オリバー Side-2
オリバーのお話、二話目です。
入学して一週間ほどたつ頃、僕は生徒会書記に任命された。
この学院の生徒会役員は前生徒会役員か現生徒会役員からの指名制で、生徒会に入った者はいずれ社会に出てからも一線で活躍する方たちばかりで、生徒の憧れだ。
やはり僕は認められるべき優秀な人間なのだと、誉れ高い気持ちで生徒会室の扉をノックする。
「一年Aクラスのオリバー・ルブランです。今日からよろしくお願いします」
意気揚々と挨拶すると、先輩方が温かく迎えてくださった。
「そう固くならなくてよい。副会長のハインリヒだ」
挨拶を交わした程度の付き合いしかなかった第三王子殿下。後ろにはパツパツの服を着た筋肉隆々な護衛を従えている。
「二年生で会計のロビン・t・ジャクソン。こちらこそよろしく」
ダークブロンドの短髪、アンバーの瞳。顔立ちは整っているもののあまり印象に残らない彼とは初対面だが、ジャクソン商会を知らぬものはいない。国外にも支店を持つ有名な商会の一つだ。
「あなたと同じく書記のジョルジェット・ノワールですわ~。ジョルジェット先輩♡て呼んでね~」
おっとりとした喋り方をするのは歴代最も多くの宰相を輩出している知の一族と呼ばれるノワール侯爵家のご令嬢。噂通り女神がごとし美しさに息をのむ。
「待っていたよ、オリバー」
男の僕から見ても見惚れてしまう美しい男性は生徒会長であるジル・クリスター公爵令息。クリスター公爵家は我がルブラン家の本家で、小さい頃から交流があり、彼とは幼馴染であり、将来の主君でもある。
「俺が生徒会長で、こっちが俺のエルザ。役職はないけど、生徒会を手伝ってくれているんだ」
背の高いジル様の後ろからぴょこりと顔を覗かせたのは、同じクラスのエルザ・スカルチアだった。
「あなたのじゃないですわ~。みんなのエルザですのよ。エルザ、我が家のシェフ特性ナッツのパイですわよ~。こちらにいらっしゃい」
ジョルジェット先輩が取り出した美味しそうなお菓子に釣られてエルザ・スカルチアがジル様から離れる。「俺も食べたい」、「私にも一つくれ」と他のメンバーたちも寄っていく。
「エルザ、食べさせてあげるよ。ほら、あーんして」
「自分で食べられます」
「私が食べてやろう。あーん」
「ハインリヒは自分で食べて、てなんでエルザはジョルジェットから食べさせてもらってるの!?」
「おいひぃです」
口いっぱいに食べ物を頬張るエルザ・スカルチアに、自分も食べさせようとロビン先輩もエルザにパイを持って近寄り、ショックを受けているジル様にはハインリヒ殿下が「あーん」してあげている。
そんな賑やかな生徒会室で、僕だけ取り残されていた。
それから、ジョルジェット先輩にエルザ・スカルチアが『ヒロイン部』というものに所属していることを聞き、魔法誓約書にサインをした。
彼女が生徒会室に出入りしている理由はわかったけれど、僕は教室でも生徒会室でも、エルザ・スカルチアを見かけるとなんだかイライラして、なるべく近寄らなかった。
けれど、気が付けばエルザ・スカルチアは僕の視界に入ってきて、彼女はいつも本を読むか勉強をしているかで、人一倍努力していることに、僕は気が付いてしまった。
ここにいる誰よりも一生懸命で、誰よりも楽しそうに、学院に通っている。
外国史教師であるグレボ先生は若い頃に何年も外国を旅行して回っていたということで、教科書に載っていない雑談を交えながらの授業がためになる。今日から西方に位置するスーダ国についての勉強が始まった。
「スーダ国の主食は何かわかるかな?」
グレボ先生の問いに、クラスメイトたちが口々に「パンですか?」「麺?」と答える。
「パンも食べるけれど、メインはジャガイモです」
答えた僕にグレボ先生は続けて質問をだす。
「ルブラン君、よく勉強しているね。では、ジャガイモをどうやって食べるかは知っている?」
「蒸してそのまま食卓に出すのが一般的です」
「そうだね。スカルチアさん、きみは?」
当てられたエルザ・スカルチアは記憶を探るように考えながら答えた。
「一般家庭では蒸したジャガイモをそのまま食卓に出しますが、貴族の食事では潰してマッシュポテトにした物をメインに添えます。それ以外にもスープに入れたりグラタンの具にしたり、わりとなんにでもジャガイモを入れます」
