衆の面前で告白を受けてきたところです」
「まぁ、お利巧さんね~」
ジョルジェットはエルザ小さなの口にクッキーを突っ込み、抱きしめて撫でて愛で始めた。この美しい先輩はスキンシップが多めで、エルザは豊満な胸に押しつぶされつつも、高級クッキーを食すことに夢中になっている。
ここスミリアル学院には一般生徒には秘密にされている『ヒロイン部』が存在する。現在の部員はジョルジェットとエルザの二名。
エルザが入学式前に入寮の書類を提出に来た際に、ジョルジェットに勧誘されたのだ。
学生の部活動のため報酬は発生しないが、部室が生徒会室ということもあり、高貴な人物とお近づきになれるチャンスがある。卒業後国営の仕事に就きたいエルザにとっては、人脈を得る絶好の部活動といえた。
「依頼が成功したら、就活の際はご助力をお願いします」
クッキーを食べ終えたエルザはぬかりなくジルにお願いをする。
「ジルは同じ学年のわたくしに見向きもしなかったから、対照的なエルザは適役ね~」
侯爵令嬢で上品なジョルジェットは、女性にしては少し高めの身長に細身ながら胸とお尻は女性らしく豊かに膨らんでいる。絹糸のようなシルバーブロンドの髪に薄い水色の神秘的な瞳の彼女を女神と崇める者もいるほどの、大人っぽい美女だ。
対して、平民ながら特待生としてこの学園に通うエルザは、15歳にしては低身長な上、男子と間違われてもしょうがないようなスレンダーな体型。大きな目に小さな鼻と口がちょこんと乗っている顔は妖精のように愛らしい。守ってあげたくなる可愛らしさが魅力だ。
ここ国立スミリアル学院は現在では優秀な人材育成のためわずかだが平民も通っているが、本来は貴族の子女が15歳から三年間通う学び舎である。貴族でも稀に専門分野を学ぶため他校に進学する者もいるが、それはごく少数。ほとんどの貴族の子息子女は、ここで将来の社交界の足場を作ることとなる。
そんな由緒正しきスミリアル学院で約三十年前に事件は起きた。国民なら誰しも一度は聞いたことがあるだろう、その名も『ヒロイン事件』。まるで少女小説のヒロインのような少女がこの学院に入学するところから、この事件は始まる。
当時王太子であったテューダー殿下が三年生の春に、新入生として入学してきたのがヒロインと称される少女だ。とある男爵の庶子であった彼女は礼儀作法が身に着いておらず、それが王太子を含む高貴な男性陣には天真爛漫とうつり、淑女陣には無礼な礼儀知らずととられた。
男性陣による過度な庇護に、それを戒めるために苛烈な虐めのような注意を重ねる女性たち。学院は荒野のごとく荒れ果てた。
その結果、学院の男性陣と女性陣の仲はこじれにこじれ、卒業パーティーでは、婚約者をエスコートするはずの王太子を含む側近たちがヒロインを取り囲み入場し、己の婚約者たちのありもしない罪を捏造して婚約破棄を告げたのだ。
卒業までの恋の遊びだと考えていた大人たちは、高位貴族の大量の婚約破棄騒動に慌てた。その後、大人たちが間に入って調整を重ねたものの、ほとんどの婚約は結び直しが叶わなかった。各方面で調整を図り、痛手を負いながらも王太子の妃にヒロインを迎え、収束に向かったかのようであったが、事件はまだ終わらなかった。
王太子妃となったヒロインは社交パーティーなどの自分の好きな公務以外は手を抜き、予算をはるかに超えるジュエリーや被服を購入し、お気に入りの者に褒美を取らせ、気に入らない者は気軽に解雇を言い渡すなど我儘放題。
極めつけは王太子の側近たち、いやそれ以外にも複数の男性と体の関係を持っていたのだ。血筋を残すことこそが一番の役目といえる王太子妃にあってはならないことである。
ここでやっと王家は本腰を入れて動いた。
王太子は廃嫡となり、ヒロインは断罪。その他、それに与した者は厳重な罰を与えられた。
その事件以降、王子が立太子できるのは学院卒業後になり、王家と縁づくには厳しい条件が設けられた。高位貴族が有能とは限らない、と知らしめられたことから庶民も優秀であれば出自を問わず官僚になる道も拓かれるなど様々な改革が行われたが、国内外からの信頼の回復までは時間がかかり、今も盤石とはいえないだろう。まさに王家を、国家を揺るがす大事件であった。
事件終息後、王家は密かに学院に『ヒロイン』を用意するようになった。学院内で知っているのは学院長及び、数人の教師と、生徒会の面々のみ。優秀な者たちはたいてい生徒会に入会するため、彼らの将来を守り、学院の治安を守ることが役割らしい。
「今年は二年生に第三王子がいるから、絶対ヒロインを途切れさせたくなかったのよね。エルザがいてくれてよかったわ~」
先輩ヒロインであるジョルジェットは三年生。学院に最低一人は用意されているという『ヒロイン』だが、政治的な派閥だったり容姿だったり、色々と条件があり難しいらしい。成績優秀者だったため特待生として通う平民のエルザはある意味都合が良かったのだ。
彼女には将来のコネクション作り、という明確な希望もあり、『ヒロイン部』のことを口外しないことも誓っている。
「お父様に優秀な後輩が出来たってお話しておくわね~」
ジョルジェットの言葉にエルザは元気よく「お願いします!」と頭を下げる。ジョルジェットの父親は国の行政の最高峰、宰相様なのだ。
「で、ジルは何が目的でヒロインを利用するの~?あなた90歳のおばあさんに惚れられたって嬉しそうにニコニコして受け入れてたじゃない?」
「フィーヴァー様は嫋やかな方で何度かお茶をご一緒させていただいたけれど、今は天に召されてしまって。ご本人の希望で棺には俺の髪の毛で束ねた花束を入れさせていただいたんだ」
かつての恋のお相手であるフィーヴァー元侯爵夫人のことを思い出し、ジルはしばし目を閉じる。
美しい言葉で明るく話す方だった。握った手の細さは儚さを感じさせた。棺に入れたのは初めてお会いしたお茶会の庭園に咲いていた花だったことに気付いてくれただろうか。
「俺はどんな方も愛せるんだけれどね、そろそろ婚約者を据える時期だから女性関係を考えるように父から言われちゃって。好意を示してくれる人に無下に冷たくできないしさ、だったらそれ以上に愛情を向ける対象が現れたら、みんな俺に興味なくなるかなって思ってエルザにお願いしたんだ」
微笑んで優しく話しているが、わりと屑な内容である。しかしエルザもジョルジェットもジルの色香に惑わされない希少な人材のため、彼の博愛主義は気にならない。
「わたしがジル先輩のヒロイン役、立派に勤め上げて、ジル先輩を孤高の貴公子にしてみせます!」
この時のエルザはジルの異常なモテっぷりをまだ知らなかったのだ。