044.敗北感をあなたへ
再会を祝した懇親会の翌日。
俺たちは早速朝一から行動を開始した。
灯篭祭りが終わるまでには仕事の段取りをつけておく必要がある。できれば今日中にある程度の目途を立て、明日のグランドフィナーレをゆっくりと堪能したいものである。
今日は珍しく俺とルシュは別班での行動だ。
ルシュにはブリックと一緒に俺が指示した物の仕入れ交渉に向かってもらっている。これは時間の節約というのもあるが、ブリックの実力を図るというのも目的の一つだ。
当たり前の話だが、俺たち行商人にしろ、店を構える商人にしろ、全ての仕事の始まりは仕入れからだ。良い物を、時期を逸せず、必要な分だけ、できるだけ安く仕入れることで、俺たちの商売は成り立っている。
とは言え、今回仕入れる物は全て俺が指定しているので、ブリックに求めるのはできるだけ安く仕入れることのみ。つまりは、彼の交渉力を試しているというわけだ。
一抹の不安がないわけでもないが、多少利益が目減りすることぐらいは織り込み済みだし、ルシュが付き添っているので大丈夫だろう。何だかんだで俺はビジネスパートナーとしてのルシュを信頼しているのだ。
さて、一方の俺はというと、単身、ルーベニマ商会ウォルタン支店に乗り込んでいた。
「ようこそおいでくださいました、クライさん」
出迎えてくれたのはタイトなビジネススーツに身を包んだ青髪の女性だった。年の頃は四十ぐらいだろうか、バリキャリという雰囲気だが物腰は柔らかで、いかにも有能そうな人物だ。
「ルーベニマ商会ウォルタン支店で支店長をしております、エリスと申します。以後お見知りおきを」
いきなり支店長が出てきたことに驚きつつも、俺は努めて冷静に挨拶を返す。
「行商人をしておりますクライと申します。本日は突然の訪問にもかかわらずご対応いただき、ありがとうございます」
「スタークから話は伺っておりますわ。さあさ、お掛けになって」
促されるまま豪奢な応接室の高級ソファに腰をかけると、早速俺は持参していた小袋をエリスへと手渡した。
「些細な物ですが、ご挨拶の品です」
「まあ、お気遣いありがとうございます。もしかしてこれが噂の?」
「ええ。砂糖です」
砂糖を受け取ったエリス支店長は、一言断りを入れてから、一つまみだけ口へと運ぶ。
「うっとりとするような味わいですわ。スタークが熱を入れるのも頷けますわね。もっともスタークがご執心なのはこの砂糖ではなく、あなたに、ですけどね」
にっこりと笑うエリス支店長。
作り笑いではないのだが、どこか俺の反応を確かめているようにも、俺のことを品定めしているようにも感じられる。
やっぱりルシュに付いてきてもらえばよかったかな――って、そんな弱気じゃいかん。
圧倒的に格上の商人を前にしてつい委縮してしまいそうになるが、あくまで対等な関係として、『友人』として俺はここに来ているつもりだ。
「それで、クライさん。今日はどのようなご用向きでいらしたのでしょう?」
「昨日ウォルタンに到着しましたので、まずはご挨拶を、と思いまして」
「それはわざわざご丁寧にありがとうございます」
「その上で、私たちは灯篭祭りの後、一つ大きな商いを考えていまして、もしよろしければ、ルーベニマ商会様にもご参画いただければと」
俺がそう言うと、エリス支店長は綺麗な笑顔はそのままに、目の光の鋭さを増した。
「それは『友人』としてお誘いくださっているのかしら?」
その問いに俺は黙って頷いた。
一行商人と大商会が『友人』としての関係を成立させるのは通常では考えられないことだ。そんな関係が始まったのはルーベニマ商会スーイ支店でのスタークとの商談がきっかけだ。
もともとスタークは俺たちとの専属契約を望んでいたわけで、『友人』という落としどころで落ち着いたのは、あの場でのルシュの発言があったからこそ。つまり、『友人』という関係での決着は少なくともあの時点ではスタークの独断であったわけで、それがルーベニマ商会全体としての共通認識となっているのかはわからなかったのだ。
もし俺たち側とルーベニマ商会側での認識の違いがあれば、それは将来必ず不利益を生むことになる。
今日俺がここに来た目的は、俺たちとルーベニマ商会との関係性の確認が第一で、商談は二の次でもよかったのだ。
「そうご心配なさらずとも結構ですよ」
俺の心を見透かしたかのようにエリス支店長が笑った。
その笑顔が先ほどまでよりも幾分か柔らかいのは俺の勘違いではないようだ。
「我々に利益をもたらすのは『もの』ではなく『ひと』です。この考えは私共ルーベニマ商会の経営理念でもありますの。ですから、クライさんが『友人』として話を持ち掛けてくださるのなら、私共も『友人』としてそれをお伺いしたいと思いますわ」
「ありがとうございます。そのお言葉を聞けて安心しました」
俺は素直にそう言った。