「よく勉強しているね。あの国は忙しい日はジャガイモがゴロゴロ入った野菜スープを鍋いっぱい作って、それでお腹いっぱいにするんだよ」
授業はそのままグレボ先生の旅行譚に切り替わる。いつもなら楽しく聞く先生の話が、今日は頭に入ってこない。
ジャガイモの調理方法まで、僕の読んだ本には書いていなかった。
またエルザ・スカルチアに、僕は負けてしまった。
「じゃぁ、来週の授業までにスーダ国のレポートを二人一組でまとめてくるように。それをもとに勉強を進めていこう。」
そう言ってグレボ先生は今日の授業を締めくくった。ペアの相手は成績順の席順の前と後ろから。つまり、一番成績の良いヤツと一番成績の悪いヤツが組になることになる。
「オリバー様とペアになれて嬉しいですわぁ」
喜ぶ伯爵令嬢と、放課後図書館でスーダ国について調べる約束をする。出来れば一人でレポートを仕上げたいが、授業の一環なのでそうもいかない。
図書館には同じクラスの連中がチラホラいる。その中にエルザ・スカルチアの姿もあった。彼女の相手はノックス侯爵令息。Aクラスになったもののその成績は最下位で、平民であるエルザ・スカルチアをあからさまに嫌っていた。差別は良くないが、彼女の容姿にほだされないところは評価する。
「わざわざ調べなくてもお前が知っている事をレポートに纏めればいいだろ」
ブツブツ言うノックス侯爵令息に、エルザ・スカルチアは動じた様子はない。
「わたしがスーダ国の食べ物について知っていたのはたまたまですよ。それより、スーダ国の貴族と平民の違いとかレポートにしたらどうかと思うんですよ」
「平民のお前じゃ、貴族のことはわからないもんな」
「そうなんですよ。だから書物で調べたくって。あの国って貴族と平民で靴の特徴が違った気がするんですよね」
「……だったら、外国書物じゃなくて、洋服史のほうがいいんじゃないか?」
「なるほど。さすがノックス侯爵令息!さりげにシャツのボタン、変えてますよね?」
「わかるか!?ジャケットのボタンは流石にバレたら怒られるかと思ったんだけど、シャツのボタンは誰も気づかないと思ってこっそり変えたんだ。俺、男だけど、剣とか勉強より服飾のほうが好きなんだよ」
「では、その服飾の知識を生かしたレポートにしましょう!」
たぶん今、ノックス侯爵令息は自分の隠していた服飾好きを勇気を出して打ち明けたけど、エルザ・スカルチアは華麗にスルーしたよな?
男には力強さを求める風潮が抜けないこの国で、女々しいと言われそうな嗜好を口にするのは勇気がいることだろうに。
彼女のスルー力に呆れながらも、自分の好きな物を打ち明けられたノックス侯爵令息を羨ましく感じて、ほんの少しだけ、僕もエルザ・スカルチアと話をしてみたいと思った。
僕をイライラさせるエルザ・スカルチアも彼女をバカにしたような態度をとっていたノックス侯爵令息もどちらも好きじゃないけど、二人の発表したレポートは文句なしにクラスで一番面白かった。
それから数日後、僕はクラスメイトの女子に囲まれデートの約束を取り付けられそうになる。彼女たちの勢いにのまれそうになり、つい、僕は言ってしまった。
「じゃあ、僕が好きな色、当てられたらデートしてあげてもいいけど?」
きゃぁきゃあ盛り上がる女子を横目で見ながら、どうせ誰も僕の好きな色なんて当てられないだろう、とため息をつく。
僕が好きなのは『七色の勇者』に出てくる闇色の少女の色、漆黒だから。オタクな僕なんか誰も認めてくれない。僕が認められるのは子爵家の三男で優秀な成績を収めていて、将来はジル様の侍従だから。
まさか、まともに話をしたこともないエルザ・スカルチアが僕の好きな色を知っているとは、思わなかった。彼女と話すのがこんなに楽しいなんて、身分にも見た目にもとらわれない真っ直ぐな目で僕を見てくれるなんて、思わなかった。
これまでどんな相手にも同じように色気と愛情を振りまいていたジル様が、エルザにだけ特別に執着していることには気が付いていたけど、ジル様が彼女を独り占めしようとすると、今はなんだか無性に心がザワザワする。
僕はまだ背だって伸びるし、勉強だってこれまで以上に頑張るから、僕はルブラン家の三男だから、という思いはもう捨てよう。ジル様に敵わない、なんてもう思わない。
きみに負けないように、もっともっと成長するから、そうしたら「俺のヒロインになって」て言いに行くから。




