089.光をあなたへ
「わたしはクライのお守りだから」
白髪の女が柔らかい笑みを浮かべ、指を組んで瞑目する。
女の姿が白く輝きだし、次第に光へと溶け込んでいく。
そして、臨界点まで達した光は、激しく、それでいて、温かな光の奔流へと形を変え、全ての景色を飲み込んでいく。
「ルシュ!」
その名を叫びながら伸ばした俺の手は、しかし、虚空を掴んだだけだった。
「おお! 目を覚ましたか!」
薄っすらと開けた目に映ったのは、無精髭とボサボサの髪だった。
「なんだ……イーズか」
「悪かったな、お前の思い人じゃなくて。おい、クライが目を覚ましたぞ!」
イーズが声を掛けると、三人の女性がこちらへと駆け寄ってきた。
俺は起き上がろうと重たい体に力を入れるが、全身に激しい痛みが走り断念する。
「ダメだぞ、無理しちゃ」
青髪のくるくるパーマにクリクリのお目めが可愛い少女が、俺の額に指を当てる。
すると、柔らかく温かい水が俺の体を包んだ。
「水魔法治癒か。ありがとう」
俺は寝ころんだまま視線だけを向けて礼を言った。
「お礼を言うのはこっちの方だよ」
「そのとおりよ。あなたのおかげで私たちは命を救われたわ。ありがとう」
くるくるパーマの少女の言葉を受けて、騎士然とした格好の女性も頭を下げてきた。
「ほら、お前も」
「あ、ありがとう……」
イーズに促されて、彼の背中に隠れていたショートボブの美少女もおずおずと礼を口にした。
彼女がイーズの婚約者のメリナか。なかなか可愛い娘じゃないか、けしからん。と、そんなことよりも――
「俺たち、助かったんだな」
ついさっきまで大カマキリの鎌に腹を貫かれてぶら下がっていたメリナも回復しているようだし、イーズの傷も癒えていた。それに彼らの緊張から解放された表情を見るに、脅威は去ったと見て間違いないだろう。
「助かったんじゃなくて、お前が助けてくれたんだよ」
「俺が?」
「なんだ、覚えてないのか?」
俺は思考の靄を取り払うべく、記憶をたどる。
確か、巨大カマキリを群れごと一掃しようと極大の始原魔法をお見舞いしようとしたんだったな。それで、全身に痛みが走って、気付けば、真っ黒なミアズマが俺を侵食し始めて……うーん、そこから先の記憶がない。
「すまん、説明してくれないか?」
俺はイーズに頼んで体を起こしてもらい、洞窟の壁にもたれかかる。
「わかったわ。私が見たことをありのままに話しましょう」
俺の求めに応じたのは、騎士風の格好をした青髪の美女、エイヤだった。マニアス大佐の部下で、少佐の地位にあるらしい。
「と言っても、実際は何が起こったのかはまるで理解できてはいないのだけどね」
そう前置きをして、エイヤ少佐は彼女が目にしたことを仔細に説明してくれた。
「あなたは両手を上げて、何か魔法の準備をしているようだったわ。具体的に何をしようとしていたのかはわからなかったけど、グリムリーパーたちは脅威に感じたようね」
次から次へと俺へと迫り、何度もその大鎌を振り下ろす。しかし、その鎌が俺に届くことはなかった。
まるで目には見えない壁に守られているようだった、と付け加えたのはくるくるパーマの治癒術師フィアだ。彼女も軍属らしい。
「あなたが両手を振り下ろすと、グリムリーパーは跡形も残らず一瞬にして塵になったわ。いえ、跡形は残っていたわね」
エイヤ少佐が先ほどまで絶望的な戦いを強いられていた戦場へと顔を向けた。
そこには、二十五メートルプールがすっぽり入るぐらいの大穴があいていた。
「さっき覗いてみたけど、どこまで続いているかも分からないぐらい深いんだよね。正直、恐怖しかないよ。君、いったい何をやったの?」
フィアはそう言うが、その表情に恐怖はなく、純粋に興味津々といった感じだ。
「こいつは『目に見えない魔法』を使うんだよ」
そう答えたイーズが胸を張る。
「いや、なんでお前が威張ってんだよ」
「仲間がすごいってことは、俺もすごいってことだろ?」
「いや、まあ、うん、そうだね……」
「目には見えない魔法か……俄かには信じられないけど、実際に目にした、いや、目にしたわけではないけど、この結果を見れば信じざるを得ないわね」
「黒髪の人ってすごいんだねえ」
まあ、黒髪の人がみんな始原魔法を使えるのかは知らないが、とりあえず始原魔法については納得してくれたようでよかった。
「これでグリムリーパーの脅威は去ったわけだけど、問題はここからだったの」
その場に倒れた俺が、絶叫を上げながらのたうち回り始めたらしい。
俺はこのときすでに意識が飛んでいたので、まったく覚えていない。
「慌てて駆け付けたんだけど、あなたの体がどんどん黒く染まっていってたんだよね。なぜだかはわからないけど、このままじゃまずいってわたしも少佐も思って、でも、治癒魔法も使えないし、どうしょうもなくて。そしたら、そのときにさ――」
俺の胸元が白く輝きだし、そこから光の奔流が生まれたらしい。
