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077.召喚状をあなたへ

「ようこそお出でくださいました、クライ殿。お噂はかねがね伺っております。儂はルーベニマ商会で会頭をしております、イヴァン=ルーベニマと申します、以後お見知りおきを」


 ルーベニマ商会本店のエントランスにて、諸手を上げて歓迎してくれた小太りに青いちょび髭の人物。昨日会ったばかりのイヴァン会頭その人だ。


「お初にお目にかかります。行商をしております、クライと申します。本日の商談に会長自らご臨席いただけるとは、誠に幸甚でございます」


 俺は胸に手を当て商人式の中でも最上級の礼を向ける。

 そんな俺とイヴァン会頭のやり取りにルシュとブリックは怪訝な視線を向けていた。


「お初にお目にかかりますって、つい先日会ったばかりじゃ……」


 なんてことを言っているが、そんなことでは立派な商人にはなれないよ、ブリック君?

 イヴァン会頭は先日のことをなかったことにしたいようだし、それを察して話を合わせてあげるのが大人ってもんだ。


「どうぞこちらへ」


 後ろに控えていた有能そうな秘書の案内で、大理石が敷き詰められたエントランスホールを出る。そして通された先は、凹の字をしたルーベニマ商会本店社屋の中庭。

 そこには『ルーベニマ商店』と屋号を掲げた古びた建物が立っていた。


「ルーベニマ商会創業当時の店舗なのです。重要なお客様との商談は、こちらでさせていただいております」


 ヴィクトルと名乗ったイヴァン会頭の秘書――ではなく、どうやらイヴァン会頭のご子息だったらしい――は、そう解説を加えながら、古い商店の扉を開けた。

 かなり年季が入っている建屋とは対照的に、家屋の中はきれいにリフォームされていた。

 あるのは会議室が一つのみ。見ただけで高価だとわかるテーブルとソファ。俺なんかではその価値が想像もつかないような調度品の数々。しかし下品な成金趣味だという印象は一切抱かせず、全体として調和のとれた、落ち着きすら感じさせる雰囲気だ。

 俺たち三人が息を飲む中、それに満足したように頷いたイヴァン会頭がソファを勧めてくれた。

 それから目の前に並べられた紅茶で口を湿らせて、まずはイヴァン会頭が口を開いた。


「さて、先日対応させていただいた担当者の話では、本日は紙をご紹介いただけるとのことでしたが?」


「はい、こちらになります」


 あらかじめ準備しておいた製品のサンプルをテーブルに置く。


「どうぞ、お改めください」


 促されるままイヴァン会頭とヴィクトルが紙を手に取り、その品質を見定める。


「素晴らしい品質の紙ですね」


 しばらくしてヴィクトルが喜色を交えた驚嘆の声を上げた。


「美しい白、曲げにも折れにも耐える強度、インクの滲みも少ない。特に羽ペンの滑りが気持ちよいですね」


 評判は上々のようだ。だったら、ここでもう一押しアピールを。


「特に強度には自信を持っております。ご覧ください」


 俺が視線で合図を送ると、ブリックがサンプルの紙に羽ペンを走らせ、『まさか逆さま』と記した。

 見事に回文となっているわけだが、彼がなぜその言葉をチョイスしたのかは全くの謎だ。


「おおっと、いけない。書き損じました」


 大根役者もびっくりのわざとらしい演技で首を振ったブリックは、今しがた書いたばかりの文字に指先をあて「水魔法洗濯」と一言。

 それに合わせてインクの黒が紙上から消え去り、真っ白い紙へと戻る。

 そして再びブリックが文字を認める――『私負けましたわ』

 さらにわざとらしい演技でもう一度文字を消したブリックが次に書いた言葉は、『昼飯の楽しめる日』

 ほんと、今日の昼飯がそうなるといいね――って、この大事な商談でなにお茶目なことやってんだよ!

 ブリックのセンスは本当に謎だ。謎ではあるのだが、これはブリックの努力の成果でもある。決して回文がではなく、『水魔法洗濯』が、だ。


 ブリックは俺に隠れて水魔法洗濯を練習していた。

 水魔法洗濯はその名に似合わず、かなり高度な魔法だ。しかし、俺が何かしらの製品を作る際に必ずと言っていいほど洗濯魔法を使っているのを見ていた彼は、今後この魔法が使えるかどうかが自分の行く末を左右すると判断し、一念発起して苦手な魔法の訓練に取り組んだらしい。その成果がこれだ。

 まだ効果範囲は小さく、連続使用回数も少ないが、十分実用レベルには達していると言える。

 この場でどんな言葉を書くかを確認していなかったのは俺の落ち度なので、そのことには敢えて言及はすまい。


「このように、数度の書き直しにも十分耐えるだけの強度を有しています」


「す、素晴らしいですね……」


 特に驚きを示したのはヴィクトルの方だった。


「水魔法洗濯にそんな使い方があったなんて……」


 え? そっち?

