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076.製法をあなたへ

「実際さ、選挙特需で材木需要が大きく高まるっていう目の付け所はよかったと思うんだよ」


 俺たち三人は工房区画にある貸倉庫に向けて歩いていた。


「失敗しておいてなんなんですが、僕自身もそこに何らかの商機があるんじゃないかって思ったんです」


「だろ? でも、材木や木材自体は値が上がっちゃうから遅れて入って利益を出すのは難しかっただろ」


「難しいどころか完全にやられちゃいましたよ」


 昨晩しこたま飲んで、しこたま泣いたブリックは今朝にはすっかりと晴れやかな顔となっていた。

 ルシュも安心したのだろう。俺とブリックのやりとりを少し後ろから笑顔で眺めていた。


「アニキだったらどうしますか?」


「注目すべきなのはさ、需要が高まる物そのものというよりも、そのせいで価格が下落したり、手に入りやすくなったりする物だと思うんだよ」


「それっていったい……」


 ブリックは顎に手をやってしばらく考えていたが、どうやら自分で答えにたどり着いたようだ。


「例えば、木材の端材とかですか?」


「お、正解!」


 材木の需要が高まれば、その分それを処理する際に端材も多く生じる。大きな物は薪などに加工して利用されるが、小さな物やなどは廃棄されている。木材加工の現場だけでなく、伐採の現場でも、商品にならない枝などが大量に発生しているはずだ。


「でも、それを使ってどうするんですか?」


 ちょうどそのタイミングで、俺が借りている貸倉庫に到着した。


「それを今から見せてやるよ」


 ちょうどそう言ったときだった。


「お待ちしておりましたぞ、クライ殿」


 貸倉庫の前で俺たちを出迎えたのは、小太りの体を質のよさそうな外套で包んだ、青いちょび髭をはやした怪しげな男だった。


「えっと、あの……ルーベニマ商会の方ですか?」


 見覚えのない男だったが、ここはルーベニマ商会から借りた倉庫だし、いくつか必要な物を運び込んでもらうよう頼んでいたから、おそらくルーベニマ商会の関係者だろう。


「おお! これは失礼いたしました。申し遅れましたが、儂はルーベニマ商会で会頭を務めておりますイヴァン=ルーベニマと申します。いつもご贔屓いただき感謝申し上げます」


