オリバー Side-1
オリバー視点のお話です。
長くなったので二話にわけます。
学院の入学式の日、僕は苛立っていた。
家庭教師から優秀だと褒められ、自分でも満足いくまで勉強をして入学試験に臨んだのに、首席合格者に依頼されるはずの新入生代表挨拶を頼まれていないのだ。
この学院は身分制度に忖度しない評価をするとは建前で、実際は高位貴族に慮っているというのだろうか。
しかし、三年生に三大公爵家の一つであるクリスター公爵子息、二年生に第三王子殿下が在学しているが、今年の新入生は侯爵家の者が数人、それも目立って力のある家の者はいなかったはずだ。
それでも、子爵家の三男である僕は、どんなに優秀であっても認められない、ということなのか。
入学試験終了後の自己採点では凡ミスが一つあったものの、おそらく僕が最高点。試験で満点をとれるようなヤツがいたら、事前に噂になっているだろう。僕は学院側の不正を疑っていた。
「新入生代表挨拶、エルザ・スカルチア」
「はい」
教師に名を呼ばれ、登壇するのはピンクのふわふわ髪の小さな女の子。背中から羽根が生えていても疑問に思わないような、可憐な少女だった。
「天使だ」「まるで妖精」とざわめく声が落ち着くと、「スカルチアとはどこの家名だ?」「地方の男爵家か?」しだいに彼女の出自に疑問を抱く声に変わる。
この学院は学力別でクラス編成が行われるため、僕は主席入学者のエルザと同じAクラスだった。
自席について渡された学院生活についての冊子に目を通していると、顔見知りの令嬢たちに囲まれる。彼女たちが同じクラスだったことが意外だった。親について出る社交の場で会う彼女たちは流行と色恋事にしか興味がない様子であったが、それなりに勉学も励んでいたようだ。
「オリバーさまぁ、同じクラスなんて嬉しいですぅ」
「オリバー様と同じクラスに入れるように、お勉強頑張ったんですよ」
学力が一番高いクラスのはずだが、口を開くと知性が感じられない。学力と品性は両立しないのかと頭が痛くなってきた。
彼女たちは僕が家の爵位はあまり高くないが将来有望であること、見た目が整っていることにしか興味がない。うんざりする。
「今度一緒にお勉強しましょぉ」
「お勉強、教えてくださぁい」
「……僕が好きな髪型にしてきたら、考えてもいい」
うるさく囀る女生徒たちに辟易して、思わず譲歩してしまう。
だが、僕の好きな髪型なんて絶対にしてこられないだろう。
僕の理想の女の子は大好きな小説『七色の勇者』シリーズに出てくる勇者の一人である闇の少女。普段はその月のない夜のような漆黒の闇色のまっすぐな髪を下ろしているが、パーティに出席する際に城の侍女に結ってもらった髪型を彼女は気に入っていた。後れ毛を残しながら複雑に編み込んだ髪をアップに纏め、城の庭に咲いていた季節の花を飾ってもらったその姿を一目見てみたい。
『七色の勇者』シリーズをこよなく愛していることは、家族以外誰も知らない。少女少年向けの小説をいつも鞄に潜ませているなんて、恥ずかしくって誰にも言えないでいた。
「本当ですかぁ!ポニーテールとかかなぁ?」
「今のわたしの髪型はどぉですか?今日入学式だから気合入れちゃってぇ」
「あー、まさかオリバー様もあのピンク頭みたいなのがいいとか言わないですよねぇ」
「ピンク頭とは、新入生代表のエルザ・スカルチア嬢のことか?」
新入生代表の挨拶を務めたエルザ・スカルチアの話題になると、彼女たちは途端に顔をしかめた。
「ちょっと可愛いからって、殿方は鼻の下伸ばしちゃって」
「平民のくせに新入生代表なんて、きっとなにか悪いことしてますよ」
その一言に、驚く。
「彼女は、平民なのか?」
「そうなんですよぉ。いくら平民の入学が認められているとはいえ、伝統あるスミリアル学院の入学式で挨拶するなんて、身の程知らずですわよねぇ」
「しかも特待生って、貧乏ってことでしょぉ?」
ぎゃんぎゃん女生徒たちが騒ぐ中、担任の教師が入ってきて、クラスはいったん静まった。横目に、エルザ・スカルチアをちらりと見る。
周囲の喧騒など構うことなく、彼女は前を見ていた。これから始まる学生生活を楽しみにしているだろうことがその表情から読み取れた。
この国では基礎学校という簡単な読み書き、計算、作法を習う場所がある。子供たちが将来生きていくのに必要な知識を得られる学校だが、義務ではない。国営のため無償で通うことができ、期間は二年間。年齢の定めはなく、たいていは十歳になるまえに入学するが、稀に大人になってから通う者もいるという。また、そこに通うことすらままならない、幼い頃から働かねば生活が成り立たない者もいると聞く。
貴族や裕福な平民はそこに通うことなく、家庭教師を雇い入れ、それぞれに見合った学習を進め、15歳から通うスミリアル学院の入学試験の勉強をする。
スミリアル学院はよほどのことが無い限り入学試験で落ちることはないが、その代わり一定の寄付金を納める必要がある。授業内容も貴族の子息子女向けのため、貴族やそこに連なる家の者以外には通う者は少ない。
貴族であればスミリアル学院を卒業していることは当然とされているが、学院の中では厳しい成績評価をされ、クラスも身分関係なく実力で分けられる。
上からA、B、C、D、Zと分けられ、Aクラスは一握りの成績優秀者。Bは優秀、Cはそれなり、Dはもっと頑張りましょう、Zは落ちこぼれ、といった完全なヒエラルキー制度で、卒業後も貴族間の集まりではクラスごとの派閥があるほどだ。
スミリアル学院には『特待生制度』というものがある。
寄付金も授業料も一切かからず、必要な学用品も支給されるが、その代わり入学試験を優秀な成績で通過し、さらに特待生試験というものに合格し、厳しい身辺調査をクリアする必要がある。しかも、三年間すべての試験で五位以内に入らなければ、在学中でも容赦なく特待生から外されるという。
スミリアル学院でAクラスに入る者は、たいていが上位貴族だ。彼らは金も時間もかけて教育を受けてきているから当然ともいえる。
その彼らの中で五位以内に入る、ということは至難の業だ。そのため、『特待生制度』は存在するが、これまでほんの数人しかいなかった。
スミリアル学院に入学するほどの学力を身に着けられる環境にある者は、少し苦しくともその学費を工面することができる程度には裕福だからだ。
そのため、『特待生』になるのは、金銭的な余裕がなく、しかし突出して高い学力が必要になる。
学院を卒業してからも『スミリアル学院の特待生』は、格別に優秀な人材として貴族社会でも認められていた。
ピンクのふわふわした髪の、大きな菫色の瞳をした愛玩人形のようなあの女の子が、特待生?
僕よりも優秀な成績で入学試験を突破した?
堅実な経営をしていて裕福ではあるが、子爵家という低い爵位。しかも三男という優先度の低い僕は、必死に勉強をしてきた。騎士になるほどの運動神経もなく、継ぐべき領地も財産もない僕は、机にかじりついて勉強ばかりしてきた。そうして、いずれ本家の跡取りであるジル様を側で支えるのにふさわしい人材と言われるまでになったのに。
平民の女の子に負けたというのか。
僕はぐっと奥歯を噛み締める。




