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059.謝罪をあなたへ

 チリン、チリーン――


 この街での行動方針と今後の予定を相談すべく俺の部屋に集まっていた。

 そして、いざ会議を始めようとしたそのとき、ドアベルの澄んだ音が響いてきた。


「悪い、ルシュ。出てくれないか?」


「はい、はーい」


 パタパタと小走りでドアへと駆けていったルシュは、ドアを開けるなり「げっ!」とおおよそ神の巫女には似つかわしくないような声を上げた。


「クライ、お客さんだよー」


 苦虫を噛み潰したような表情でルシュが俺を呼ぶ。

 誰だろう? こっちの世界に俺を訪ねてくるような知り合いなんて――って、まあ、ルーベニマ商会の関係者ぐらいか。

 俺は少しだけ身なりを整えて、入口へと向かう。


「突然の来訪、容赦願いたい」


 入り口に立っていた人物は、俺を認めるなりそう頭を下げた。


「リーゼロッテさん……」


 昨日の今日で、少し気まずい空気が流れるが、そんなことを気にしている場合ではない。目の前にいるのは今やこの国でも最重要人物の一人。それがどうしてこんなところに、という疑問もさておき、いつまでも立たせておいていい相手ではない。


「ど、どうぞ中へ」


 俺はリーゼロッテ女史を部屋に招き入れると、椅子を勧めた。

 しかし、リーゼロッテ女史は椅子の傍らで直立不動のまま、俺とルシュに視線を据えた。

 そして、瞑目した彼女は、突然直角に腰を折って、俺たちに向けて頭を下げた。


「昨晩の非礼を詫びたい。本当に申し訳なかった」


 その言葉を受けて俺とルシュは顔を見合わせる。

 まさか謝られるとは思っていなかったので驚いたというのが正直なところで、ルシュも驚きと困惑が綯交ぜになったような複雑な表情をしていた。


「特に気にしてませんから、とにかく頭を上げてください」


 俺はそう言ってもう一度リーゼロッテ女史に椅子を勧め、その対面に座る。

 リーゼロッテ女史は顔を上げると、俺、ルシュ、ブリックの順に顔を向け、今度は促されるまま椅子に腰をかけた。

 それを見届けたルシュが俺の隣に座り、ブリックは食堂まで紅茶を取りに行ってくれた。

 そしてそのまましばらく気まずい沈黙が続く。

 しかし、このままでは埒が明かないので、俺は単刀直入に用件を聞くことにした。


「それで、今日はどのようなご用件でお越しになったのでしょう?」


 俺の問いにリーゼロッテ女史は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに真顔に戻って真っ直ぐとした視線を俺へと向けた。


「謝罪をしに伺ったのだが」


「ええ。それは先ほど伺いました。それでご用件というのは?」


「だから謝罪を」


「え?」

「え?」


「ぷっ!」


 互いに困惑して顔を見合わせる俺とリーゼロッテ女史。その様子にルシュが思わず吹き出してしまった。


「もう、クライ。リーゼロッテさんはただ謝りに来てくれたんだって」


「そ、そう、なのか?」


 リーゼロッテ女史もルシュもそう言っているのだからそうなのだろうが、俺はいまいちピンと来ていなかった。

 財団の理事長であり、州知事選の候補者でもある有力者が、わざわざいち行商人に謝罪をするためだけに訪れるだろうか? 

 いや、そもそも謝罪は必要か?

 これだけの大物からすれば行商人など路傍の石同然。不興を買ったところで、そんなもの捨て置けばいいのだ。

 それにもかかわらずわざわざ謝罪に訪れたからには、何らかの裏があるはずだ。


「偏見――」


 リーゼロット女史の発した言葉に、俺はギクリと背筋が伸びた。


「スラムの者たちを最も苦しめるのが無知からくる偏見だ。相手のことをよく知りもせず、自らの偏った思想でもって相手を貶め、嫌悪し、否定するのは最も恥ずべき行いだ。しかし、そう信じてきたはずの私自身が、その最も恥ずべき行いを、偏見の目をクライ殿に向けてしまった。ルシュ殿の言葉でようやく私はそのことに思い至ったのだ。本当に申し訳ない」


