052.魔核をあなたへ
「クライ、見て! 陸が見えたよ。陸だよ!」
ルシュが子どものようにはしゃぎながら歓声を上げる。
「はあ、ようやくこれで人間動力から解放されますよ」
ブリックは陸に着いたことよりも水魔法の酷使から解放されることに安堵しているようだ。
ウォルタンを出発して何日が経っただろうか。
途中、巨大種との遭遇という災難には遭ったものの、以降は平穏そのもので、来る日も来る日も同じような毎日で見える景色は海ばかり。いい加減うんざりしていたのは確かなので、ルシュが喜ぶのも無理はない。
「ねえ、クライってば!」
「悪い、今いいとこなんだ」
喜びを分かち合いたいルシュが俺の肩を揺らすが、俺はそれに生返事で答える。
「もう! 何やってるの?」
「ちょっと瘴気の研究をな」
サンダーアルバトロスの巨大種を討伐した後、ブリックが魔核を回収していこうと主張した。
魔核とは魔物の体内にある核のことで、魔物の魔物たる由縁とも言われているらしい。
魔核は実用上何かの役に立つという物ではないが、冒険者組合に持っていくとそれなりの値段で買い取ってもらえるようで、せっかく巨大種を討伐したのだから回収していくべきだ、というのがブリックの主張だった。
冒険者の皆さんには申し訳ない話だが、俺としては小銭を稼ぐために魔核を回収する必要はないと思っていたし、わざわざ魔物の体内をまさぐって魔核を探すことにも抵抗があったので、必要ないと断じたのだが、『魔核は最終的に緑の大陸に渡って、研究対象となっているらしい』というブリックの言葉を聞いて態度を改めたのだった。
魔法と学問の大陸と称されるほどの緑の大陸で研究対象になっているということは、そこに何らかの価値を見出していることに他ならず、俺も独学で研究してみたいという好奇心がそそられたのだった。
そうして入手した魔核は拳二つ分ほどのサイズ。魔核としてはそれなりに大きい部類に入るようだ。
ここ数日、俺はこの魔核とにらめっこを続けていた。
わかったことよりもわからないことの方が多いが、見れば見るほど興味をそそられる、いつまでも見ていても見飽きることのない、そんな物質だった。
魔核はいったい何から構成されているのだろうか。まず最初の疑問はそれだった。
黒い見た目に加えて、その表面からは黒い靄——俺はこの黒い靄を、精気と対をなすなすものとして瘴気と呼ぶことにした——がうねうねと漏れ出ている。そのことからもミアズマの結晶体だと考えるのが妥当なのかもしれないが、魔核とそこから漏れ出ているミアズマが果たしてまったくの同質かというとそうでもないように感じる。何が違うのかって聞かれると答えに困ってしまうが、始原魔法使いの直感というやつなのかもしれない。
面白いのは、この魔核から漏れ出ているミアズマがまるで意志を持っているかのように、触れようとする俺の指から身を捩らせるように逃げ惑うところだ。これはアーリムの街でアイリスの瞼にへばりついていた黒い靄を除去したときにも見られていた現象だ。
これまで俺の興味はもっぱらプネウマに注がれていたのだが、せっかく魔核も手に入ったことだし、これからはミアズマの研究も進めていくのもいいかもしれない。
調べれば調べるほど、分かることもできるも増えていくのだが、それと同じだけの疑問や不思議も生まれてくる。これほど楽しいことはない。
惜しむらくはこの喜びを誰とも共有できないというところか。
もともと成り行きで緑の大陸に向かう予定にしていたが、そこには俺と同じものが見えるという御仁がいるというし、訪れるのが本格的に楽しみになってきた。
緑の大陸に行ったら行商人をやめて学者にジョブチェンジするのもいいかもしれない。そのためには、青の大陸にいる間にしっかり稼いでおかないとな。
「アニキ! 港に入るので舵をお願いします!」
思案に耽っていたところに船尾からブリックの声が響き、俺は我に返った。
「おお! ようやく着いたのか!」
「もう! さっきからそう言ってるでしょ!」
「そうだったな、すまんすまん」
頬を膨らませているルシュに適当に詫びを入れてから、俺は操舵輪を握る。
目の前に見えるのはパシオーシャ州の玄関口ワシャ。港町らしく遠目からでもわかるほどの活気に溢れた綺麗な街だ。
