表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビジネスヒロイン部〜王子も無口もツンデレも、もちろん美貌のフェロモン公爵令息も、まとめてヒロイン引き受けます〜  作者: たまころ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/52

5

「こんにちは、ジル先輩。先輩もお買い物ですか?」


 突然現れたジルにもエルザは礼儀正しく挨拶をして、近寄っていく。

 ジルは白いシャツに白いクラバットを締め、薄手の茶色のコートを羽織っている。

 晴れた春の日であったが、日も暮れ始め、少し肌寒さを感じるようになっていた。


「ちょっと街に用事があってね。でももう済んだから帰るところだよ。学院まで送ってあげるから、一緒に帰ろう?」


 ジルは着ていたコートを脱ぎ、制服姿のエルザにかけてやる。

 その温かさに、エルザは自分が寒かったということに初めて気が付いた。


「ありがとうございます」


 背の高いジルを見上げて、エルザはお礼を言う。素直な可愛らしさに、ジルは満足そうに微笑んだ。

 

 親密な二人の間に、オリバーが体を滑り込ませる。

 まるで子犬が大型犬に噛みつくように、ジルを見上げて睨みつけた。


「ジル様、エルザは俺が送っていくから、大丈夫です」


 ジルは口元に微笑みを浮かべたまま、自分より背の低いオリバーに合わせてかがんで、彼の耳元で小さな声でひそりと喋る。


「今日は俺の唯一を一日独り占めできて楽しかった?夕方まで待ってあげたんだから、もういいだろ?」


 普段の温厚なジルとは違う、一段低い、からかうような、けれど冷たい声だった。

 青ざめた顔のオリバーを残し、ジルはいつもの優しい口調に戻って、明るくエルザを誘導する。


「さ、オリバーもいいって。エルザ、帰ろう」


「ジル先輩、わたしは乗合馬車で帰るからいいですよ?」


「学院のほうに用事があるから、ついでだよ」


 断るエルザに有無を言わせず、ジルは彼女の腰に手を添えて歩き出す。


「オリバー、今日は楽しかった。ありがとう!また休み明けに」


 エルザは歩きながら振り向き、オリバーに手を振る。

 声を掛けられたオリバーはハッとして、同じように大きく手を振り返す。


「ああ、休み明けに次の計画を練ろう!」


 『七色の勇者』シリーズのランチに、ランチ弁当完全版の作成、エルザはこれからの楽しみな予定に思わず顔が緩む。


 エルザはこれまで小説のことを話すような友人がいなかった。

 将来独り立ちすることを目標として学院に入学したのだが、まさか『七色の勇者』について、こんなに熱く語り合えるなんて、思っていなかった。

 嬉しくなってニコニコしてしまう。


 少し歩いたところにクリスター公爵家の家紋付きの豪華な馬車が待っていた。

 ジルにエスコートされ、馬車に乗り込む。

 先に乗ったエルザの隣に、ジルは自然と横並びに座る。


 しばらく、二人は馬車に揺られていた。ゆっくりと街の景色が流れていく。

 エルザは乗合馬車とは違う、ゆったりとした車内、乗り心地のよい座席を楽しんでいたが、馬車に乗ってからジルと会話をしていなかったことに気が付く。

 いつもであれば、彼のほうから何くれとなく話をしてくれていたのだ。


 横に座るジルに目を向けて見ると、彼はエルザのことをじっと見つめていた。


「ジル様、どうしました?」


「エルザはいつのまにオリバーと仲良くなったの?この前までほとんど話もしなかったのに」


 珍しく真顔のジルに、エルザはドキリと胸が騒ぐ。


「たまたま好きな小説の話で盛り上がって、それで、です」


「ふーん。それで急に名前を呼び捨てにしたり敬語じゃなくなったり、ランチデートに休日デートもしちゃうんだ」


「名前呼びと敬語はオリバーから許しを得て、デートは成り行きです」


 ジルはじっとエルザの目を見てそらさない。


「じゃあ、俺もエルザに名前で呼んでほしい。先輩ってつけないで『ジル』て呼んで甘えてほしい」


「それは、ちょっと……」


 言いよどむエルザの頬を両手で挟んで、ジルは言葉を重ねる。


「ねぇ、エルザお願い」


 ジルとエルザは目が合ったまま、しばらく見つめ合う。

 この男は、どうしようもなく顔がいい。

 これまで彼を異性として意識していなかったエルザだが、至近距離で見つめ合っていると、自分の顔が熱くなっていくのがわかってしまう。

 思わず目をぎゅうっと閉じて、答える。


「ジル先輩は三年生で、わたしは一年生なので、敬語で先輩なんです」


 少しの無言の後、ジルが諦めて口を開く。


「しょうがいない。学院にいる間は先輩と後輩だから、我慢するよ」


 そう言って、エルザの額に柔らかく湿った何かを数秒押し付け、頬に当てていた手を離して、エルザを解放してやる。


 学院に馬車が着く頃にはジルの機嫌は回復していて、いつものように微笑んでエルザに他愛のない話をしてくれていた。

 次の試験のことや食堂の人気メニューの話をしている二人の手は重なって、ジルはエルザの手の甲を優しく撫でている。


「送ってくれてありがとうございます、ジル先輩」


「ついでだから気にしないで。でもお礼に次の休みは俺とデートしてね」


 ジルはニコリと笑ってエルザに別れを告げた。

 エルザの返事は聞かない。ジルにとってそれは決定事項だから。

 次の休みも、出来ればその次も一緒にいたい。

 早くエルザにも自分と同じ気持ちを持ってほしい。


 学院に入っていくエルザの後ろ姿が見えなくなるまで、ジルはそこに立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