 驚きのポイントが俺の狙いとはずれているが、まあ、いい。強度が高いこともちゃんとわかってもらえただろう。


「しかし、これだけ高品質の紙をいったいどうやって……?」


 ヴィクトルの呟くような問いに答えたのは、予想外の人物だった。


「もしや、これは『木』を原料にしているのではありませんかな?」


 イヴァン会頭がドヤ顔でそう言った。

 いやいやいやいや、『もしや』なんて白々しい。あんたは現場にいたでしょうが。

 しかし、そんな野暮なことを言うほど、俺も馬鹿ではない。商品の売り込み以上に、商談相手に機嫌よくいてもらうことの方がはるかに大切なのだ。


「ご慧眼に感服いたしました。仰るとおり、これは木を原料としています」


「やはりな」


 満足そうに頷くイヴァン会頭に、「木から紙を……」と驚きを隠せないヴィクトル。

 好対照な二人だが、これ、完全に出来レースだからね。


「どのように製造されたかお尋ねしても?」


「これ、ヴィクトル。失礼だぞ」


「そうですよね……詮無きことをお聞きして申し訳ありません」


 イヴァン会頭に窘められたヴィクトルが頭を下げる。

 あれだけ未練がましく製造現場に留まろうとしていたイヴァン会頭に叱られるなんて、ヴィクトル君もほんとに災難だね。

 しかし、ルーベニマ商会には申し訳ないが、紙の製造方法については秘匿情報だ。いずれはルーベニマ商会も独自に製造方法にたどり着くだろうが、それまでの間はこちらが利益を独占させてもらうつもりだ。


「わかりました。これだけ良質の紙を卸していただけるのであれば、こちらとしては否やはありません。いや、こちらからお願いしたいくらいです」


「ありがとうございます」


「在庫の数と納品可能日をお聞きしても?」


「在庫はこちらのサンプルと同じサイズのものが十万枚。すでに全て取り揃えておりますので、納品はルーベニマ商会様のご都合のよろしい日で結構です」


「なんですと!?」


 俺の答えに驚いたのはイヴァン会頭だった。


「どうされたんですか、会頭?」


「儂が見に行ったときには紙なぞ一枚もなかった。それをこの短期間に十万枚も……」


 イヴァン会頭が驚くのも無理はない。

 最低限の設備しかない倉庫で、人員はたったの三人。そんな状況で、わずか二日で十万枚の紙を製造するなど、いくら魔法がある世界だとは言っても不可能に近いだろう。

 まあ、魔法で作ったんだけどね。


「ん?」


 しかし、イヴァン会頭の驚きに納得していない人物が一人いた。ヴィクトルだ。


「会頭は事前に製造現場に赴かれたのですか?」


「そうじゃが、それがどうしたと――」


 そこまで言って、ようやくイヴァン会頭は自らの過ちに気付いたようだ。

 ヴィクトルの射殺すような視線がイヴァン会頭に突き刺さっている。


「わずか二日で、と仰ったと言うことは、それは二日前ですね?」


「そうだったような、そうじゃなかったような……」


「二日前でしたよね、イヴァン会頭?」


「ル、ル、ル、ルシュ殿! そういうことは……いや、あれは確か三日前だった! 確かに三日前だった! な、ルシュ殿? な、ブリック殿? な、クライ殿?」


 イヴァン会頭が懇願するようにこちらを見ているが、ルシュはにこやかな笑顔のままだ。

 ルシュは空気を読まず相手を陥れるような発言をするやつではない。むしろ、空気を読んだからこそそう言ったのだ。

 商売は勝負、そして勝負は勝ち馬に乗ることが大切だ。そしてこの場における勝ち馬は、誰がどう見てもヴィクトルだった。


「二日前だったと記憶しておりますが?」


「ええ、間違いありません」


 俺とブリックもあっさりと手のひらを反す。これがチーム力というやつだ。


「二日前は、商業組合の組合長との会談の予定があったはずですが、まさか欠席されたりはしていませんよね?」


「い、いや、ちゃんと行った――ような、行かなかったような。ねえ?」


 俺に聞かれてもわかりませんよ。ってか、そんな大事な約束があったのに何してたんだよ、あんた……


「ええい! あんなジジイと話なんかして面白いことなんてあるか! そんなことより儂はクライ殿たちに会ってみたかったんじゃ! 文句あるか!」


「文句しかありませんね」


 開き直ったイヴァン会頭に、ヴィクトルが強烈な怒気を向ける。いや、これは殺気と言ってもいいかもしれない。


「今すぐ謝りに行ってください」


「嫌じゃ、嫌じゃ! 誰があんなジジイに――」


「今すぐ!」


「イエス、サー!」


 ついに声を張り上げたヴィクトルに、イヴァン会頭は最敬礼だ。

 そして、そのままヴィクトルの指示に従い、俺たちを置いたまま部屋を飛び出していったのだった。


「お見苦しいところをお見せし、申し訳ございません」


「いえ、ヴィクトルさんも大変ですね……」


 力なく笑うヴィクトルに俺たち三人は同情することしかできなかった。

 でも、同情するけど金は別だ。


「では、気を取り直して商談に戻りましょうか」


 その後、ものの数分であっさりと商談は成立した。

 おおよそA3サイズのペパルス製の紙一枚の末端価格が銅貨二枚ほどであることを考慮して、俺たちが作った紙の目標販売価格がその二倍の銅貨四枚。かなり強気の価格設定だ。俺たちの取り分はその半分ということで、契約額は金貨二千枚。

 廃材利用で元手がほぼかかっていないことを考えれば、十分すぎるほどの大商いとなったのだった。


「今後ともクライ殿とは友好関係を築いていきたいと思っております。我々がお力になれることがありましたらいつでもお声掛けください」


「ありがとうございます。こちらこそ今後ともご贔屓にお願いいたします」


 帰り際のエントランスホールで俺とヴィクトルはそんな挨拶を交わしていた。

 そんなところへ、受付の綺麗なお姉さんが一通の書簡を持って近づいてきた。


「クライ様へ商業組合本部から書簡をお預かりしています」


「私にですか?」


 その書簡はどうやら俺に宛てたものだったようだった。しかも、商業組合本部から。いい予感が全くしない。


「何だって?」


 ヴィクトルに断りを入れてその場で書簡を広げていると、ルシュがのぞき込んできた。

 俺はその書面に一通り目を通してから深く溜め息をつく。


「召喚状だ。速やかに組合本部に出頭するように、だとさ」


 これはもう、面倒事確定ですわ……


クライ編は火曜連載です。

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