072.未来をあなたへ
天気は快晴。旅に出るには絶好の日和だ。
「そう言えばあんまりこの街を観光できなかったな」
この街に来てからというものずっと治療院に入り浸りだった。
別にそのことに不満があるわけではないのだが、廃れつつあるとは言え、やはり旧都。歴史的建造物を中心に観光名所も多い。
それを見ることなくこの街を去るのは少し惜しい気もした。
「わたしたちは色々と見て回ったよ。ね、ブリック?」
「はは……すみません、アニキ」
「そうか、そうか。俺が一生懸命働いている間、お前たちは楽しくデートしてたってわけか」
俺が口を尖らせると、心外だと言わんばかりにルシュも口を尖らせる。
「わたしたちのことを放ったらかしにしてたのはクライの方でしょ。毎日毎日リーゼロッテさんとイチャイチャしちゃってさ」
「別にイチャイチャなんて――」
そう言いかけたところで、最終日にリーゼロッテ女史の胸に飛び込んでしまったことが脳裏をよぎり、言葉に詰まってしまう。
「――毎日してたわけじゃねえよ」
「ふうん。じゃあ、ときどきはしてたってことね?」
ジト目で睨むルシュ。恐い……
「まあまあ、お二人とも。天下の往来で痴話喧嘩は恥ずかしいですよ。せっかくいい天気ですし、僕は先に馬車で向かってますから、お二人はゆっくり街を見ながら来たらどうですか?」
俺たちに気を遣ったのか、あるいは巻き込まれるのはごめんだと思ったのか、ブリックは早々に馬車を走らせていった。
「で? イチャイチャしてたんだ?」
ところで、なんで俺はこんなに問い詰められているんですかね?
別に付き合ってるわけでもないのにさ。
なんてことを言えるわけもなく、俺は逃げ道を求めてきょろきょろと目を泳がせていた。
「お、串焼きでも食べようぜ」
そこで目についたのは、この街に着いた初日にルシュが惹き寄せられていた串焼きの屋台。
あの日は結局スリ騒動のせいで食べられず終いだった。
「むう。また食べ物で釣ろうとして」
頬を膨らませつつも、足は自然と屋台へと向いている。
まったくチョロかわいいやつだぜ。
胸の前で手を組んですんすんと鼻を鳴らしながら屋台へと引き寄せられていくルシュ。
あ、なんか既視感が。そう思ったところで――
「きゃっ!」
ルシュが小さく悲鳴を上げた。
「ご、ごめん、おねえちゃん。大丈夫?」
「うん。こちらこそごめんね――って、君は……」
ルシュにぶつかったのは、少しパーマのかかった青髪の少年。あの日、ルシュの懐から財布をスった男の子だ。
「ごめん。僕、急いでるから……」
少年はルシュに一度頭を下げると、そのまま逃げるように駆け出していった。
「あ! 待って!」
ルシュが慌てて声をかけるが、もう遅い。少年の姿はもう見えなくなっていた。
「謝りに来てくれたんじゃないか?」
慌てるルシュにそう声をかける。
そう思ったのは、裏通りへと続く路地の角にブッフォンが壁に背を預けて立っているのを見つけたからだ。
ブッフォンは俺と目が合うと小さく頷いて、そのまま静かに路地の影へと溶けていく。これが任務の完了報告なのだろう。
仔細な報告というわけではなかったが、これで十分だ。
「あ!」
「どうした? 今度は何をスられたんだ?」
懐を弄りながら声を上げたルシュにそんな皮肉めいた問いを投げる。
「財布……」
「財布って、同じ相手に二回も財布をスられるなんて間抜け過ぎるだろ」
「違うの。財布、返ってきてる……」
そう言いながら財布を取り出したルシュは、そのがま口を開いて中を確認する。
そこには、スられる前と同じく金貨三枚といくつかの銅貨がそのまま手付かずで残されていた。そして折り畳まれた一枚の紙切れ。
元々入っていなかったその紙切れを不思議に思いながら開いたルシュは、ふわりと笑った。
「ねえ、見て」
ルシュに渡された紙切れ――手紙に俺も目を落とす。
『わるいことをしてほんとうにごめんなさい』
そこにはたどたどしい字でそう書かれていた。
覚えたての字で綴られたその言葉に、この街の明るい未来を見た気がした。
クライ編は火曜連載です。
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