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047.お祭りをあなたへ

 灯篭祭りの最終日。

 今日は祭りのグランドフィナーレとして灯篭流しが行われる。

 せっかくのイベントを見逃す手はないと、俺たちは昼過ぎまでには試作品の製作を終えて、街へと繰り出していた。


「じゃあ僕は買い出しに行ってきますね」


「いいのか? 別に明日にしたっていいんだぜ。せっかくの祭りなんだからゆっくり見て回ればいいじゃないか」


「いいですよ。僕は見慣れてますから。お二人はどうぞごゆっくり」


 幼少期をこの街で暮らしたらしいブリックはそう言い残して駆けて行った。


『これで商品を納める品の良い化粧箱かなんかがあれば完璧だな』


 昨日、試作品が完成した際に俺が溢した言葉を受けて、ブリックがその役目を買って出てくれたのだ。

 ありがたい話ではあるのだが、俺たちが遊んでいるのにブリックだけ働かせるのは心苦しくもある。別に俺がブリックを雇用しているわけではないが、これではブラックとの誹りを免れない。


「ブリックは嬉しいんだよ、きっと」


 小さくなっていくブリックの背中を眺めながら、ルシュが笑った。


「嬉しい?」


「そう。クライはブリックに大切な交渉を任せたでしょ。それが嬉しいって、期待に応えられるようにがんばりたいって、昨日言ってたもん」


「そっか」


 ブリックは自分の力を試したいとずっと思っていたのかもしれない。

 しかし、ブリックは大都市の大店の跡取り息子で、自由に、自分の思うままに挑戦することができないでいた。

 ブリックの親父さんはブリックに期待をしていたし、ブリックはブリックで親父さんのことを尊敬していたのは間違いがないだろう。しかし、互いに尊重していても、親子、それも父と息子だからこそ上手くいかないことがあるのは容易に想像がつく。

 もしかしたら蜜蝋の無茶な仕入れも、親元を飛び出すためのブリックの苦肉の策だったのかもしれないな。


「なかなかかわいいヤツだな」


「そうそう。なかなかカワイイやつなんだよ。育ちも良くて、紳士だしさ」


「へーへー、すみませんでしたね、育ちが悪くて、紳士じゃなくて」


 俺がわざとらしく口を尖らせると、ルシュは笑って俺の顔を覗き込む。


「嫉妬?」


「そうだよ。俺も金持ちの家に生まれたかったなって」


「えー、そっち?」


「そう、そっち」


 今度はルシュが口を尖らせるが、俺はそれに構わずルシュの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ブリックには悪いけど、せっかくだから楽しもうぜ」


 馬車の進入を禁止し歩行者天国となった大通りは、両脇に出店が並び、その間を行き交う人々が埋め尽くしている。

 元の世界を彷彿とさせるような人集りだが、面白いのはそのほとんどが鞄の類を持っていないことだ。これはスリ対策のためだと、出かける前にブリックからアドバイスを受けていた。

 普段はそれなりに治安がよくても、さすがにこれだけの人が集まると不届者も一定数は混ざってしまうのは仕方がないのかもしれない。


「おっと」


 すれ違いざまに人とぶつかりよろめくルシュを抱きとめる。


「あ、ありがと……」


「お、おう……ってか照れるなよ。こっちまで照れちまうじゃねえか」


「て、照れてないよ。あ! あれ食べたい」


 誤魔化すように肉串の屋台に向かってルシュが駆け出す。


「おい、あんまり離れるとはぐれちまうぞ」


 仮にはぐれたとしてもルシュは白髪、俺は黒髪。これだけの人がいても白髪と黒髪は俺たちだけなので互いに探し出すのは簡単かもしれないが、そもそもこんな人混みの中で、はぐれるような行動をとること自体が問題なのだ。


