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050.青貨をあなたへ

 この大陸で最大の河川と言われる青河。しかし河とは名ばかりで、実態は内海なのだそうだ。

 風は穏やかな南風。河だと表現するのが頷けるほど小さな波。

 東から昇ったばかりの太陽の眩い光を反射させる水面の上で、俺たちは小さな帆船を走らせていた。

 この青河を渡ればレガーナ州に別れを告げ、パシオーシャ州に入る。

 俺たちの次の目的地はパシオーシャ州の玄関口ワシャだ。


「せっかくだからルーベニマ商会の商船に乗せてもらえばよかったのに」


 ルシュが少しだけ不満気にそう言った。

 定期便を出しているからと、エリス支店長が商会所有の船への同乗を勧めてくれたのだったが、俺はそれを固辞していた。

 代わりに、この小さな帆船と白磁針という元の世界でいうところのコンパスを貸してもらい、こうして二人旅をすることにしたのだった。


「でも、これじゃあ、いつ着くかわからないどころか、ちゃんとたどり着けるかどうかすら怪しいよ?」


 青河の横断には、水魔法の推進力を用いた大型商船で五日ほどかかるらしい。俺に帆船を操舵する技術は皆無だし、確かにこのまま風に身を任せていれば遭難すること請け合いだ。

 しかし、敢えてそうしたのには理由があった。


「理由?」


「俺は泳げない。水が怖い」


「それは知ってるけど……って、そういえば水の上なのに、全然怖がってないね」


「そうなんだよ」


 それが理由の一つ。


「始原魔法を使えば、船が沈むことはないし、なんなら、水の上を歩くことだってできるんだ。もはや泳げないことなんて些細な問題だし、水なんぞ恐るるに足らずだ。でも、人目があるところで魔法を使うわけにはいかないしさ」


「なるほどね。でも……」


 それでも船が一向に進まないという問題は解決していない。

 そう言いた気にルシュはまだ幾許も離れていない港を見遣る。すると、帆のない二人乗りのボートがこちらに近づいてくるのが見えた。


「やあやあ旅のお方。僕はしがない行商でございます。何かお買い忘れの物がございましたら、出発前にどうぞお買い求めください」


 ボートを俺たちの船の横につけると、目深に被っていた帽子をくいっと上げて、青髪の男が笑みを浮かべた。


「ブリック!」


 ルシュが驚きと喜びのあまり船から身を乗り出す。ブリックはそんなルシュを支えた後、真剣な眼差しを俺へと向けた。


「アニキ、僕を雇っていただけませんか?」


「ルーベニマ商会の方はどうしたんだ?」


「丁重にお断りしてきました。アニキの下で働きたいと言ったら、きっとそっちの方がいいだろうと、エリス支店長も仰ってくださいました」


「はあ……せっかくのチャンスだったんだぞ?」


「僕も商人の端くれですから、チャンスは逃すつもりはありません。だからこそ、こうしてここに来たんです」


 俺の溜め息に、ブリックは迷いのない晴々とした顔で答えた。


 しょうがねえな。


「俺は人は雇わない。俺たちはチーム、死なば諸共、運命共同体だ。それでもよければ乗ってくれ」


 俺が差し出した右手をブリックが力強く握り返した。

 こうして改めてブリックを仲間に加え、三人になった俺たちはウォルタンの街に別れを告げて、いざワシャへと船を進めるのであった。


 帆をたたんだ帆船はすごい勢いで北へと向かって進んでいる。ブリックの水魔法の本領発揮だ。俺がこの世界に来た当初、無人島からアーリムに向かう船で、ドットがやっていたのと同じ要領だ。

 この大陸の船には必ずと言っていいほど水流ジェット噴射用のL字管が設置されている。それは帆船と言えども例外ではない。化石燃料を使わずにこれだけの推進力を得られるのだからまさに魔法様様だ。

 しかし、そう思っていたのも束の間、まだ半刻も経たないうちに、ブリックがぐったりとした顔で甲板へと上がってきた。


「どうしたんだ、ブリック?」


「すみません、ちょっと休憩を……」


 もう!? と言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。


 青髪の人たちは皆、水魔法が使えると言っても、その威力や魔力の限界値は様々だ。

 魔力を水だと例えるなら、水を貯める水槽の大きさが内包できる魔力の容量であり、蛇口の口径が出力できる魔法のサイズ、水にかける水圧が魔法の威力といったところだ。

 黒髪と白髪を除く全ての人たちが魔法を使えるこの世界にあって『魔法使い』と呼ばれる者は、大きな水槽に高い圧力をかけ、太い蛇口から勢いよく水を出せる者のことで、実はそういった者の数は多くない。

