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088.闇をあなたへ

 絶望の中に光明を見出すまで、この間わずか零コンマ二秒。ほんの刹那の間とは言え戦場での油断としては長い。しかし、それでも得たものは大きい。まだ無事に生きているわけだし、結果オーライだ。

 あとは実践するだけ。ぶっつけ本番だが、やるしかない。


 俺はイーズたちに向かって鎌を振り下ろそうとするグリムリーパーに意識を集中した。

 そしておもむろに始原魔法を発動する。


始原魔法闇弾ショット!」


 その言葉とともに俺の杖から射出された真っ黒な弾丸は、亜音速でカマキリへと迫る。

 そして大鎌をとらえると、腕ごとそれを弾き飛ばした。


 やった! 上手くいったぞ!

 俺は心の中で快哉を叫ぶ。


 そう。俺が使ったのは、これまでと同じく始原魔法だ。

 ただ一点違うのはその魔法の源。プネウマではなくミアズマを使ったのだ。


 俺はプネウマを視ることができるし、それに触れることもできる。そして、プネウマを操り、始原魔法を発動することができるのだ。

 そしてそれはミアズマに関しても似たようなものだ。ミアズマを視ることもできるし、触れることもできる。

 だったら、ミアズマを操り、それをもとに始原魔法を使うことだってできるはずだ。

 そう考えたわけだ。そして、その試みは上手くいった。


 それは、今この場において、俺が無限のエネルギーを手にしたことと等しかった。

 意識を集中すると、黒いエネルギーの塊が次々と顕現する。一つ、二つ、三つ……そして、その数が十となったところで、俺はイーズに声をかける。


「俺が奴らを牽制する。隙を作るから、あの人を助け出せ!」


 プネウマがほぼ存在しないこの環境で、イーズはすでに満身創痍となっている。

 しかし、彼女を救い出すのはイーズでなければならない。だから俺は、そのための道を作る。


「始原魔法黒弾!」


 俺の号令とともに、黒の弾丸が一斉にグリムリーパーの群れに襲いかかる。

 それに合わせて、イーズが駆け出し、その鎌でメリルを貫いている個体へと飛び掛かった。


「メリナを返せ!」


 内包するプネウマ、その全てを燃やつくしたような紅蓮の炎がイーズの拳を包む。

 その拳が触れた瞬間、カマキリの右腕は爆散し、本体は業火に覆われ焼き尽くされいく。

 イーズは最後の気力を振り絞り、投げ出されたメリナを空中で受け止めた。そして、彼女を守るように抱き包むと、背中から激しく地面へと叩きつけられた。


「イーズ!」


 しかし、イーズは答えない。一緒に落下したメリルも微動だにしない。


「大丈夫か!?」


 メリルの仲間と思しき二人組が駆け出そうとするが――


「待て!」


 俺は慌ててそれを制した。

 無数の複眼の光がイーズとメリナに向けられていたのだ。


 くそっ!

 さっきの黒弾は殺す気で打ったのだが、あまりダメージが通っていない。

 俺が打った弾の大きさはバスケットボール大だった。これぐらいの大きさがあれば、始原魔法光弾ならば確実に殺せるとまでは言わないまでも、かなりのダメージを与えられていたはずだ。

 それができていないということは、ミアズマを用いた始原魔法は威力が弱いということなのだろうか。


「ってか、そんなこと考えてる場合じゃねえ!」


 複数のグリムリーパーが、その鋭い大鎌をイーズとメリルに向かって今にも振り下ろさんとしていた。

 まずは二人を守ることが先決だ。


「始原魔法黒盾!」


 プネウマを使った場合よりも威力が弱まる可能性を考慮して、強度を上げた七層型の黒盾の展開を試みる。

 しかし――


「痛ッ!」


 ここで俺の頭に激しい痛みが走る。それと同時に視界が黒くぼやけた。

 ほんの一瞬、痛みのせいで集中が途切れたのがまずかった。


「しまった!」


 七層展開のはずの黒盾が、二層しか展開されていなかった。

 俺は慌てて追加の黒盾を展開しようとするが、時すでに遅し。グリムリーパーの大鎌が二人に向けて振り下ろされてしまった。

 俺は自らの失態に思わず目を瞑る。それから一瞬遅れて、激しい衝撃が走った。

 恐る恐る開いた俺の目に飛び込んできたのは、振り下ろされた大鎌の全てを受け止め切った黒盾の姿だった。


「た、助かった……」


 危うく自分のせいでみすみす二人を見殺しにしてしまうところだった。

 俺は胸を撫で下ろしつつ、黒盾の状態を具に観察する。

 たった二層しか展開できなかったにもかかわらず、複数のグリムリーパーによる強力な一撃を難なく防ぎきっている。大鎌は二層目に届いていないどころか、一層目にヒビを入れることすらできていない。


「なるほどな……」


 先ほどの黒弾による攻撃が通りにくかったことと、たった今、黒盾がカマキリの攻撃を防ぎ切ったこと、この二つの事象から導かれる推論は二つだ。

 一つは、ミアズマは攻撃力が低く、防御力が高いということ。

 そしてもう一つは、同種による攻撃と防御では防御の方に利があるということ。

 俺の予想では、おそらく後者だ。

 これまでの経験からして、ミアズマを纏った魔物の攻撃が弱いと感じたことはないし、特段防御力が高いと感じたこともなかった。

 その証拠に、プネウマを使った始原魔法による光盾が魔物による攻撃で貫かれたこともあるし、それとは逆に俺の攻撃は確実かつ苛烈に魔物にダメージを与えることができていた。

