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約束をしていた休日、エルザは乗合馬車に乗って街に出かけた。
入学してから今日まで、休みの日は寮で勉強漬けだったエルザは、久しぶりの街の喧騒にワクワクしてくる。往来はたくさんの人が行き交い、店先は色鮮やかだ。
乗合馬車の停留所近くを待ち合わせ場所にしていたが、そこにはすでにオリバーが待ってくれていた。
白のスタンドカラーのシャツに黒のジャケットとパンツのセットアップ。
飴色の髪と青い目という華やかな顔立ちにシンプルな服装が、学院で会う彼より少し大人っぽく見せていた。
「あんた、なんで制服なの?」
待ち合わせに現れたエルザの格好にオリバーは顔をしかめる。
「貴族の方とお出かけできる服を持ち合わせていなくて」
気にした様子のないエルザは、平日と同じように学院の制服をきっちり着ている。前回ジルと高級店街を訪れたことを思い出すと、手持ちの着古した綿のシャツやワンピースで歩くのは気が引けた。
「気が回らなくて悪かったな。今日はそんなかしこまった店には入らないから、普段着でも良かったんだけど。ジル様と違って高い物は買ってやれないけど、服見に行くか」
異性との初めてのデート、しかも身分の違う相手を誘った自分の配慮のなさに、オリバーは慌てて近くの洋服店を探そうとする。
頭の中に先日ジルがエルザに贈った高級な鞄がよぎる。
「制服で入るのが恥ずかしいようなお店でなければ、このままで。ジル先輩に買っていただいたのは鞄だけですし、それもヒロイン活動の一環でしたので、お気になさらず」
暗に今日のデートは部活動ではなくプライベートだと言われたようで、オリバーは嬉しくなる。
二人は先にランチデートの時に約束した弁当箱とバスケットを探しに行くことにした。
オリバーの生家、ルブラン子爵家は順風な領地経営で裕福な家だが、三男であるオリバー自身の資金は潤沢なわけではない。まだ学生の身で、親から貰っているおこずかいで行ける範囲の店で遊ぶ。
だから、中流階級の平民であるエルザからしたら、少し高いが手が出ないほどではない、あまり気負わずに入れる店で二人は買い物を楽しむことができた。
いくつか店を回って、それらしい弁当箱を購入したが、バスケットはイメージに合うものがなかなか見つからなかった。
「そろそろ昼時だな。店に予約を入れてるから行くぞ」
オリバーが連れて行ってくれた『物語の向こう側』という店は、外装は普通の家族が利用しやすそうな一般的なレストランだったが、店内に足を踏み入れると、その名の通り、物語のページを繰った先に自分が入ったかのようだった。
小さい頃読んだ絵本に出てきた小人が座りそうな小さな椅子、隣国のおとぎ話に出てくる妖精のランプ。カーテンにはそれぞれの物語の一幕が彩られている。
どこかで見たような、けれど見たことのない懐かしくもワクワクする空間を、小さい子供連れの家族、仲睦まじそうな熟年の夫婦、読書好きと思われる女性グループ、それぞれが楽しんでいた。
予約していた席に通され、好き嫌いがなければ注文は任せてほしいとオリバーに言われ、了承する。
頼んだのは簡単なランチメニューのようで、スープとサラダとパン、メインが一度に供された。運ばれてきた料理を見て、エルザは息をのむ。
「こ、これは、『幻夜の嵐』の晩餐メニューじゃないですか!?」
「そうだ!!やっぱりエルザは『幻夜の嵐』も読んでいたか!?」
興奮して前のめりのオリバーに負けじとエルザも前のめりになる。
「もちろんです!名作中の名作です。幻のキノコを探す裏山の奇跡、何度読んでも手に汗握ります!!」
「キノコを見つけたと思ったら、本当に大切な物はそこにはなくて……ていうくだり、泣けるよな」
「ワライダケとシビレダケ、どちらを選ぶか、苦渋の決断でしたね。読後しばらくキノコに浪漫を感じました」
二人は好きな小説の好きなシーンを語り合いながら、キノコのボタージュにキノコのスープ、キノコ型のかわいいパン、キノコたっぷり煮込みハンバーグを平らげた。
最後にお待ちかねの『赤い実はじけるジェラート』だ。
運ばれてきたのは素朴な木の器に山に盛られたジェラート。少し黄みを帯びたバニラに小さな赤い粒が散らばっている。
「ジェラートが白!!」
「俺も小説を読んだ時は赤いジェラートに赤い実だと思ってた」
「文章の中には赤い実が弾ける記述はありましたけど、ジェラートの色や味は言及していませんでしたね」
「解釈の違いだな。けど、白に赤い実が混じっているのは見た目も可愛いくていいな」
二人は想像と違った『赤い実はじけるジェラート』をスプーンですくい、口に含む。
口いっぱいにバニラの甘さが広がり、何かが弾けた。
「わわわ!!口の中でパチパチいってます!!」
初めての食感にエルザは驚き、次第に楽しくなってきてケタケタ笑い出す。
「不思議ー楽しー!これは自分で再現できないですね。あー、再現できてもジェラートをお弁当には持って行けなかったぁ」
「ジェラートはまたここに食べに来ればいい。そういえば、作者はジェラート屋巡りが趣味だと言っていたな」
「デザートの中で特にジェラートが好きというのは知っていましたが、お店巡りが好きとは知りませんでした。え、悔しい!何情報ですか!」
『七色の勇者』シリーズの小説を読破するだけではなく、関連記事なども網羅していると思っていたエルザは、自分の知らない新情報に驚き悔しがる。
「ロベルト・ドナという小説家のインタビュー記事で読んだんだ。二人はプライベートで親交があるらしくて、会うときはたいてい『七色の勇者』の作者の趣味のジェラート屋巡りに付き合っている、と」
「知らなかったです。なんか悔しい」
エルザはお金に余裕ができたら自分もジェラート屋巡りを趣味にしよう、と一人心に決めた。
今日購入した弁当箱は自分が用意すると言ったからとオリバーが買ってくれて、今食べている食事も先日のランチデートのお礼に、と彼が奢ってくれることになっている。ありがたいけれど、エルザはちょっぴり申し訳ない気持ちになっている。
早く自分で稼げるようになりたいな、と思う。
二人はたくさん食べてたくさん喋って、気持ちもお腹も満足して店を出た。
食事前に見つからなかった弁当箱を入れるバスケットを再び探すため、二人は街に出ることにする。
『赤い実はじけるジェラート』の食べた感じは、31のポッピングシャワーなイメージです。