「一般の入港審査はあっちの埠頭だぞ」
船を接岸するなり港湾警備隊の隊員がそう声をかけてきた。
「ああ、すいません。私たちはこういう者でして」
俺は懐から一枚の紙切れを取り出し、港湾警備隊の隊員へと渡す。エリス支店長が用意してくれた入港許可証だ。
書類上俺たちはルーベニマ商会の関係者ということになっており、審査に時間がかかる一般入港審査を回避するため、商会関係者用の埠頭を使えるようにエリス支店長が便宜を図ってくれていたのだった。
「これは失礼。大商船の中に小舟が紛れ込んでいたのものでね。ルーベニマの船なら三番に係留してくれ」
「了解しました。ありがとうございます」
隊員にお礼を言って、彼の指示に従い船を係留すると、正面にあるルーベニマ商会の倉庫兼出張所へと向かった。そこで船と白磁針を返却し、ついでに宿も紹介してもらう。
こうして、驚くほどすんなりとワシャの街へと入ることができたのだった。
今回の船旅ではルーベニマ商会にはとてもお世話になった。
出張所でも「時間があるときに支店にも顔を出してほしい」と言われたことだし、お礼を兼ねて挨拶に伺わないといけないな。
⚫︎
「この街ではどんな仕事をするの?」
到着の翌日、俺たちは早速街の散策へと出かけていた。その道すがらルシュがこの街での予定について尋ねてくる。
旅の道中に説明をしない俺が悪いのだが、この流れも恒例になりつつあるな。
「ここまで結構稼いだだろ? だからこの街では商売はやらないつもりだったんだけどさ」
そう言って俺は、後ろをついてきているブリックをちらりと見遣る。
「ブリックの修行を兼ねて何か仕事を考えないとな」
ブリックを連れて行くことにしたからには、彼に何かしらの経験を積ませてやらなければならない。それが俺を慕ってくれているブリックへの責任ってやつだ。
とは言っても、何をすべきかまだ全く思いついていないんだが……
「とりあえず今日のところは教会でも行くか?」
「教会? なんで?」
「なんでって……ここまで全然行けてなくて申し訳なかったけど、ルシュも久しぶりに行きたいだろ?」
嘘か誠か、その真偽のほどは置いておくとして、仮にも『神の巫女』という設定でやっているのだから、たまには教会にも連れて行ってやらなければならない。
これまでそれができていなかったのは俺にそこに思い至るだけの余裕がなかったせいであり、完全に俺の落ち度だ。そう思って申し出てみたのだが、意外にもルシュの反応は芳しくなかった。
「うーん……別にいいよ。教会じゃなくても神への祈りはどこにいたってできるからさ。大事なのは形式じゃなくて敬虔な祈りだよ」
「まあ、それも一理あるか」
「アニキ、教会に行くんですか?」
そんな俺とルシュの会話に割り込んできたのはブリックだ。その顔は嬉々としている。
「なんだ? 教会に行きたいのか?」
「はい。ルーベニマ商会っていうか、教会が炊き出しをやってるみたいなんです。後学のためにもちょっと見てみたいと思って」
ブリックがルーベニマ商会の出張所で仕入れた情報によると、今日は教会による炊き出しの日らしい。
スラム街の住人なんかを対象とした炊き出しはどの街の教会でも行われている一般的な慈善活動だが、ここワシャではルーベニマ商会の後援により大規模な炊き出しが行われているようだ。
商売絡みの話ではないが、ブリックも興味を持っているようだし、俺としても見学に赴くのは吝かではない。
「どうする、ルシュ?」
「そういうことなら行ってみようよ」
ルシュも笑顔で同意してくれたことだし、俺はこの世界に来て初めて教会に足を運んでみることにした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
クライ編の連載ですが、ストックが尽きてきたこともあり、しばらく火曜日の週一回連載とさせていただきたいと思います。
応援していただいている方に見捨てられはしないだろうかという不安もありますが、その分、内容を充実させてお届けしたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
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