スタークを疑うわけではなかったが、話が正しく伝わっていたことにはひとまず安心だ。
もっとも、俺の思う友人としての関係性と彼らの思うそれに齟齬がある可能性は多分にあるが、少なくとも俺たちが彼らに従属する関係でないということさえわかれば十分だ。
俺としては、旅をするのに十分な取り分さえ確保できれば、利益の大半を譲ってもいいと思っているぐらいだ。それよりも、今回この街に来たときのように、宿の確保なんかで困っているときなんかにちょっとした便宜を図ってくれたりする方が助かったりするってもんだ。
「それで、具体的にはどういったお話なのでしょう?」
ここからが本番だとばかりにエリス支店長が身を乗り出してくる。
「近日中にある商品の販売を考えています。これはあくまで私の予想ですが、潜在需要は大きく、市場に投入できれば大きな利益になるものと見込んでいます」
「その『ある商品』というのは、先日の砂糖のように全く新しい商品だと思っていいのですか?」
「少なくとも私の認識ではそうです」
類似品はあるが、同じ物をこの世界で目にしたことはない。だからこそ潜在需要があると考えたわけだ。
「現物をご覧いただくのが一番なのですが、まだサンプルができていませんので、できれば三日後に改めてお時間をいただければと思っているのですが」
本当は今日サンプルを持参できれば一番良かったのだが、昨日の今日でまだ準備ができていない。実物がないのであれば口頭で細やかに説明をするべきなのだろうが、それよりも実物を実際に手にしたときのインパクトを大切にしたい。
「もちろんクライさんとのお約束であれば、万障繰り合わせて時間をとらせていただきます。しかし、そのお話の中で私共はどのようにお役に立てばよろしいのでしょう?」
「私たちは販路を有していませんし、大量生産をするための設備も人も擁していません。生産と流通、この部分でルーベニマ商会様のご協力をいただければ、と」
「クライさんが新商品のアイデアと製造方法を私共に開示し、それをもとに私共が製造と流通を請け負う、ということですよね。しかし、それではクライさんにとって不利な結果となってしまうかもしれませんわよ?」
「承知しています」
不利な結果とは、ルーベニマ商会が全ての利益をさらってしまうことを指しているのだろう。
おそらくだが、この世界には特許という概念が存在しない。だからこそ重要な技術は門外不出であり、ひとたび技術が流出してしまえば他者に対する優位性はあっという間に失われてしまう。
そして、そこにこの世界の製造業の限界がある。
技術の流出を恐れれば、必然的にその製造規模は小さくなってしまうのだから。
だったら最初から技術そのものを、知的財産を商品として売ってしまえばいい。
「つまり、商品のアイデアと製造方法を私共に買い取ってほしいと思っていらっしゃるのですね?」
さすがだ。話が早くて助かる。
「承知いたしました。その話、お受けいたしますわ」
「え?」
耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
ここまでの話の中で、俺はまだ何も説明していないに等しい。商品が何なのか、技術的に製造は可能なのか、製造にどれだけコストがかかるのか、そんな重要なことが何一つわからない中の即断即決はいくらなんでも雑過ぎるだろ……
「い、いえ、ご協力いただけるかどうかの判断は現物を見ていただいてからで結構ですので……」
「まだ見たこともないような新しい商品を持ち込んでいただけるのでしょう?」
エリス支店長がにやりと笑う。
「それはそうですが……」
「そして私共がこの話を受けなければ、クライさんは他所の商会にこの話を持ち込まれる」
「…………」
「いいえ、責めているわけではありませんの。クライさんが友人として最初に私共にご相談いただいたことに感謝しているのです。でしたら、それがどのような物であれ、逃す前に手を伸ばすのが商人の本分であり、友人としての誠意ですわ」
利益が出ることは確信しているような言い振りだ。それは俺のことを信頼しているというようよりも、たぶんまだ俺のことを試しているということなのだろう。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ。新しい商品を楽しみにしていますわ」
俺が右手を差し出すと、エリス支店長が余裕の笑みでそれを握り返してくれた。
今回の商談も成功裡に終了した。そう、全ては俺の思い描いたとおりに上手くいった。
そのはずなのに、どこか釈然としない。彼女の手のひらの上で躍らせれていたような気分だ。やっぱり商人っていう生き物は怖いな……改めてそう思わされたのだった。
クライ編は火・金曜連載です。
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