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次の日の昼休み、二人は約束通り裏庭のガゼボにいた。
エルザは早起きして作ってきたお弁当を広げる。
小さな一口大のサンドウィッチにタコさんウィンナーにハート形の卵焼き、きゅうりのピクルス。
「こ、これは……!!」
後ろに稲妻でも光らせたいほどの驚き方をするオリバーに、エルザは得意満面だ。
「気が付きましたか?七人が揃ってピクニックに行った時に光の王子が作ったお弁当を再現してみました!!」
エルザは両手を広げて弁当を見せつける。オリバーはキラキラした目で弁当を端から端まで眺めている。
「本当はラディッシュのピクルスも用意したかったんですけど、材料が揃わなくて」
「こ、今度ラディッシュを準備したら、完全版を作ってくれるか?よかったら弁当箱もそれを入れるバスケットも用意させてくれ」
弁当から目を離すことなく、オリバーはエルザにお願いをする。まさか、こんなに好きだったとは。
「はい!ではその時は湖の見える場所までピクニックに行きましょうね」
「誓いの湖だな!!」
ニコニコと笑っているエルザに、オリバーはハッと我に返る。
「いつから僕が『七色の勇者』シリーズが好きって、気付いてたんだ?」
「いつから、って初めて会ったときから?」
エルザは入学式の日のことを思い返した。
緊張しながら入った教室、華やかな容姿で目を引く男子生徒に目が留まる。彼の手首を飾るブレスレットに見覚えがあった。
『七色の勇者』シリーズという少年少女向けの小説のグッズの一つ、闇の少女をモチーフにしたブレスレットだからだ。
ブレスレットを付けている男子生徒は顎までの長さの髪をハーフアップに結っており、髪色こそ違えど、小説の中で闇の少女が恋仲となる光の少年に結ってあげた髪型だった。
机に出した黒色の布製のペンケースからは、最新シリーズ初回限定特典の七色ペンがちらりと見えていた。
「どこからどう見ても重度の『七色の勇者』シリーズオタクですよね?」
当たり前のように言うエルザに、オリバーはガックリする。
「ま、まさかバレていたとは……」
エルザは知らなかったが、『七色の勇者』は少年少女向け小説として販売されていたが、実際は子供の頃のワクワクが感じられると青年以降の大人世代にこそ人気があったのだ。
そのため、オリバーの周囲には愛読者はおらず、これまで彼のオタクっぷりは家族以外には知られていなかった。
さらに、大人世代に人気なだけあり、グッズは品質もよいがお値段もよく、学生ではなかなか手に入れられないため、エルザ以外は誰も気が付かなかったのだ。
恥ずかしさから落ち込んでいるオリバーを気にせず、エルザはお弁当を広げ、お皿やフォークを並べ、手際よく昼食の準備をする。
「お昼休み、そんなに長くないんだし、食べちゃいましょ?」
まだ落ち込みから浮上できず、暗い顔のままのオリバーだが、勧められるままサンドウィッチを口にする。
「これは!ピリ辛過ぎるハムサンド!!」
「ふふふ、見た目だけではなく、味も完全再現してますよ」
小説の中の文章通りの、見た目以上に辛いサンドウィッチに喜ぶオリバーに、エルザは満足して次は足が三本のタコさんウィンナー、次は砂糖のみで味付けした卵焼き、と次々と勧め、一つ食べるごとに解説をつけてやる。
最後の一口を食べ終えたオリバーは、満足のため息をつく。
「学院に入学して以来、最も幸せな昼食だった」
「食後のデザートに赤い実はじけるジェラートがあればよかったんですけど、あれはさすがに作り方がわからなくって、無理でした」
ジェラートを作れなかった無念さをエルザは嘆く。
デザートまで用意できれば、オタクのオリバーをもっと驚かせられただろう。
「街に『物語の向こう側』という店があるんだけど、そこにそっくりなジェラートがあるぞ。あそこの店は小説や童話の一品をモチーフに作るのがウリなんだ」
「そんな店が!?知らなかったです。入学を機に王都に出てきたので、まだ街をゆっくり回ったことがなくて」
「じゃあ、次の休みは空いているか?一緒に食べに行こう。ついでに完全版弁当のための弁当箱やバスケットも探そう」
楽しそうなお誘いに、エルザは大きく首を縦に振って喜ぶ。
「ぜひ!」
二人で休みの日の計画を立てているところに、生徒会役員のジルとジョルジェットが通りがかり、声を掛けられた。
三年生の二人は学院内でよく一緒にいるところを見かける。平均よりも高い背の二人が並ぶとバランスがよく、誰もが見惚れてしまう。
「エルザ、ここでランチ?」
ジルは話しながら自然にエルザの隣に腰を下ろす。三人掛けのベンチだが、二人の間にすき間はない。
ジョルジェットは適切な距離を保ってオリバーの横に座った。
「はい、色々あって二人でランチする流れになりまして」
「今日も子リスのように愛らしいね」
クスクスと笑いながら、エルザの頬についたパンくずを優しく取ってくれる。
子供のような自分にエルザは照れ笑いを浮かべるが、安心しきってされるがままだ。
「で、色々って何かな?」
「ランチデートです、ジル様」
本家の公爵家嫡男であるジルへ、いつも礼儀正しく従順なオリバーだが、この時はなぜかイライラとした気持ちで答える。
「次の休みも二人で街デートです。なぁ、エルザ?」
呼びかけられたエルザは、休日の外出の約束はしたが、それはデートと呼ばれるものなのか、と考えている。
これまではあまりオリバーと関わらなかったエルザは、彼から名前を呼ばれたのも初めてだ。
「本当、エルザ?きみは俺のヒロインなのに?」
ジルは彼女の小さな手を両手で握り、覗き込むように視線を合わせる。花の蜜に集まる蝶さえ惑わせそうな色気だ。
「ジル先輩、わたしは先輩のヒロインだけど、先輩だけじゃなくってみんなのヒロインじゃないといけないんです」
だってヒロイン部ですもん!!という気持ちでエルザは胸を張る。どこで誰が聞いているかわからないため、お利口さんなエルザはもちろん『ヒロイン部』という言葉は口にしない。
言い返されたジルは泣きそうになりながらも、握った手に力を込める。
「俺の唯一はきみなのに?」
「先輩にとっての唯一はわたしかもしれないけれど、わたしは唯一をもっていはいけないんです、みんなのヒロインなんです!!」
「その通りですわ~。わたくしも皆さまのヒロインですもの~」
おっとりとジョルジェットが会話に参戦する。
「きみはみんなのヒロインでいいけど、エルザは俺のヒロインなんだよ」
「ジルのヒロインであり、オリバーのヒロインにもなるかもしれませんわね~」
「オリバーのヒロインにはジョルジェットがなればいいじゃん。ていうか、オリバーにヒロインいる?必要?」
「ヒロインを選ぶ権利はどなたにもありますわよ~。それが報われるかはわかりませんが」
三年生二人の止まない口論は午後の授業の始まりを知らせる鐘で中断された。各々納得しないまま、それぞれの教室に向かうのだった。
ジルのクラスメイトたちは、彼の愁いのこもったため息を授業中いっぱい聞かされることになった。女子も男子も、なんなら教師までも、彼の儚さに胸をときめかせた一時間となる。
エルザに自覚はありませんが、彼女も重度のオタクです。
オリバー「お、俺たち『七色』のオタ友だな!」(初めて出来たオタ友に浮かれている)
エルザ 「おたとも??」(お手元のこと?)←そもそもオタ友という単語を知らない