「か、会頭!」


 恭しく頭を下げるその男に思わず俺もブリックも声を上げた。

 後ろではルシュも驚いているようだ。


「ご、ご丁寧にありがとうございます。行商人をしておりますクライと申します。以後、お見知りおきいただければ幸甚です」


 いきなり現れた超大物に動揺しつつ、俺はひとまず挨拶をする。


「存じておりますとも。新進気鋭の行商人、クライ殿、ブリック殿、ルシュ殿。今や我々の業界ではあなた方を知らぬ者はおりませんよ」


 知らなかった……いつの間にそんな有名人になってしまったんだ……


「いやあ、クライ殿が流通させたあの砂糖。あれはいけませんな。もともと儂は冒険者顔負けの精悍な体をしておったんですがね、あの砂糖の食べ過ぎで今やこうですわ」


 そう言いながらイヴァン会長は自らの腹の肉をぷにぷにと掴む。

 それ絶対嘘だよね……

 ルシュは「ぷっ」と吹き出して、すぐにまずいと思ったのかいそいそと姿勢を正している。


「口紅も今や妻の愛用品となっておりますし、なんでもワシャでは不治の病を克服する方法を発見なさったとか。それに昨日の件も実に見事な捌きでしたな!」


「ありがとうございます……」


 なるほど。俺たちのことは何でもお見通しってことか。この人がルーベニマ商会の会頭だというのもあながち嘘ではないのかもしれないな。


「それで、大商会の会頭様が直々に、どういったご用件でしょうか?」


「我が商会の倉庫を使って良からぬことを企む輩がおるという話を耳にしましてね、これは会頭である儂自ら確認せねばならぬ、ということでこうしてやって来たのですわ」


「つまり、金のにおいがした、ということですか?」


「わはは、クライ殿は面白いことを仰るわい。ここは木の匂いしかしておりませんぞ?」


 うーん、ふざけたおっさんだな。掴みどころがない。


「まあ、そういうわけで、この老いぼれに是非見学さえてもらえんですかな? 冥途の土産だと思って」


「老いぼれというほどお年を召されてはいませんでしょう?」


 殺しても死ななさそうなのに冥途の土産もクソもないだろう。


「いや、老ける! 必要とあらば老ける! だから、な? な?」


 両手をこすり合わせて拝みながら、こちらのことをチラチラと見てくる。

 なんというか……ウザいです。


「この人、本当に会頭さんなの?」


 ルシュが俺の耳元でそう尋ねてくるが、その疑問はもっともだと思う。

 でもまあ、会頭かどうかは別として、ルーベニマ商会の関係者であることは間違いないだろう。


「はあ……わかりました」


「おお! これは僥倖、これは僥倖!」


 俺が同意を示すと、イヴァン会頭は小躍りを始めた。

 本当に……ウザいです。


「おーい、儂じゃ! 開けてくれ!」


 倉庫の外からイヴァン会長が声をかけると、大きな扉が中から開かれた。

 倉庫の中で待機していた倉庫番がイヴァン会長に頭を下げている。その様子だけを見れば確かにルーベニマ商会のお偉方であるように見える。その様子だけを見れば、だが……


「おおー! これはまたえらく大量に集めたものですな」


 倉庫の半分を埋め尽くす端材や小枝の山を見て、イヴァン会頭が感嘆の声を上げる。

 それはルシュとブリックも同じだった。しかし二人の驚きはそう長くは続かなかった。


「本来はゴミとなるような物を金に変えるとは、もしやクライ殿は錬金術師ですかな? よ! 現代の錬金術師!」


 二人はイヴァン会長にうんざりしているのだろう。そして、それは俺もそうだ。


「はあ……それじゃあ早速始めようか」


 いつまでも構っていたら日が暮れてしまう。

 とりあえず彼はいないものとして進めることにしよう。


「いつの間にこんなにたくさん集めたの?」


「この二週間の間にコツコツな」


 ここは工房地区内の倉庫だ。周辺には材木店や木材加工所も多い。そういうところで出た廃材をゴミ捨て場の代わりにここに持ち込んでもらうように頼むだけで、俺はほとんど何もしていない。かかった費用もごくわずかだ。


「これでいったい何を作るんですか?」


「何だと思う?」


「うーん、焦らしますなあ。クライ殿は焦らし上手ですなあ。よ! 現代の焦らし上手!」


「うるさい!」

「ちょっと黙っててください!」


 俺とブリックに一喝されて、急に小さくなるイヴァン会頭。短い腕を後ろに回して「ちぇー」とか言いながら木片を蹴っている。

 チラッ、チラッとこちらを見ているが構ったら負けなのである。

 だいたい現代の焦らし上手って何だよ。焦らし上手に今も昔もないだろうに。


 いつもとずいぶん勝手が違うが進めることにしよう。


「これを使って紙を作ろうと思ってるんだ」


 俺がそう言った瞬間、いじけていたイヴァン会頭の雰囲気が一変した。こちらに飛ばすその視線は鋭い。

 ふざけていても商人は商人というわけか。


「紙? でも、紙って確かペパルスから作るんじゃ……」


「ああ、そうだな。でも紙はペパルスじゃなくても作れるんだよ」


 ブリックの言うとおり、この世界の紙はペパルスという草を原料として作られている。

 製法は和紙とほほ同じで、実際に出来上がった物も和紙によく似ている。

 この世界では紙は広く普及しているが、需要に供給が追いついておらず、元の世界と比べると驚くほど高値で取引されている。選挙の投票で紙ではなく木札が使われるのもこういったところが理由となっているのだろう。


