074.感謝をあなたへ
納品日当日。
街の工房地区の外れにあるカガヤ材木店に向けて、俺とブリックは二人連れだって歩いていた。
「アニキ、本当に申し訳ありません」
「やれるだけやったんだろ? だったらもういいよ」
昨日一日でブリックは二十本の材木を上積みし、確保できた材木の合計は百十一本となった。
ゾロ目なのは素晴らしいが、残念ながら契約の二百本には遠く及ばない。
「どういう風に話を持っていくつもりなんだ?」
「まずは誠心誠意謝罪をしたいと思います。その上で、残りの分の材木の納期延長をお願いしたいと思っています」
注文は二百本だが、なにもそれを一日で全て消費するわけではない。
次回分の納品まで――それが一か月後なのか一週間後なのかはわからないが、ある程度の期間で使用する分として発注したはずだ。
そうであれば、その期間を利用して、材木店の在庫が切れないように注意しながら、未納分を順次納品していく、というのがブリックの考えだ。
「価格は大きく譲歩することになると思います。契約額の半値、もしかしたらもっと値切られるかもしれません。違約金も発生しますし、大赤字です……」
僕のせいですみません、とブリックは項垂れる。
「今は金のことは忘れていい。こちらに非があるわけだし謝るのは当然のことだ。でもな、その後からは『交渉』なんだ。弱気になり過ぎるのもよくない。だからシャキッとしてろ」
この商いはブリックが主体なので説明も交渉もブリック自身にさせるつもりだ。
最後にきっちり頭を下げる――それが俺の仕事だ。
材木店が近づいてくるにつれ、おがくずの香りが漂ってきた。
「ここです」
工場の前で立ち止まったブリックが大きく深呼吸をしてから、両手で自らの頬を強く叩いた。
さっきまで弱気が宿っていたブリックの目に火が灯る。商人の顔だ。
うん、これなら任せておいても大丈夫だろう。
「ブリックです! 大将はいますか!」
斧と鋸の音が響く工場の中に向かってブリックが声を張り上げた。
そうして中から出てきたのは、スキンヘッドにもしゃもしゃの髭を蓄えた熊のような大男。材木店の店長というよりは、冒険者の方が似合っていそうな感じだ。
「おう、ブリックか。納品か?」
「今日はその件でお話があって参りました」
会うなり頭を下げるブリックを見て話の内容を察したのか、店長は眉を顰めた。
「事務所に行って話そうか」
「は、はい……」
すごく怖いです。まるでその道の人みたいだ。
「そちらの黒髪の兄ちゃんは?」
事務所に入ると、奥さんが出してくれたお茶を啜りながら、俺を見遣ってそう言った。
「僕の上司です」
別に俺はブリックの上司というわけではないのだが、今日に限ってはそういう設定だ。
謝りに行くのに同僚を連れてきました、では格好がつかん。上司を出せと言われるのがオチなのだ。
「初めまして。行商をしておりますクライと申します」
「ああ、俺はこの材木店を仕切ってるカガヤってモンだ。黒髪ってのはずいぶん珍しいな。苦労も多いだろ?」
「その分周りの方々に助けていただいてますので」
「なるほどな。あんたも商人ってわけか」
俺の受け答えのどこでそう思ったのかは知らないが、カガヤは鼻を鳴らすと再びブリックの方へと向き直った。
「で、話ってのは何なんだ?」
「はい。今日が約束の材木二百本の納品日です。昨日までに納品させていただいたのが百十一本。残りは八十九本なのですが、それを本日までに調達することができませんでした」
ブリックが立ち上がって直角に腰を折って頭を下げた。
「誠に申し訳ありません」
「申し訳ありません」
俺も合わせて頭を下げる。
最後に頭を下げるのが役目とは言ったけど、最初にも頭を下げるのは当たり前だ。
「とりあえず頭を上げろ。そんで、座れ」
カガヤが不機嫌そうにそう言って、俺たちはその指示に従う。
「はい、そうですか、お疲れさん――っていうわけにはいかないっていうことぐらいはわかってんだろ? この落とし前、どうつけるつもりなんだ?」
