061.視察をあなたへ②
「さて、ここが薬局だ」
目の前に広がっているのはアイドルの握手会のような光景だった。
長机にはアイドルの代わりに薬剤師が座り、その後ろにはCDの在庫の代わりに薬の入った小瓶が積まれている。並ぶのはもちろんファンではなく、薬を求める患者たちだ。
「ここで処方しているのはほとんどが魔力回復薬だ。そういうわけでこのような販売の仕方になっているのだよ」
解熱鎮痛剤、整腸剤、抗アレルギー薬、吐き気止め、痰を出しやすくするお薬――元の世界には当たり前のように存在する薬の数々だが、この世界にそんな物は存在しない。
いや、厳密に言えば、民間療法のレベルで解熱剤や鎮痛剤、解毒剤なんかは存在するし、この治療院でも治療に使われていたり一般向けに販売されていたりもするのだが、やはり薬と言えば『魔力回復薬』なのだとか。
魔力回復薬というのはその名のとおり魔力を回復するための薬だ。
エリ草という特殊な薬草が原料らしい。生育条件は定かではないが、特殊な環境でのみ生育する薬草であり、その採取地を敷地に有するアズドール家が魔力回復薬で財を成したのが、アズドール財団の始まりだというのがリーゼロッテ女史の言だ。
俺たちは薬局のすぐ裏手にある魔力回復薬の製造工場を見学させてもらいながらリーゼロッテ女史の説明を受けていた。
「現地で製造するのですね」
「ああ。エリ草の有効成分は抽出後から劣化が始まるのでな。使用する現場に近いところで製造するのが原則なのだよ」
財団が所有する採取場で採取したエリ草を乾燥させ、各地の製造施設に配分する。そして、それぞれの製造施設で必要な分だけ調合するという流れになっているようだ。
「これが出来立ての魔力回復薬だ」
リーゼロッテ女史はそう言いながら俺たちに魔力回復薬の小瓶を一つずつ手渡してくれた。
一見すると無色透明の水のようだが、よくよく意識を集中して見てみると、キラキラと眩い輝きを放っている。
なるほどな、と俺は思った。
魔力回復薬の正体は、プネウマの水溶液なのだろう。おそらくエリ草は、プネウマをその身の内に貯め込む性質を持っていて、それを抽出したものが魔力回復薬になるというわけだ。
プネウマを直接摂取することが魔力回復につながるのか、という問いの答えは当然『イエス』だ。
とりあえず俺や、おそらくルシュも例外として、この世界の人たちは自然界から呼吸や飲食を通じてプネウマを自身の内側に取り込んでいる。
これだけ高濃度のプネウマを摂取すれば魔力が回復するのも当然だ。
「でも、この魔力回復薬って患者さんが飲むものなんですよね? 逆じゃないかなって思うんですけど」
「確かに、僕もそう思います。治療する側が魔力切れで飲むのはわかるんですけど、患者さんに魔力は関係ありませんよね?」
ルシュが率直な疑問を口にすると、ブリックもそれに同調した。
「ああ、それはたぶん――」
そう言いかけて俺は口を噤んだ。俺が推測で説明するのもおかしな話である。
しかし、リーゼロッテ女史は「クライの考えを是非聞いてみたいものだな」と笑顔で続きを促してきた。
そういうことならと、俺は自らの考えを説明する。
「それでは失礼をして。ブリック、魔力が切れたときってどんな感じだ?」
「ひどく疲れたような感じ……ですかね」
「じゃあ、長い距離を走った後は?」
「うーん、やっぱりひどく疲れた感じだと思います」
「じゃあ、その二つに違いはあるか?」
「……ありません」
「つまりそういうことだよ」
いまいち理解が及んでいない感じで首を傾げるブリックにルシュが助け舟を出した。
「つまり魔力も体力も同じってこと?」
「そうだな。それか魔力と体力が密接に関連しているかのどちらかだ」
魔力、すなわちプネウマが十分にあれば体力は維持、または増強される。
プネウマは魔法の発動源というだけではなく、自身の生命を維持するための根源的な力なのだろう。
そして、それを外向きに発動したのが、強化魔法や治癒魔法だと考えられる。
「要はさ、怪我をしたり病気になったりすると魔法を使ってなくても魔力は消費され続ける。だから、魔力回復薬で魔力を補ってやることで、怪我や病気に抵抗する力をつけるってことさ」
「なるほどお!」
「見事だ。我々の見解と一致している」
ブリックが得心いったといった感じで手を打ち、リーゼロッテ女史はそう賛辞を贈ってくれた。
よかった。どうやら俺の考えは見当外れというわけではなかったようだ。
「さて、視察はこれで終わりだ。昼食を用意させているので是非食べて行ってほしい。色々と意見を聞きたいこともあるしな」
リーゼロッテ女史の言葉で視察は終わり、場所を応接室に移して昼食をとりながらの意見交換会となった。
提供された食事はサンドイッチと柑橘系のフルーツを絞ったジュース。