「だいたい一人で行ったって、お前、金持ってねーじゃん……」


 俺はそう独り言ちて、渋々ルシュの背中を追った。


 買い食いをしてはエールを呷り、大道芸人に投げ銭をし、射的で全ての弾を外し、また買い食いをしてはエールを呷り。

 この世界に来て初めての祭りは、ここが異世界であることを忘れてしまいそうになるほど楽しかった。

 時には初々しい恋人同士のように、時には幼子と父親のように、そんなふうに関係性を移ろわせながら、祭りでの楽しいひと時は過ぎていく。


 気付けば早くも夕暮れを迎えようとした。それに合わせるように、人の流れも大通りから河川敷へと移り、青河の水面にぽつぽつと明かりが灯り始めた。

 どうやら灯篭流しが始まったようだ。

 灯篭祭りはもともと慰霊祭であり、本来の灯篭流しは故人を偲んで行われるものだとブリックが言っていた。


 この大陸に限らず、この世界にある四つのすべての大陸は、それぞれがそれぞれの神を崇める一神教だ。青の大陸の人々であれば水の神が唯一の信仰の対象となるわけだが、面白いことに他の三柱の神も水の神の同格の存在として認めている。神の存在が身近なこの大陸ならではの考え方なのかもしれない。

 それはさておき、いずれの大陸においても、人が亡くなったときにはその魂が無事に神の元へと帰れるように葬式をするが、それが終わってしまえば特定の故人を偲ぶことはなく、祈りはすべて神に捧げられるのだそうだ。

 だから、この世界には墓参りという風習どころか、墓そのものがない。人の命とはそこはかとなくはかないものである。

 そういうわけで、故人や先祖の霊を偲ぶこの祭りはこの世界ではとても珍しいものであるらしい。


「ねえねえ、クライ。わたしも灯篭を流したいなあ」


 色とりどりの灯篭を並べた出店の前でルシュが可愛らしくおねだりをした。


「構わねえけど……」


 誰か偲ぶ人がいるのか?

 俺はそう言いかけて言葉を濁す。

 ルシュは孤児で、自分のルーツもわからないと言っていたし、それが触れていい話題なのかどうかがわからなかった。

 ま、細かいことはいいか。それが良いことか悪いことかは別として、この手の祭りは儀式的な意味は薄れ、イベント化しているようなもんだしな。


「よし、それじゃあ俺も買おうかな。何色にする?」


 俺がそう言うと、ルシュはぱあっと顔を明るくして、灯篭を選び始めた。

 川面に浮かぶ灯篭を見るとやはり青色が多いが、中には赤や、黄色、緑なんかも交じっている。それぞれが信仰する神や故人の髪の色なんかに合わせているのだろう。


「うーん、悩むけど、やっぱりシンプルに白かな」


「ルシュが白なら俺は黒か」


 二人の髪の色だ。単純だがやっぱりそれが一番しっくりとくる。


 灯篭流しの順番待ちの長蛇の列に並び、ようやく順番が回ってきたときにはすでに日は沈んでいた。

 でも、かえってそれがよかったのかもしれない。目の前には幻想的な風景が広がっていた。

 水面に無数に浮かぶ灯篭の灯りは散りばめられた宝石のようだ。


「綺麗だね……」


 手にした灯篭の灯りが薄化粧をしたルシュの顔を柔らかく照らしている。


 君の方が綺麗だよ――


 本当にこんなことを言うヤツが実在するのかどうかはわからないが、そう言いたくなる気持ちはわからないでもない。

 もしここが元の世界で、隣にいるのがまだ見ぬ彼女だったら、あるいは、俺がこの世界に残る覚悟を決めていたとしたら、もしかしたら、恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言う恥ずかしい男第一号に認定されていたかもしれない。


 水面に灯篭を静かに置いたルシュは、両手で指を組んで祈りを捧げている。

 ルシュは今、何を思って、誰を想って祈っているのだろう。

 隣でそんなことを思いながら、ルシュに倣って祈りを捧げる。


 いつか来るであろう元の世界に帰るそのときまで、今日のような素晴らしい日々がこれからも続いてほしい――

 そんなわがままな願いを乗せて、二つ並んだ白と黒の灯篭は河の流れに身を任せ、ゆっくりとゆっくりと流れて行った。


クライ編は火・金曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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