「というわけですので、イヴァン会頭。ここからは秘匿技術ですので、ご退室いただいてよろしいですか?」


「え?」


 話を聞く気満々でいつの間にか俺たちの輪に加わっていたイヴァン会頭がわざとらしく驚いてみせる。


「またまたー、クライ殿はいけずですなあ。よ! 現代のいけず!」


「ええ、いけずですので、どうぞお引き取りください」


 俺は笑顔で出口を指し示す。


「そんな冷たいことを言わずに。儂と君の仲ではないか?」


「今日初めてお会いしたばかりですよね」


「確かルーベニマ商会とクライ殿は友人だった思うのだが?」


「だからこそ適切な距離感が必要かと」


「ぐぬぬ……」


 なおも粘ろうとするイヴァン会長に俺は笑顔を崩さず退室を促す。

 俺とイヴァン会頭の睨み合いが続く。その均衡を破ったのはイヴァン会頭だった。


「ふ、負けたよ、クライ殿。今日はこれで失礼するとしよう」


 真顔に戻ったイヴァン会頭はそう言って俺たちに背中を向けた。

 そして一歩、出口へと向かって踏み出す。チラッ。

 そしてまた一歩。チラッ――

 一歩ごとにチラチラとこちらを振り返る。捨てられた子犬のような目で。

 何度も言うようだが、気にしたら負けなのである。

 それからずいぶん時間をかけてついにイヴァン会頭が出口へとたどり着いた。


「いいのか? 本当に帰ってしまうぞ? いいのか?」


 最後に振り返ったイヴァン会頭が俺たちに向けて叫ぶ。


「お気をつけてお帰りください」


 そんな彼に向かって俺は恭しく頭を下げる。


「ごきげんよう」


 隣ではルシュも笑顔で手を振っていた。たぶんルシュも、いい加減早く帰ってほしいと思っていたのだろう。


「ちくしょー!」


 断末魔のような叫びとともに、倉庫の扉が大きな音を立てて閉まり、こうしてめでたくイヴァン会頭は退場した。


「いいんですか、アニキ?」


「何が?」


「何がって、ルーベニマ商会の会頭をあんなに無碍に扱ったらまずいことになるなるんじゃないんですか?」


「大丈夫だよ」


 あんなのはただのお戯れだ。

 いきなりルーベニマ商会の会頭が現れたのには俺も驚いたが、たぶん噂の俺たちの人となりを自分の目で確かめたいとでも思ってのことだろう。

 そもそもルーベニマ商会には大量の紙を卸したいという下話はしてあった。それに加え、この倉庫もルーベニマ商会から借りたものだし、これから行う作業で必要となる物もルーベニマ商会に準備してもらっている。

 当然彼らは、俺が木から紙を作ると予想しているだろう。その製法を知りたいとは思っているだろうが、不当な方法を使ってまで手にしようとすることはないと俺は断言できる。

 それは、これまでのルーベニマ商会との付き合いの中で培ってきた信用だ。


「もともとイヴァン会頭に製法を聞き出すつもりなんてなかったよ」


「そうですか。それならいいんですが……」


「そんなことよりも、今から教える作り方をよく見ておくんだぞ。これはブリックに残していくものだからさ」


 原材料や準備した設備などから、ルーベニマ商会なら俺が伝えるまでもなくそのうち製造方法にたどり着くだろう。しかし、それまでの間は木から作る紙による利益は独占できる。

 そう遠くない未来、俺たちとブリックは別れることになるだろう。そのときのために、俺はブリックに紙の製法を残そうと思ったのだ。


「アニキ……」


 俺の言わんとすることを理解したブリックはそう呟くも、すぐに「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「製法はそんなに難しくないんだ。今から見せるのは始原魔法を使ったやり方だけど、水魔法やその他の魔法でどうやったら応用できるか、それは自分なりに考えてみてくれ」


 正しい紙の作り方を詳しく知っているわけではないが、端的に言うと、植物の繊維を取り出してそれを薄く広げて固めるだけだ。

 原料が木だろうが草だろうが、その工程の中で労力的に最も苦労するのは植物から繊維を取り出す段階だろう。

 しかし、この世界にある魔法がそれを容易にしてくれる。

 俺は目の前にある端材や枝に意識を集中させ、プネウマで包み込んだ。

 ルシュとブリックは目の前に広がる光景に息を飲む。二人からは、木がひとりでに動いてすり潰されていくように見えているはずだ。

 そうしてしばらくすり潰し、夾雑物を取り除いたのがパルプ、つまり木の繊維だ。この繊維を徹底的に叩いて毛羽立たせておくことで後の工程で繊維と繊維がよく絡まり、質のいい紙となる。

 もちろん手作業は大変なのでここも始原魔法で処理しておく。


 ここから先の作り方は和紙に倣うことにする。この世界でペパルスから紙を作るのと同じ製法だ。

 だが、その前に一つ処理をしておく必要がある。それはリグニンの除去だ。

 リグニンは木の繊維と繊維をつなぐ接着剤のようなもので、紙に残った場合、紫外線による変色や劣化の原因となるらしい。

 元の世界では化学薬品なんかを加えて分解しているようだが、こちらの世界では、やはりここでも魔法の出番となる。洗濯魔法で不要な物を除去してしまえばいいのだ。

 ちなみにこの時点で余分な色素も除去しておけば、綺麗な白色の紙となる。


 それが終われば後は手仕事だ。しっかりと煮込み繊維を柔らかくほぐしていく。そこへ植物の根をすりおろした糊を加え、手漉きにより成型する。

 素人の俺がやると繊維の分布がまばらで、見た目が悪いだけではなく、繊維と繊維の隙間が大きいためにインクが滲むようになってしまってとても売り物にはできない。手作業でやるなら熟練の職人の協力が不可欠だろう。

 今回はこの作業も始原魔法でクリアすることにする。繊維を均等に、かつ、隙間ができるだけ小さくなるように密に配置していくことで、滲みの少ない上質な紙となった。

 後は乾燥させるだけなのだが、これも魔法を使えばあっという間だ。

 魔法って本当に便利だなと改めて実感する。


「どうだ? やれそうか?」


「えーっと……無理そうですね……」


 完全オートメーションで次から次へと作られていく紙を眺めながら、ブリックが冷や汗を流している。

 まあ、さすがにこれは無理だとしても、ブリックならきっと自分なりのやり方を見つけてくれるはずだ。

クライ編は火曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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