この前の炊き出し会の後の食事もそうだったが、リーゼロッテ女史は財団の財力や彼女自身の尊大な態度とは裏腹に、食事に関しては庶民的というか、質素倹約といった感じだ。
俺としても豪華な料理を出されてテーブルマナーを気にしながら食べるよりは気が楽なので正直助かっている。
まあ、そんな質素とも言える食事も、リーゼロッテ女史にかかれば優雅に見えるのだから、結局のところ『何を食べるか』よりも『誰が食べるか』ということの方が重要なのだろう。
「今日の視察はどうだったかな?」
「大変勉強になり、有意義なものでした」
お世辞ではなくそう返し、ルシュとブリックも頷いた。
「それは重畳だ。私としても貴殿の慧眼には驚かされたよ、クライ」
「恐縮です」
リーゼロッテ女史のその言葉には多分にお世辞も含まれているのだろうが、そう言われて気分が悪いものではない。だから、素直に真に受けておくことにした。
「さて、そんな貴殿らの目から見て、この治療院で何か気になることはなかっただろうか? どんな些細なことでも構わないから聞かせてほしい」
うーん……急に聞かれても困っちゃうな。
俺が想像していたよりもはるかにしっかりとした医療サービスが提供されていたことには素直に感心したし、医療行為だけではなく、財団では医学と魔法学に関する実践的な研究まで行われているようで、俺が意見するのは烏滸がましいというのが正直なところだ。
ただ疑問に思ったことなんかがあるにはあるのだが、それをここで聞いてもいいものなのかが悩ましい。求められているのは意見であって、俺の興味本位の疑問ではない。
「わたしなどはただただ感心するばかりで、気になることなど何もなかったのですが、わざわざそうお尋ねになるということは、リーゼロッテさんご自身に何か気がかりがおありになるのでしょうか?」
俺が思案に暮れていると、ルシュが笑顔でそう尋ねた。
さすがはルシュだ。質問に質問で返すのは一見悪手に見えるが、ルシュの言うとおりリーゼロッテ女史は何か相談したいことがあったのだろう。
その証拠に、リーゼロッテ女史は「ふむ」と一言だけ呟いた後、脚を組み替えてから再び口を開いた。
「雑談の延長として聞いてもらいたいのだが――」
そう前置きしたリーゼロッテ女史の懸念事項は第二治療科のことだった。
どうやらここ数年、呪素に侵された患者の数が増えてきているらしい。
「患者の発生の原因がわからず、治癒魔法も効果がないため難儀しているのだ。魔力回復薬による対処しかできていないのが現状なのだよ」
抵抗力の弱い子どもから死んでいる――そう言って唇を噛むリーゼロッテ女史。医療関係者として忸怩たる思いがあるのだろう。
そんな思いをいち行商人に打ち明けたところで事態が好転することなどないということぐらいは彼女も重々承知の上だ。
それでも今こうしているのは、突如として現れ、瞬く間に成功を収めた新進気鋭の行商人、そして自らの理解の範疇を超えた力を扱う黒髪に一縷の希望を見たということで、つまりは藁をも縋る思いということなのだろう。
できればその思いに応えたいというのが人情というものだが、残念ながら俺に医学に関する専門知識はない。俺には元の世界で得た限られた知識と始原魔法があるだけだ。
そう思いながら話を聞いているうちに――
あれ? もしかしてこれってアレが原因なんじゃ?
素人レベルの俺の知識の中にヒットするものがあった。
「一週間、時間をいただけませんか?」
「ま、まさか、原因がわかったのか……?」
突然の俺の提案にリーゼロッテ女史が驚きの表情を浮かべた。
「少し心当たりがあるというか、似たような話を聞いたことがあるのです」
「ほ、ほんとに!?」
おっと、出ましたよ、リーゼロッテ女史の素の顔が。
期待のあまり少し気が緩んだのだろう。もう一押しすればもっとデレてくれるかもしれないが、キリデレのデレは最後のご褒美にとっておきたい。
「ええ。ただ、素人考えなので確証があるわけではありません。ですから、少しお時間をいただきたいのです」
幸いにも多数の症例についての詳細なデータがここにはある。それさえあれば全体像を掴むこともできるだろう。
それに、俺の考えが正しかったとしたら、その『呪素』への対策もいくつかある。その準備をするためにも時間は必要だ。
「その確認作業に私も参加させてはもらえないだろうか?」
「リーゼロッテさんはお忙しい身でしょう? 成果は必ず報告に上がりますので」
「そうか……しばらく眠れない夜が続きそうだな」
リーゼロッテ女史はあからさまに残念そうな表情を浮かべた。
この顔を満面の笑みに変えるのが今回のミッションってわけだな。
クライ編は火曜連載です。
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