 つまり、ミアズマによる攻撃はプネウマによる防御よりも強く、プネウマによる攻撃はミアズマによる防御よりも強い。そして、ミアズマによる攻撃はミアズマによる防御よりも弱く、おそらくは、プネウマによる攻撃はプネウマによる防御よりも弱い、という関係が成り立っているのかもしれない。

 これはすべて推測だし、検証を要するものだが、もちろん今そんなことをやっている場合ではない。ただ、少なくとも一つだけ、限りなく真実に近いだろうことがある。

 それは、俺もカマキリたちも互いに攻撃が効きにくいということだ。

 要はここから先は我慢比べだ。


「カマキリたちの攻撃は俺が防ぐ。イーズたちを頼む!」


 俺は先ほど待ったをかけた二人に声をかけた。

 目には見えない始原魔法、それを信じて進めと言われても、なかなか信じるのは難しいだろう。

 しかし、危険な状態のイーズとメリルをこれ以上放置はできないと、二人は互いに顔を見合わせて頷き合うと、巨大カマキリたちの間を縫って駆け出した。

 俺は無数の黒弾を放って牽制しつつ、黒盾で彼女たちを保護する。

 初撃こそ慌てた様子だった彼女たちも、それを俺が見事に防げば、どうやら信頼してくれたようで、以降は不安を見せることなく真っ直ぐとイーズたちへと向かう。

 そして倒れ伏す二人を回収した彼女たちが安全圏まで退避してサムズアップで合図を送ってきたところで、第二ラウンドの開始だ。

 俺がとった作戦は、遠距離からの弾幕攻撃。こちらは一発まともに食らってしまえばお終いなので、ダメージ効率は悪いが安全圏からちまちま削るのが吉だと判断したわけだ。

 しかし、しばらく続けてもみても、一向に効果が実感できない。

 与えられるダメージが低いのだ。なんなら削った分よりもやつらの回復速度が速いまである。

 慣れないミアズマを使い過ぎたのか、俺の頭はズキズキと痛んでいる。

 加えて、始原魔法以外の魔法が使えないこの環境下では、ニーズもメリルも治療することはできず、今のところ一命はとりとめてはいるようだが、彼らに残された時間はもう幾許もない。

 このままではジリ貧だ。


「仕方ない。方針転換だ」


 小さな攻撃を続けても意味がないのであれば、残された方法はもう一つしかない。相手の防御を上回る威力の魔法で、一気に葬り去る――それだけだ。

 俺は攻撃の手を止め、両手を上に挙げて周囲を漂うミアズマに意識を向ける。


「オラに力を分けてくれ」


 別に誰かに言っているわけではない。ミアズマの操作にこんなポーズもこんな台詞も不要なのだが、イメージは大切なのだ。

 魔法はイメージを具現化するものなのだから。


 俺の頭上に大きなミアズマの塊が形成されていく。

 すでに目の前にいるグリムリーパーの巨大種よりも大きな塊となっているが、まだだ。ズキズキと頭痛が激しさを増すが、まだだ。

 次の一撃で全部まとめてぶっ潰す。

 そのためには、まだまだだ。

 もちろんグリムリーパーたちも黙って待ってくれているわけではないが、意識の一部を黒盾の維持に充てればそれで充分だ。残る力の全てを注いで、黒く大きな塊をさらに膨張させていく。

 そして、ついに完成したそれは、黒い月を思わせるような巨大な球体。ビリビリと空気を振動させながら、暴力的なまでの巨大質量を誇示している。

 後はこれをカマキリたちに叩き込むだけ――そう思ったところで、背筋に強烈な悪寒が走った。それと同時に両腕が激しく痛みを訴えだす。


 ズ、ズ、ズ……ズ、ズ、ズ……


 見ると、俺の両腕が黒く染まり、そこから湧き出すように、あるいは表面で蠢くように、ミアズマが纏わりついていた。

 俺の腕を黒く染めるミアズマは、前腕から肘を通って二の腕に進み、肩口まで浸食しようとしている。

 それと同調するように頭痛が激しくなり、少しでも気を抜くと意識が飛んでしまいそうだ。


 これは絶対にまずい。これ以上続ければ、俺はミアズマに飲まれてしまう。

 根拠はないが、俺の潜在意識が激しく警鐘を鳴らしていた。

 しかし、ここまで来て諦めるわけにはいかない。あと少し、あとはこれをぶつけるだけなんだ。

 最後の気力を振り絞って、俺は叫んだ。


始原魔法新月ネオメニア!」


 暗黒の天体がゆっくりとグリムリーパーに迫る。

 グリムリーパーたちは驚くでも恐れるでもなく、微動だにせず、その複眼に黒を映している。

 そしてその天体を受け入れるように、あるいは、その天体に受け入れられるように、ゆっくりとその黒に飲み込まれていく。

 そんな光景を霞む視界にぼんやりと捉えながら、俺はそこで意識を手放したのだった。


クライ編は火曜連載です。


同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n1886ja/

よろしければそちらもお楽しみください。

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