067.品質管理をあなたへ②
「品質のばらつきの原因は、おそらく彼女です」
俺はこれまで色々なガラクタを集めてきた。それはチェスの駒のような物だったり、木槌だったりするわけだが、それらに共通するのは『白く輝いて見えた』ということだ。
収集していた頃はそれが特別な価値があるものだと盲目的に信じていたわけだが、実際は金銭的な価値があるようなものではなく、今となっては、その光の原因が『プネウマの残滓』だったということもわかる。
では、なぜ『プネウマの残滓』が物に残っていたのか、というのが問題となるわけだが、それはおそらく、それを作った人がそういう力――つまりは無意識化でプネウマを扱う力を持っていたからではないかと俺は考えている。
プネウマの操作は俺だけが持っている特別な力というわけではなく、本来は誰もが有している力だったのではないか。神の加護とは、人が本来有していた力に『着色』し、属性を付与するだけのものではないか。それが俺の考察だ。
神は人本来の力を改変しただけ――神を信じる人たちには不敬ととられるかもしれないが、加護を受けていない俺自身が色のついていない魔法、すなわちプネウマそのものを操ることができるということからも、そう考えた方が納得しやすいのだ。
前置きが長くなったが、魔力回復薬の品質の話に戻ろう。
品質にばらつきがある原因は、『無意識下でプネウマを操ることができる者が水魔法で生み出した水』にある。
エリ草から抽出されたプネウマに、追加でプネウマを付加したことでより効果の高い魔力回復薬が生まれたことがばらつきを生んでいるのだ。
そもそも、魔力回復薬の消費期限が極めて短いという話を聞いた時点から違和感があった。
俺からすれば、本来プネウマは超安定な物質なのだ。すぐに分解したり、すぐに霧散したりするような類のものではない。
そこから考えられるのは、エリ草がため込んでいるのは、プネウマ類似物質であってプネウマそのものではないということだ。
そこに微量とは言え本物のプネウマが付加されるのだから、その効果が増強されるのも頷ける話だ。
「君、名前は?」
「マ、マリサと申します」
リーゼロッテ女史の問いに、マリサがビクッと肩を震わせながら答えた。
目が泳ぎ、唇が震えている。極度に緊張しているようだ。
いきなり品質のばらつきの原因だと指摘され、この治療院の最高責任者に名を問われたのだからそれも仕方のないことだろう。
というか、そもそも俺の言い方が悪かったな、反省。
「リーゼロッテさん、一つ心に留め置いていただきたいのですが」
「なんだ?」
「それは、他の方々の力が劣っているわけではないということです。品質にばらつきこそありますが、品質が劣っているということでは決してありません。こちらのマリサさんが注水した釜で作られた魔力回復薬の品質が特別高いというだけなのです」
「ふふふ、クライは細かなところまで気を配る男なのだな」
リーゼロッテ女史はそう言って笑う。
それはそうだろう。俺の指摘が原因で、他の四人が謂れのない咎を受けるのは本意ではないのだから。
まあ、リーゼロッテ女史がそんなことをするとは思ってはいないのだが、念のためにってやつだ。
「マリサ、もう戻っていいぞ。邪魔したな」
「は、はい!」
リーゼロッテさんがそう言うと、マリサはそそくさと持ち場へと戻っていった。
彼女たちの仕事は最初の注水だけではなく、エリ草を煮出している間も蒸発した分の水を追加で注入しなければならない。朝から晩まで釜に付きっ切りのなかなかに過酷な仕事のようだ。
「マリサのような者は他にもいるのだろうか?」
仕事に戻ったマリスを眺めながら、リーゼロッテ女史がそう尋ねた。
「申し訳ありません。それはわかりません。ただ、数はそう多くはないと思います」
ここまでの旅で仕入れをしながら数々の商品を見てきたが、プネウマの残滓を残した物は極めて少なかった。そこから考えても、プネウマをプネウマとして扱える人の数はそう多くはないと推測できる。
「いや、悪かった。クライは何でも知っているから、つい聞いてしまっただけだ。気にしないでくれ」
「いえ、お気遣いありがとうございます。一点だけ、参考になるかはわかりませんが、もしマリサさんのような方を探されるのであれば、水魔法が得意でない人も含めて探してみるといいかもしれません」
無意識であろうとプネウマを操る力を持っているということは、すなわち、神の加護が不完全だということだ。
そうすると必然的に水魔法は得意ではない可能性が高い。その極端な例が俺だ。
もっとも、マリサがこの工場で水魔法を使う持ち場を任されているように、本人の努力次第で得意不得意は変わるだろうから、一概に言うことはできないが。
「なるほど。留意しておこう」
リーゼロッテ女史は俺の言葉を受けてすぐに意味を理解して頷いた。
「マリサのような者を探すのは今後の課題としておこう。その前に、製造工程の再検討、ロット管理の見直し、ロットごとの用途の検討、他にもやることは山ほどある」
「ええ、忙しくなりそうですね」
工場責任者のチムは上司の言葉に笑顔で頷いている。ご機嫌取りというわけではなく、課題が見つかり、それに対応できることが嬉しいといった感じだ。
この前から思ってたけど、ここの人たちって本当に仕事が好きなんだよな。
好きな仕事に全力で取り組むことができる――内定取り消しの憂き目にあった俺からすると本当に羨ましい話だよ。
「ありがとう、クライ。貴殿のおかげでまた一人患者の命が救えそうだ」
「微力ながらお役に立てたのであれば何よりです」
結局、俺ができることなんて微々たることだ。
それは決して自分を卑下して言っているのではない。人は誰であっても一人ができることは微々たることだけだ。そうした人たちが集まって、小さな力を一つひとつ合わせてることで、大きなことを成し遂げる。
ここはそのことを強く実感できる場所だ。俺はそのことに大きな喜びを感じていたのだった。
クライ編は火曜連載です。
が、来週31日の更新はお休みします。
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