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054.裏通りをあなたへ

「邪魔するぞ」


 ブッフォンが無造作に扉を開けると、アジトの中から複数の視線が一斉にこちらへと向けられた。

 ボロボロのソファに座っていた大柄の男が立ち上がり、のそのそと歩いてくる。スキンヘッドには剣と髑髏のタトゥーが彫られ、隻眼なのか厨二病なのか、左眼には眼帯を嵌めている。


「穏健派?」


 ルシュが俺にだけ聞こえるような声でそう漏らした。

 俺もまったくの同感だ。これで穏健派なのだとしたら世紀末もすぐそこだ。


「よお、久しぶりじゃねえか、ブッフォン。職にあぶれて俺たちの仲間に入りにでもきたのか?」


「仕事だ。人を探している」


 ブッフォンがそう言いながら目で合図を送ると、ブリックが一歩前へと進み出て、ケルトーに笑顔を向ける。


「初めまして、ケルトーさん。行商人のブリックと申します」


「名乗る必要なんざねえよ。こっちには覚える気はさらさらねえんだ。行商人さんよ、残念だがあんたの尋ね人はここにはいねえ。さっさと帰れ」


「まあまあ、そう仰らずに」


 ブリックの話に耳を傾ける素振りさえ見せないケルトーだったが、ブリックは笑顔を崩すことはない。そんな態度も織り込み済みだと言わんばかりだ。


「ひとまずこちらはお近づきのしるしです」


 バックパックから取り出したウイスキーのボトル二本と干し肉の束をテーブルに置いたブリックは、そのまま堂々とソファに腰をかけた。


「ふん、余所者にしてはちっとはわかってるじゃねえか。おい! グラスを出せ。二つだ」


 部下に指示を出した後、ケルトーがブリックの正面に座る。どうやらブリックを交渉の相手と認めたようだ。

 グラスに注いだウイスキーを二人で無言で呷った後、「うめえ」と呟いた流れで、ケルトーが話を切り出した。


「で、行商人さんよ、誰を探してるってんだ?」


「ブリックですよ、ケルトーさん。僕が探しているのは、十歳ぐらいの男の子です」


「はっ! 馬鹿なのかてめえは。十歳ぐらいのガキなんてここには腐るほどいるんだぜ?」


「もちろんそれは存じています。十歳ぐらいの男の子で、痩せていて、少しパーマがかかった青い髪。似たような特徴の子はここに来るまでに何人か見かけましたから、見つけることが難しいことぐらいはわかっているつもりです。だからこそケルトーさんに協力していただきたいのです」


 そう言いながらブリックは、ケルトーの空いたグラスにウイスキーを注ぐ。


「そうまでしてガキを探す理由はなんだ?」


「そこにいる僕の仲間がスリの被害に遭いました」


「なんだと?」


 ここでケルトーの右眉がピクリと上がった。


「おい、その話は本当なんだろうな?」


 威圧するような視線を向けるケルトー。しかしブリックもそれに動じない。


「僕は商人ですが、低劣な嘘はつかないようにしているつもりです」


 ブリックの答えにケルトーは舌打ちをして腕を組む。取り巻きたちも騒つき始めている。


「俺たちゃスラムの人間だがよ、少なくとも俺がまとめている奴らには、盗みも殺しもさせてねえんだ。それがガキなら尚更だ。それを知ってて、その話を俺にしてんのか?」


 髪はないけど怒髪天を衝かんばかりの形相で、ケルトーがブリックに迫った。しかし、それでもブリックは動じない。


「もちろんです。だからこそ、ケルトーさんにご相談に伺ったのです」


 そしてさらっと嘘をつくブリック。さすがである。


「盗られたのは金貨三枚ほど。僕たちにとってもそう安くはない額ですが、何が何でも取り戻したいと思ってこちらを尋ねたわけではありません。時は金なりと言うように、スリの犯人を見つけるのに時間をかけるぐらいなら、次の商談の準備を進める方が僕たちにとっては得ですからね」


「だったら素直にそうしてりゃいいじゃねえか」


「僕たち商人の世界以上に、ここスラムでは金が大きなトラブルを生むことを僕はよく知っています。僕たちの金があの子に、そしてケルトーさんたちに問題を起こすことは本意ではないのです。良いか悪いかは別として、表通りと裏通りは持ちつ持たれつだと思っていますから」


