075.説教をあなたへ
「さあ、説教だ」
商業組合の会議室を借りて、俺とブリックは向かい合わせに座る。
本当は俺とブリックの二人だけで話をするつもりだったのだが、ルシュも同席するといって聞かなかった。
俺としては、自分が叱られているところを人に見られるのは嫌だろうという配慮があったのだが、ルシュが我を通してくるのは珍しいことなので、仕方がなく同席させることにした。
そのルシュは俺の向かい側、ブリックの隣に座っている。
どうやら自分も一緒に叱られるつもりのうようだ。
はあ……本当に気が重いぜ。
俺としては謝るよりも叱る方が精神的にきつい。
損が出たとは言え、なんとか丸く収まったのだからそれでよしとしてしまいたいところなのだが、それではあまりにも無責任だ。俺たち三人はこの失敗を糧に成長しなければならないのだから。
「今回の取引は失敗だったな」
「はい」
ブリックは背筋を伸ばして真っ直ぐとこちらを見ている。開き直っているわけではない。俺の言葉をしっかりと受け止める覚悟を決めた顔だ。
「失敗の原因はわかるか?」
「知識も経験も足りていませんでした。初めて取り扱う商品、選挙特需という特殊な相場、業界内の商習慣。このどれも僕はしっかりと理解できていませんでした。過去の資料だけを見てやれる気になってしまったんです。原因は僕の未熟さです」
「未熟だから失敗する。これは一見当然のことのようだけどさ、実は逆なんだよ。失敗したから未熟だったってことなんだよ。自分の未熟さには失敗しないと気付けない」
ブリックは商人としての才能は俺なんかよりもはるかに上だと思う。俺なんかがブリックに商売の何たるかを語るなど、とんだお笑い種だ。
それでもたった一つだけ俺からブリックに伝えられることがある。そしてそれこそが今回の失敗の原因だ。
「ブリックがずっと見ていたのは『相場』だろう? 相場が下がるかどうか、それを一番気にしていたんだ。だけど本当に気にしなければいけないのは『市場』だったんだよ。市場と言っても、セリ売りをしたり、値をつけたりする場所のことじゃない。それを含めて、実際に取引がされる生の現場のことだ」
そうすれば選挙特需が終わった後の取引のやり方にもっと早く気付くことができただろう。それ以前に、今回の相場が信用取引で利益を抜けるようなものではないということにも気付けたかもしれない。
「損得勘定は大事だ。商人は利益を出してなんぼだからな。でも商人にとって、金なんかよりももっと大切なものがある。それが何かはわかるだろう?」
「信用――です」
ブリックの答えを聞いて、俺は笑顔で頷いた。
金も信頼も得るに難く失うに易し。しかし、金と信頼では、それを得る難しさも、失う容易さもまったくレベルが違う。
「金よりも信頼。これだけはしっかりと覚えておいてくれ」
「はい……」
ブリックは小さく返事をして、悔しそうに唇を噛んだ。
言われるまでもなくブリックもそんなことはわかっていたはずだ。わかっていたはずなのに、忘れてしまっていた。そのことが悔しくて仕方がないのだろう。
「よし! 説教はこれで終わり! 飲みに行こうぜ、打上げだ!」
失敗は成功という完成品を得るための重要部品なのだ。今回はそれを得ることができたのだから成功だ。
なんかよくわからんけど、こんなときは飲むしかない。
場所を移して、ここのところ毎日にように通っている宿の隣にある酒場。
「水の神に!」
俺たち三人はジョッキを打ち付け合うのだが、俺以外の二人にいつもの元気がない。特にブリックはしょげ返っている。
「本当にすみませんでした、アニキ。僕のせいで大きな損失を出してしまって……」
今回の材木取引での損失は、金貨百枚は下らない。ブリックはそのことをひどく気にしていた。
「もう済んだことだ。それにブリックの成長につながってくれるなら安いもんだよ」
財力にかなり余裕があるから言えることではあるのだが、その言葉に偽りはない。
