エルザ Side
エルザ視点のお話です。
わたしは学院の食堂でアルバイトをさせてもらえることになった。
授業が終わった後、一時間だけ食堂に行き、翌日の仕込みの野菜の皮むきだったり、グラス磨きだったりを手伝う。
自分で自由に使えるお金がほしくて悩んでいたら、ヒロイン部のジョルジェット先輩がアルバイト先を紹介してくれたのだ。
ヒロイン部は金銭での報酬を受け取れないから、代わりにって。ジョルジェット先輩は近寄りがたいほどゴージャスな美人さんなのに、食堂のおばちゃんたちとも仲良しだ。
「最近エルザ、生徒会室に来るの遅くない?」
生徒会室からの帰り道、ジル先輩に問われた。ジル先輩のヒロインに任命された数日後、彼の取り巻きだった一人からハサミを向けられて以来、ジル先輩は生徒会室から寮までの短い距離でも心配して送ってくれるようになった。
「食堂でアルバイトをさせてもらっているんです」
「アルバイト?たしか特待生は授業料免除で学用品も支給されるんじゃなかった?」
「はい、とても助かっています。アルバイトは、授業に関係のない本やお菓子を買うちょっとしたおこずかいが欲しくて」
「教えてくれたら俺が買ってあげるよ?」
そう言うジル先輩は、けれど、それをわたしが望まないこともきっとわかっている。だからこれまで先輩がわたしに与えたい物は有無を言わさず渡してきたけれど、必要以上に与えすぎるということはなかった。
「エルザは俺にしてほしいことはある?」
とろけるような甘い笑みを浮かべる貴公子に、みんなが夢中になるのもわかる気がする。すでに満たされている彼は相手に見返りを求めず、純粋な好意しかない。だからわたしも気軽にお願いをしてみる。
「わたしの就職試験の時に、可能であればお口添えいただければ嬉しいです」
「それだけ?」
「学院の特待生は卒業後、強制ではないんですけど、99%国営の機関で働くんですよ。それで、わたしは地方都市の文官とか、王都ではなくて地元でもないところで働きたくて」
「……それは何故?」
華やかな王都も、育った地元も離れたい、となると疑問に思うのは自然なことだろう。
「実はわたしスカルチアの家の誰とも血が繋がっていなくて。母が再婚して義父のスカルチア姓になってそこで暮らしていたんですが、母もいなくなり、義父は他の女性と再婚。たぶんこのまま家にいたらお金持ちの後妻とかに嫁にいくことになるんじゃないかなぁ、と感じて一発奮起して学院を受験して家を出たわけでして」
わたしの生い立ちはそれなりに複雑なのだ。詳細を語ろうと思ったら一晩はかかるかもしれない。話している途中でわたしが寝そうである。
「特待生辞めてよかったら、うちに来る?お望みの地方都市だよ。エルザはいてくれるだけでいいけど、望むなら仕事も用意する」
思わず笑ってしまう。人間一人を気軽に面倒見ようとは。平民とは持っているもののレベルが違いすぎる。国中から貴族が集うスミリアル学院とはそういう場所なのだ。
「ふふふ。ジル先輩。わたしは自分の足で立って生きていくんです。そのために、ここまで来たんです」
誰かに抱えてもらって生きていくつもりなら、わたしははなからここにはいない。わたしは母のように、自分で決めて、自由に生きていきたい。
それに、ジル先輩は三大公爵家の一つ、南のクリスター公爵家の嫡男。母は王妹で、王子たちとは従兄弟にあたる。面倒くさそうだから、できれば王家の方々とは関わりたくない。成り行きでヒロイン部に入部したが、それも学院での付き合いだけで、卒業後は地方に就職できれば顔を会わせることもないだろう。
「あわよくば、と思って言ってみたんだけど、やっぱダメか。エルザが自分から俺のところに来てくれるように、頑張るね」
ジル先輩はいつもの笑顔で「アルバイト無理しないでね」と別れ際言ってくれた。
実はアルバイトでお金がほしい一番の目的は『物語の向こう側』のランチに行きたいからだ。この前オリバーと一緒にお店に行ったときに、来月は『七色の勇者』のランチだと店員さんに教えてもらって、オリバーと一緒に行く約束をした。
前回はランチデートのお礼にとオリバーに奢ってもらったが、次回は自分の分は自分で出したい。オリバーにもジル先輩にも、お金がないと言ったら、いや、言わなくても、貴族男性として女性にお金は出させないだろう。
でも、『七色の勇者』はわたしが好きで、わたしがお店でランチを食べたいのだから、今回は絶対自分のお金で食べに行こうと決めている。
母は『七色の勇者』シリーズの小説が大好きでいつも読んでいた。自分の髪やわたしの髪を物語の登場人物と同じに結ってみたり、出てくる食事を真似して作ってみたり、ドラゴンを倒した魔法陣をベッドカバーに刺繍してみたり。幼い頃から慣れ親しんだその小説は、自分の血肉になっていると思う。
母が隣にいてくれなくなっても、あの小説は大好きだし、グッズなども購入できなくてもチェックしてしまう。
同じクラスのオリバー・ルブランは髪型や持ち物で、すぐに『七色の勇者』シリーズが好きだってわかった。しかも、持ち物はほとんど黒色で、闇の少女が好きだって気が付いた。髪型は闇の少女が好きな相手と同じにして、ちょっと拗らせ系。
同じクラスだし生徒会室で毎日会うし、話してみたいな、と思っていたけど、彼はわたしがあまり好きではなさそうだった。貴族ばかり通うスミリアル学院は皆平等、という精神だが、実際は少数の平民は差別されがちだから仕方ないけど。でも、オリバーはそういう差別とはちょっと違う気がするんだ。
つい、オリバーと彼を囲む女子たちの話に入ってしまったことで、なぜかオリバーとデートすることになったけど、結果として、『七色の勇者』友達が出来て嬉しかった。
オリバーは怒りんぼうなところもあるけど、いいヤツ。顔はいいけど爵位が高くないから、気軽にたくさんの女子が彼にちょっかいを出してる。そういうのあまり得意そうじゃないけど、いつも無視しないで不愛想だけど返事をしてる。不器用だけど優しいし、真面目。
だから彼とは対等な関係で、『物語の向こう側』に行きたいんだ。
次回から三章です。
よろしくお願いします。