 言葉こそ堅いものの、決して居丈高ではなく、むしろ身を小さくして頭を下げるその姿を見て、俺はようやく目の前の女性が、ただ悔いて、ただ謝罪をしているのだということに気付くことができた。

 自らの過ちを素直に認め、それをすぐに改めることのできる潔さ。俺もそれを見習わなければならない。


「偏見――ということでしたら、私も同じです。あなたのような有力者が私などに謝罪に訪れるからには、きっと何らかの目的があるに違いないと考えていましたから。だからお相子です。だから、それでこの件は終わりにしましょう」


 俺はルシュへと視線を向ける。この件では珍しく、と言うか、俺が知る限り初めて怒りを露わにしていたルシュも、俺とリーゼロッテ女史を見て笑顔でうんうん頷いている。だったらこれでいいはずだ。

 リーゼロッテ女史もそれを見て安堵したのか、ほっと小さく息をはいた後、柔和な笑顔を見せた。


「どうぞ、お待たせいたしました」


 ちょうど和解が成立したところで、タイミングを見計らっていたのであろうブリックが紅茶を出してくれた。


「ありがとう」


 俺が声をかけるとブリックは笑顔で頷いて俺の後ろにある椅子に腰を下ろし、少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。


「あのう、蒸し返すようで恐縮なのですが、一つお聞きしても?」


「ああ。何でも聞いてほしい」


「あのとき、司祭殿が『狼だ』と言っていたと思うのですが、それはいったいどういう意味なのでしょう?」


 確かに。俺自身が全然気にしていなかったというのもあって聞き流していたが、『狼』という言葉にはどういう意図が含まれていたのだろう?

 それを聞いて怒ったということはルシュもその意味を知っているってことだと思うのだが……


「教会に伝わる伝承に『神狼記』というものがある。御伽噺や紙芝居の元になっている神話だ言えばわかりやすいだろうが、その中に、人に見えざる力を使って害意を成す狼の一説があるのだ」


 人に見えざる力……俺の始原魔法と同じか。


「人知を超えた力を操る人に対する畏敬の念を示す場合もあるんだけど、多くの場合は、その……『人ならざる者』っていう意味で、恐怖や敵意を込めて言う場合が多いの。特に教会関係者なんかにそういう人が多いと思う。ちゃんと伝えとくべきだったね、ごめん……」


 リーゼロッテ女史の説明を引き継いだルシュが申し訳なさそうに頭を下げた。

 俺の始原魔法のことを知っていたのに、その『狼』のこととやらを事前に伝えてなかったことを悔いているのだろう。

 リーゼロッテ女史もルシュに合わせて再び頭を下げている。


「ルシュが悪いわけじゃないさ。あ、もちろんリーゼロッテさんが悪いって意味でもなくて、よくわからない力を使った俺が悪いっていうか、どうでもいいことを聞いたブリックが悪いっていうか、なあ?」


「ええ、ええ。すみません、どうでもいいこと聞いちゃって本当にすみません」


 なんとなく居た堪れない雰囲気になってしまい、俺とブリックは慌ててフォローを入れる。

 まあ、でもこれで改めてはっきりした。

 俺の力は人に恐怖を与えることもある。このことをしっかり認識して今後は力の使いどころは間違わないようにしないといけない。

 とは言え、今回の力の使いどころが間違っていたとは思ってないんだけどね。


「リーゼロッテさんに一つお願いがあるのですが、私の力のことを口外しないようにしていただいてもよろしいですか?」


 今後も人前で始原魔法を使うのは自重するつもりだし、今回のように無用なトラブルを生まないためにも下手な噂が立つのは避けたいところなので、リーゼロッテ女史にそうお願いをし、彼女はしっかりとそれに頷いてくれた。


「厚かましいかもしれないが、私からもお願いがあるのだ」


 リーゼロッテ女史は神妙な面持ちでそう言った。


 おや? やっぱり何か裏があったのか? 