今回の失敗はブリックにとって大きな財産となるはずだ。
「ありがとうございます……」
「そうしんみりするなって。これ以上説教する気はないからさ。さあ、飲もうぜ」
俺の言葉にブリックが立ち上がって、なみなみと注がれたエールを一息に飲み干した。
「信頼を取り戻すためにも、また明日から材木集めをがんばります!」
拳を握り力強く宣言するブリック。
その姿に、俺はほんの少しだけ申し訳なさを感じる。
「あー……と、そのことなんだけどさ……もう終わっちゃったんだよね」
「え?」
呆けた声を出して俺を見るブリック。
しかし、俺はそれを一旦無視してルシュへと視線を向ける。
「うん。今日ルーベニマ商会に行って手配してきたよ。もうカガヤ木材店に届いてると思う」
「なんだってー!?」
あからさまに驚いて見せる俺にルシュが白んだ目を向ける。
ブリックはまだ呆けたままだ。
「こほん。そういうわけだ、ブリック君。まあ、座りたまえよ」
「ど、ど、どういうことなんですか……?」
腰が抜けたように椅子に座ったブリックは、いまだに理解が追い付いていないようだ。
「まずは謝っておくよ。すまなかった、ブリック」
俺がこの街で最初にやった仕事は材木の買い付けだった。その数二百本、ブリックが取ってきた契約と同じ数だ。
なぜそんなことをしたのかは言うまでもなく、保険としてだ。
ブリックの取引が上手くいってほしいと思っていたのは間違いないが、その一方で、失敗する可能性が高いとも思っていた。
材木が全く手に入らない可能性――それを考慮していたのだ。
当然高値で買っているので利益を出すことはできないが、それでも信用を維持できるのであれば安いものだと思っていた。
「ルーベニマ商会に預けてあったんだよ。お前もルーベニマ商会に行ったんだろ?」
「はい。在庫をお持ちだったので交渉してみましたが、価格があまりにも高くて断念しました……」
「ピーク価格の二倍だったろ? それ俺が決めたんだよ。ルーベニマ商会にあった在庫っていうのも俺のだよ。でもな、ブリック。お前はその値段でも買い付けるべきだったと思うぞ」
大損は確定だがそれでも数さえ揃えられれば信用は守れた。そうしなかったことで、信用を失った上、違約金を含め、結果として同じだけの損を出してしまったのだ。
「そうですね。仰るとおりです……」
ブリックもそれがわかっているのか、力なく頷いた。
「一昨日の夜報告に来たときもさ、もし俺に『助けてくれ』って、ブリックがそう言うんだったら、俺の持ってる在庫を出すつもりだったんだ。自分で何とかしようという姿勢は立派だけどさ、自分で何とかできる範囲を超えたときは仲間に頼らないとな。ブリックは俺に迷惑をかけたくないって思ってくれたんだろうけど、本当に迷惑をかけちゃいけない相手は俺じゃなくて客のはずだろ?」
俺の言葉に頷きながらブリックは涙を流していた。
おっと、いかん。また説教になっちゃってたな。
「お前を信じてなかったわけじゃないんだ。取引が成功してほしいと思っていたのも本当だ。でも、もし失敗したときに、相手にかける迷惑は最小限にしなきゃいけない。それに弟子の名誉はできるだけ早く回復したいだろ。俺はブリックの師匠なんだからさ」
自分で言っていてむず痒いが、紛れもない本心だ。
俺はブリックのことを信じず保険を準備し、在庫を持っていながら敢えて失敗させた。結果だけを見ればそういうことだ。
だが、俺はそうしたことを恥じてもいないし、悔いてもいない。この失敗を経て、ブリックがさらに大きく成長することを確信しているからだ。
「ありがとうございます……」
年甲斐もなく泣きじゃくるブリックは、きっとそんな俺の気持ちを察してくれていると思う。
クライ編は火曜連載です。
今日はちょっと遅くなってしまいましたが……
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