 つまり、見かけによらずドットが優秀だったのであって、ブリックが無能だというわけではない。そもそも彼は商人なのだから。と言うわけで――


「ブリックは少し休んでろよ。続きは俺がやるからさ」


「アニキが? でもアニキは水魔法が……」


「水魔法が使えなくても水は操れる。お前、この前何を見てたんだ?」


 そう。ルーベニマ商会の商船への同乗を固辞したもう一つの理由がこれだ。

 プネウマを使って水流を操れば、水魔法のように水の噴射による推進力が得られるのだ。

 ルシュに操舵を任せて、興味を示したブリックを伴い船尾へと移動する。


「さて始めるか」


 L字管の二つある開口部のうち一方は水面上に出ていて、もう一方は水中だ。水面上の開口部から水を入れ、水中の出口から勢いよく吐き出す。それをひたすら繰り返すだけの単純な作業だ。

 俺は辺りを漂うプネウマに意識を集中させる。


「おお! すごい!」


 プネウマに持ち上げられた水がL字管に入り、そのまま勢いよく出て行く。

 どうやら上手くいったようだ。繰り返し実験はしていたが、実践投入は初めてだったので一安心だ。あとは自動で循環させるだけだ。


「よし、終わり。戻ろうぜ」


「え? 離れて大丈夫なんですか?」


「そう言や、水魔法は付きっきりじゃないとダメだったな。でも大丈夫。俺が止めるまで勝手にやってるから」


「じゃ、じゃあ、アニキの魔力が切れるまで、ずっと自動で……?」


「俺に魔力切れはないよ。てか、たぶんだけど魔力自体を持ってない。それはそこら辺に漂ってる魔力の素みたいなやつを使ってやってるだけなんだよ。ま、それなりに意識はしておかないといけないから、完全に自動ってわけじゃないんだけどな」


「…………」


 ブリックは絶句していた。

 魔力の素――つまりプネウマを意のままに操れるということは、魔力のあるなしを超越して、魔力がほぼ無限にあることと等しいとも言えるのだからそれも当然だろう。

 考えてみれば完全にチートな能力である。当初こそ魔法が使えないことに落ち込んだものだが、これからようやく俺TUEEE!冒険譚を始められるのかもしれない。まあ、そんなことやるつもりはないけど。


「なんとなく釈然としませんね……」


 ブリックはそんなことをボヤいているが、こればかりは慣れてもらうしかない。


 甲板に戻るとルシュも呼んで、三人が車座になって座った。

 今のところ航海は順調。周囲に障害物も他の船もなさそうだし、しばらく舵は放っておいてもいいだろう。

 せっかくの機会だし、二人にも見せておきたいものがあるのだ。

 コイントスの要領で、小さな硬貨を親指で弾き、クルクルと回転するそれを空中でキャッチ。


「どっちだ?」


 握った左右の拳を前に突き出し、二人に選択を迫る。


「右」

「じゃあ、僕は左で」


 二人の回答を受けて、握っていた拳を開くと、硬貨は左手の中にあった。


「ブリックの当たりだな。ま、景品は何もないけど。ところで、これ、何かわかるか?」


 左の手のひらの上には青く輝く金貨よりも一回りほど小さな硬貨。


「ま、まさか、これって青貨……ですか?」


「お、正解!」


「ど、どうしたんですか、これ?」


 せっかく正解したというのに、ブリックの顔は青貨よりも蒼褪めている。


「今回の売り上げの一部を青貨で払ってもらったんだよ」


 青貨――それはこの大陸における最高額硬貨。金貨にして一万枚分、日本円にして約一億円がこの小さな硬貨の価値だ。

 どうやらこの青貨、アダマンタイトという物質でできているらしい。

 アダマンタイトと言えば、元の世界では空想上の金属の一つとして有名だし、好奇心が勝った結果として、エリス支店長に無理を言ってお願いしたのだった。


「僕、青貨を見るのは初めてですよ……」


「まあ、普通に生活したり商売していたりするだけじゃ縁がある物でもないしな。でも、ただ単に見せびらかせようと思ってるわけじゃないんだぜ」


 青貨を手にして数日、観察と実験の結果、色々とわかったことがある。

 ルシュとブリックへの始原魔法の説明も兼ねて、そのことを二人に共有しておこうと考えたわけだ。


「せっかくだから持ってみるか?」


「い、いや、遠慮しておきま――」


 両手をぶんぶんと振って拒否するブリックに、俺は青貨を投げ渡す。


「ちょ! そんな雑に――って、あー!」


 取り損なったブリックの手からこぼれた青貨がコロコロと看板を転がっていく。

 慌てて立ち上がったブリックが青貨に向かって一目散に走る。そして両手をいっぱいに伸ばしてスライディング――したところで、青貨はピタリと動きを止め、引き寄せられるように俺の手へと戻って来た。