カガヤがドスの効いた声で睨んでくる。
その迫力に気圧されはしないかと心配したが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
ブリックは小さく深呼吸すると背筋を伸ばした。
「契約に反した僕に完全に非があります。ですので、契約に基づき違約金をお支払いします」
違約金は契約額の半分、およそ金貨百枚だ。払うには惜しい額ではあるが、契約書に記載がある以上、これは仕方がない。
これで解決できるのではあれば、安いとも思えるのだが、やはりそうは問屋が卸さなかった。
「そんなモンは当たり前だ。いくら金をもらおうがな、こっちは木がなけりゃあおまんま食い上げなんだ。そこんところ、商人としてどう筋を通すんだって聞いてんだよ」
「ご迷惑をおかけしたのは重々承知しています。僕としても違約金の支払いだけで済ませようとは思っていません」
「ほう? だったらどうするっていうんだ?」
「あと十日お時間をいただけませんでしょうか? 十日のうちにできるだけの数の納品をさせていただきます」
たぶん十日というのはいい線だと思う。
さっきちらっと工場を見ただけなので正確なところはわからないが、工場で働くのは店長であるカガヤを含めて三人。倉庫にはブリックが納品した物以外にもまだ在庫があったようなので、三人で十日をかけても今の在庫がなくなることはないと予想できる。
「十日か……金額は?」
やはりカガヤが一番気にしていたのは在庫を切らせることだ。
カガヤ材木店にも当然客がいて、その客の注文に応えなければいけない。在庫を切らせて客の注文に応えられなければ、次に信用を落とすのはカガヤ材木店となるからだ。
カガヤはただごねて金をとろうとしているわけではないのだ。
「当初の契約額の七掛けでいかがでしょうか?」
「ダメだ。納品日の相場価格、それでよければ手を打ってやろう」
暴落した現在の相場価格は、当初の契約額のほぼ半値。しかも実際は相場価格ではなくもっと高値で取引されているこの現状では、売れば売るほど赤字になる。
しかし、今回はここが落としどころだろう。
ブリックもそう思ったのか一度俺の方に目を向けてから頷いた。
「承知しました。今度こそご期待に副えるよう精一杯がんばります!」
ブリックは再び立ち上がり深く頭を下げた。
「次はねえぞ」
カガヤは最後まで不機嫌そうに、そう言って鼻を鳴らした。
事務所を出て、帰り際、俺は改めてカガヤに頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」
「今回は大目に見てやるよ。だが次はねーからな」
カガヤは早く行けとでも言うように手をひらひらと振った。
そんなカガヤに俺はもう一度頭を下げる。
「カガヤさん、ありがとうございました」
「ああ? なんでだ?」
カガヤにそんな気があったかどうかは別として、カガヤのおかげでブリックは一つ成長できたんじゃないかと思う。
それは、カガヤがブリックの交渉に応じてくれたからだ。
カガヤが金をせびることを目的としていれば、俺たちとしても契約書を盾にして違約金を払ってそれでお終いにするしかなかった。
ただカガヤは顧客からの信頼を重視して、あくまで依頼分の納品にこだわり、結果としてブリックにチャンスを与えてくれたのだ。
本来違約金さえ払えば終わりにできたはずの俺たちからすれば、追加で結んだ契約は赤字を生むだけのものだが、ここで得た教訓と経験は何物にも代えがたい物になったと思う。
「ブリックが失敗したのが、あなたのところでよかったです」
「ふん。失敗しといてよかったなんて言うヤツは碌な商人じゃねえな」
俺の言葉に悪態をつきながら、カガヤは工場の中へと戻っていく。
「まあ、素人がこの状況で百本も集めたってのは大したもんだ。次は期待しといてやるよ」
振り向かずにそう言ったカガヤに、俺はもう一度深く頭を下げたのだった。