 と思ったのだが、それは杞憂だった。


「私の護衛の者たちだが、彼らは私の恐怖心を察知し、私を守るためにクライ殿との間に立ったに過ぎない。彼らのことは不問にしてもらいたい」


 まあ、もともと誰を責めるつもりもなかったわけだし、彼らは彼らでプロ根性を見せただけだから、当然それには了承した。


「それから、教会の司祭も貴殿らに謝罪をしたいと言っている。ただ彼は立場上、教会を離れることはできず、今日ここに罷り越すことは叶わなかった。もしよければ、彼にも謝罪のチャンスを与えてやってほしい」


「わかりました。この街を発つ前にはもう一度教会をお尋ねするようにします」


「ありがとう。感謝する」


 深く頭を下げるリーゼロッテ女史。

 そんな彼女に俺も一つ聞いておきたいことがあった。それは今日彼女がここに来なかったとしても、俺から出向いて尋ねようと思っていたことだ。


「ところで、リーゼロッテさん、昨日のあの黒ずくめの男たちは一体何なんですか?」


「……わからない」


 言い淀んだリーゼロッテ女史の顔には迷いが浮かんでいた。

 ここで本当のことを話せば俺たちを巻き込んでしまうと思っているのかもしれない。


「すでに私たちは巻き込まれてしまっています。私たち自身の身を守るためにも、本当のことを知っておきたいんです。教えていただけませんか?」


 俺の言葉にリーゼロッテ女史は「そうだな……」と小さく息を吐いてから口を開いた。


「この件についてもまずは謝罪から入らなければならない。巻き込んでしまって本当に申し訳ない」


「彼らの狙いは明らかにリーゼロッテさんでした。やはり州知事選が関係しているのですか」


「そう見て間違いないだろう。黒ずくめの集団が何者なのかはわからないと言ったが、それは本当なのだ。捕らえた彼らは市警に引き渡す前に全員自害したからな。ただ、彼らを差し向けたのは、十中八九、私の対立候補を支持するアックトック商会だと見て間違いはないだろう」


 悪徳商会……ってそのまんまの名前だな。ショート動画で踊っていそうなやつらだ。


「彼らの狙いはあくまで私だ。貴殿らが直接狙われることはないだろうが、一応、貴殿らにも護衛をつけるようすでに手配はしている」


「ご配慮ありがとうございます。しかし、護衛は不要です。相手の正体と狙いさえわかっていれば対応のしようはありますので。こう見えて、自分たちの身は自分たちで守れますから」


「ふふ、そうだったな」


 これでようやく肩の荷が降りたのか、リーゼロッテ女史は大きくゆっくりと息を吐いてから立ち上がった。

 

「突然の来訪、すまなかった」


 昨日の夜と同じく、リーゼロッテ女史は右手を差し出してきた。

 ここを訪れてからまだ間もないが、これで用件は終わり。どうやら本当に謝罪のためだけに訪ねてきてくれたようだった。


「いえいえ、今後ともご贔屓にお願いします」


 差し出された手を握り返し、商人らしく挨拶をしたところで――


「そ、それで、これは、恥を忍んでの、お、お願いなのだが……」


 リーゼロッテ女史は俺の手を握ったまま、何やらごにょごにょと言い出した。

 ここまでハキハキとした物言いだった彼女からすると意外な姿だ。

 やっぱりあったのか、裏が……


「わ、私はこのような立場だし、態度も、その……そ、尊大なのでな。いつも、ひ、一人なのだ……だ、だから、その、と、と、と、と……だちに……」


「え?」


 上手く聞き取れずに思わず聞き返す。

 するとリーゼロッテ女史は固く目を瞑り、俺の手を強く握りしめた。


「友達になってくれないだろうか!」


「う、うん……?」


 一瞬何を言われたのかわからず、勢いに流されたまま頷いてしまった。


「ほんとに!?」


 目の前には、満面の笑みを浮かべた一人の美女。

 両手で握った俺の手を自分の胸元まで引き寄せて、目をキラキラとさせていた。


 ありましたよ、とんでもない裏が!

 ただの可愛いかよ!


クライ編は火曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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