「悪い、悪い。ちょっとした冗談だよ」


「質の悪い冗談はやめてくださいよ……」


 青褪めたブリックが動悸の余り息を切らせている。


「ねえ、今のどうやったの?」


 青貨自体にはそう興味を示さなかったルシュだが、今の手品じみたトリックは気になったようだ。


「今のも魔法だよ」


 ブリックが落ち着きを取り戻したところで、まずはプネウマと始原魔法について簡単に説明する。

 ルシュは理解をしたのか、あるいは理解することを諦めたのか、意外とすんなり納得したようだったが、一方のブリックは難しい顔をしていた。


「いえ、実際にアニキが魔法を使っているのを目の当たりにしてるんで否定する気はないんですけど、それでも、ちょっとすぐには納得できないというか……」


 なまじ水魔法が使えるせいで、その原理と異なる始原魔法が俄かには信じがたいようだった。


「まあ、すぐに理解する必要はないよ。とりあえず俺が始原魔法を使って色々なことができるってことを知っておいてくれたらいい。それで、青貨なんだけどさ――」


 青貨は純粋なアダマンタイトからできている。そして、そのアダマンタイトだが、これはおそらくプネウマの塊だ。プネウマ視で見ると、プネウマと同様に白く眩い光を放っていた。


 これまで、アークの家や蚤の市で淡く白い光を放つガラクタを見つけたことがある。街の商店なんかでもそういう物を見つけることはできたが、そのほとんどは特別に価値があるものというわけではなかった。

 おそらくだが、一流の職人なんかが丹精込めて作製した物などに一時的にプネウマが宿ったのだろう。腕のいい職人が作ったものか、丁寧に作られた物かを判断するのには役に立つが、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 せっかく鑑定チートで俺TUEEE!冒険譚ができると思っていたのに当てが外れたわけだ。


 しかし、この青貨はそういった物とはわけが違う。プネウマそのものなのだ。

 プネウマを金属に加工する技術がこの世界にある、というのは正直驚きだったが、その方法がどういったものなのかは今のところわからない。色々と試してみたが俺にはできなかった。なので一旦それは保留しておくことにして、青貨が純プネウマだということに着目すると、一つの可能性が浮かび上がる。

 そう、青貨は俺の始原魔法で操れるのだ。そして、その結果が先ほどの青貨の引き寄せだ。

 紛失しても強い光を辿れば見つけることができるし、テーブルの上に置いて動かないように固定することもできる。青貨そのものに防犯対策を施すことができるのだ。他にも、音速を超えた速度で飛ばすことで遠距離攻撃用の武器として利用することもできる。飛ばしたらすぐに回収すればいいし、摩擦で燃えたり、衝撃で壊れたりすることもないので無限に使用できる夢のような金属なのだ。


 頭上でクルクルと旋回する青貨を見ながら、ルシュは感心したように、ブリックは頭で理解しつつも心がそれを拒否するような複雑な表情で俺の説明を聞いていた。


「というわけなんで、これはルシュに預けておくよ」


「え、なんで?」


「青貨十枚。それがルシュの値段だったろ? これはその支払いの第一弾だよ」


「支払いが終わったら縁を切るつもりなんでしょ?」


「バレたか」


「じゃあ、こんな物いらない! えい!」


 ルシュは海に向かって青貨を放り投げる。


「なんてことするんですか!」


 ブリックは慌てて青貨を追うが、そんなブリックを尻目に青貨はビデオの逆再生のようにルシュの手元に戻ってきた。

 ルシュは悪戯に成功した子どものような笑顔だ。

 青貨と始原魔法の性質をきっちりわかっているようでなによりだ。


「ま、ここまでの売り上げの分け前だからさ、もらっといてくれよ。肉串買い放題だぜ?」


 俺はそう言ってルシュに青貨を握らせた。

 例えば俺が急に元の世界に戻ってしまったとき、例えば俺がこの旅の途中で命を落としたとき、俺がルシュに残せるのは金ぐらいしかない。しかし銀行に預けた金は俺にしか引き出せない。

 だからルシュにこの青貨を受け取ってほしかったのだが、それは内緒だ。


「青貨で肉串は買えませんよ……」


 ブリックの疲れたボヤキを掻き消しながら、船は進む。目的地であるワシャはまだまだ遠い。

 俺たちの旅はこれからだ!


クライ編は火・金曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n1886ja/

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