「持ちつ持たれつか……俺たちからすりゃ、ここ最近はこっちが持ってばかりのような気もしてるんだがな」


 鼻で笑うように呟いたケルトーだったが、すぐに真剣な眼差しをブリックへと向けた。


「ブリック。ひとまずてめえの情報には感謝しておく」


 そう言って頭を下げたケルトー。

 覚える気はないと言っていたものの、しっかりと名前を覚えていたようだ。ケルトーがブリックを認めたということでもある。


「その上で、この話は俺に与らせちゃくれねえか? ガキは俺が探し出してきっちり落とし前をつけさせるからよ」


「ええ、もちろん。と言いますか、最初からそのつもりだったんですよ、ケルトーさん。後のことはお任せしてもいいですか?」


 ブリックはケルトーではなく、傍で話を聞いていたブッフォンへと話を向けた。


「もちろんだ。俺が受けた依頼は人探しだからな。任務遂行後に仔細を報告しよう」


「ではよろしくお願いします」


 ブッフォンが承諾したのを確認して、ブリックが立ち上がる。


「あ、そうだ。これは捜索依頼の報酬代わりです。よかったら皆さんで召し上がってください」


 テーブルの上にウイスキーが追加で二本、干し肉が二束並べられると、取り巻きたちから歓声が上がった。

 ブリックは笑顔でそれに頷いてから、ケルトーの下を後にした。




「はあー、緊張した……」


 ケルトーのアジトを出るなり、膝に手をついて大きく息を吐いた。


「緊張してたの? すごい堂々としてたけど」


「完全にハッタリですよ。僕にもスラムの友人は数人いましたけど、元締めレベルの大物に会うのは初めてでしたからね」


 よく見るとブリックの膝ががくがくと震えていた。


 穏健派という言葉の意味を改めて考えさせられるほどケルトーの風貌は恐ろしかった。盗みや殺しはしないとは言っていたが、『盗み』とか『殺し』って行為がどんなものか知ってるんだよね? って疑いたくなるほどの悪人面だった。

 怖かったに決まっている。俺だって怖かった。

 ぶっちゃけて言えば武力で衝突するならば俺が勝つだろう。でも、どっちが強いかっていうのは実はあんまり関係ないんだよね。怖いものは怖い。ただそれだけ。


 それに、俺が言うのも変な話だが、ブリックは商人としてはまだまだ駆け出しだ。商人の息子として生まれたこともあって、商人としての素養を培うことのできる環境ではあっただろうが、それでも自らがこうして交渉の場につくことは初めてだ。

 それでも緊張や恐怖を微塵も感じさせることなく、自らの思惑どおりに交渉をコントロールしたのだから大したものだ。不足する経験を補って余りある資質がブリックにあるということなのだろう。

 ブリックは俺が思っている以上に大きく育つ男なのかもしれないな。


「アニキ、すみませんでした。勝手に話をまとめてしまって」


「いやいや、まったく問題ないよ。そもそも俺は今回のスリの件をそこまで深刻に考えてなかったし、どういう着地点が最善なのかも思いつきもしなかった。今回はブリックに勉強させてもらったと思ってるぐらいだ」


 一応、師匠が俺で、弟子がブリック。俺はまだ何も教えてなくて、逆に俺が教わっている。

 現実ってこんなもんだよね。


「アニキにそう言ってもらえると嬉しいです」


 俺もそう言ってもらえて嬉しい。

 ブリックってなかなか可愛いやつだよな。弟がいたらこんな感じなのだろうか。あるいはこういうところからのBL的な展開がありうるのだろうか。まあ、俺はノンケだし、誰得なんだって話だけどな。


「とにかく今日はここまでだな。てか、昨日着いたばっかりでいきなりこのトラブルだし、さすがに疲れちまったよ」


 太陽はすっかり西に傾いて、昼飯を食べ損なったルシュの腹の虫が鳴く。


「ご飯、食べに行こっか」


 恥ずかしそうに笑ったルシュの言葉を合図に、俺たちは裏通りを後にした。


クライ編は火曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n1886ja/

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