目を開けていられないほど強い光が周囲を満たし、しばらくして恐る恐る目を開けてみると、俺の体を侵食していた黒染はきれいさっぱりなくなっていた、と二人は言った。
「まさか――」
俺は慌てて首から下げていたルシュの首飾りに目をやった。
革紐に吊り下げられた親指の爪ぐらいの大きさの木片。その木片は焼け焦げたように黒ずみ、ひび割れていた。
『私はクライのお守りだから』
目を覚ます直前に見ていた幻想を思い出す。
「ルシュが守ってくれたのか……」
俺は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「どうしたの? もしかして、そのペンダントがあの光の原因なの?」
焦げた木片に目を落とす俺の顔をフィアが覗き込む。
心配してくれたのだろうが、それも最初の一瞬だけで、その興味はルシュの首飾りに移っているようだった。
「たぶん……」
そう答えたのがいけなかった。フィアは俺の手をとって、キラキラと輝く目を俺へと向けた。
「何それ? どうしたの? どうやって手に入れたの? わたしも欲しい! 教えて! ねえ、お願い!」
「いい加減にしなさい、フィア」
あまりの勢いにたじろぐ俺を見かねたエイヤ少佐が、興奮するフィアの首根っこを掴んで放り投げた。
「ごめんなさいね、クライ」
「いえ、助けていただいてありがとうございます。ついでに一つお願いなのですが、この首飾りと白い光のことはここだけの秘密にしてもらえませんか?」
俺の窮地を救ってくれたのは間違いなくルシュだ。
どういう原理なのかは知らないが、彼女たちの話が本当なのだとすると、通常であれば人の目には見えないはずのプネウマが、可視化できるほど高純度かつ高濃度でこの木片には含まれていたということになる。
このことが世間に知れ渡れば、この木片を、あるいはその製造方法を巡って争いが起きることは容易に想像がつく。
これはそれだけの代物だ。そんな争いにルシュを巻き込むわけにはいかない。
「わかりました。争いの種になってもいけないし、水の神に誓って秘密を守ると約束しましょう。フィアもいいわね?」
「はーい」
俺の意図を正確に見抜いたエイヤ少佐が水の神に誓いを立てて、フィアもどうにか納得してくれたようだ。
「俺も約束するよ、なあ、メリナ?」
イーズがそう言うと、彼の背中の後ろで頷く気配がした。
ずっと陰に隠れてなかなか顔を見せてくれないが、きっと人見知りなんだろう。俺が嫌われているわけじゃないと信じたい。
「で、イーズたちの怪我もその光で治ったのか?」
俺は事後の経過の話に戻すべく話を振ったが、イーズは両手を広げて首を傾げるだけだった。
その代わりに俺の問いに答えるように、フィアがエイヤ少佐の後ろでぴょんぴょん跳ねながら手を挙げた。
「メリナとイーズを治したのはわたしだよ」
なんでも、白い光がこの空間を満たした後、急に魔力が回復したらしい。
「魔法が使えなくなってて焦ってたんだけどさ、光を浴びた後に、なんかぐわーって力が湧いて来たんだよね。イーズはともかく、メリナの方は本当に危険な状態だったから助かったよ」
そう言われて改めて周囲を見回してみると、洞窟全体に立ち込めていたミアズマはきれいさっぱり無くなっていて、代わりにキラキラと光るプネウマで満たされていた。
「こりゃ、すげーな……」
あんな小さな木片に、いったいどうすればこれだけのプネウマを詰め込めるのだろうか。
しかも、プネウマ視を持つ俺が、その首飾りの力に今の今まで気付くこともできなかったことにも驚きだ。
お前はいったい何者なんだよ、ルシュ……
「さて、私たちが目にしたことはこれで以上よ。何か質問はあるかしら?」
知りたいことはだいたい聞くことができた。俺がどれぐらい気を失っていたのかとか、現在のダンジョンの状況だとか、細かいことはいくつかあるが、彼らの話ぶりから察するに、どれも些細な問題なのだろう。
「それじゃあ、クライも目を覚ましたことだし、帰りますか」
イーズが明るい声で言って、俺を背負った。
「いやいや、自分で歩けるって――?」
そう言って自分で立とうとするも、俺はすぐにバランスを崩す。
全身が痛くて堪らない。
「ほらほら、ムリはだめだってば」
フィアにそう言われて、俺は仕方なくイーズの背中に身を預けた。
「苦労をかけてすまないねえ、爺さんや」
「それは言わない約束ですよ、婆さんや」
俺とイーズのお約束のような掛け合いを見たメリナが思わず噴き出した。
とても可愛らしい笑顔だ。こりゃあ、イーズが惚れるのも仕方がないな。
その笑顔を見て、俺も早くアクエリアに帰りたいなと、そう思ったのだった。
クライ編は火曜連載です。
同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n1886ja/
よろしければそちらもお楽しみください。




