042.収穫をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【クライ編】です。
「はあ……やっちまったぜ……」
あの後すぐに現場を離れた俺たちは、逃げるように集会所へと戻って来た。
「大丈夫か、ルシュ?」
「なんとか……」
極度の緊張に晒されていたからか、ルシュは青い顔をしてぐったりとしている。
「とりあえず水をもらってくるよ。ルシュはここにいてくれ」
立ち上り、どこかで水をもらえないだろうかと辺りを見回す。そのとき俺の目に飛び込んできたのはルーアだった。
集会所の入り口に立ち、キョロキョロとしながら人を探しているようだ。十中八九俺を探しているのだろう。
あ、やべ……目が合った。
ルーアは俺を認めると、こちらに向けてずんずんと歩いてくる。
俺は慌ててその場に屈んで身を小さくするが、時すでに遅しだった。
「おい」
正面に立ったルーアは、腕を組み、不機嫌そうな顔で俺を見下ろしている。
「や、やあ。君は確かルーア君だったかな? 魔物の討伐の方はどうなったんだい?」
「とぼけるんじゃねえ。あそこにいたのはアンタだろ?」
「さ、さあ? 何のことだろう?」
「だからとぼけるんじゃねえっつーの。他に黒髪なんていないだろうが」
チッ。バレてるか……
「討伐の邪魔をしたんだったら申し訳ない。何か商売のタネにならないかと思ってさ。商人の悲しい性ってやつだよ」
開き直った俺が白々しい嘘をつくが、腰を落として俺を睨むルーアにそんな与太話を信じる様子はまるでなかった。
「アンタ、いったい何をしたんだ?」
「え? 何も? 強いて言えば、邪魔をしただけかな」
「首を狙えと俺に指示したのはアンタだ。アンタが何かをしたのは間違いがないはずだ」
「俺はしがない行商人だよ。それに黒髪だ。俺なんかに何かできるはずないだろう?」
始原魔法のことは他言しない方がいい——というのがロッサからのアドバイスだった。
黒髪が魔法を使えるというだけでも信じがたいのに、始原魔法は俺以外の誰にも見えないのだから、俺が魔法を使えると言っても笑い話にもならない。
信じる者がいたとしたら、むしろそっちの方が厄介で、無用なトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。
自分やルシュ、場合によっては周りの誰かの命が脅かされているときは例外だとしても、ロッサに言われるまでもなく、そもそも始原魔法のことを披露するつもりも口外するつもりもない。
だからこそこうしてしらを切っているのだが、ルーアは俺が何かをしたのは確定事項であるかのように俺に詰め寄ってくる。
そうして作り笑いとしかめっ面でしばらく睨み合いをしていると、急に集会場に歓声が沸き上がった。どうやら、アーマーボアの巨大種が討伐されたことが伝わったようだ。
「こら、ルーア! こんなところで何してる!」
「痛ってー! 何すんだよ、じいちゃん!」
歓声の中でもなお俺を睨み続けていたルーアの頭に祖父の拳骨が落ち、ルーアは涙目で口を尖らせる。
「お前が来んと報告ができんだろうが」
「ちょっと待ってくれよ。俺はコイツに話が——」
ルーアは抵抗を試みるが、それも空しく祖父に首根っこを掴まれて引き摺られていく。
ルーアの祖父は俺を一瞥しただけで、特に気にした様子はないようだった。
ふう……助かった。
どうやらルーアの祖父は俺たちには気づいていなかったようだ。
「おい! 話は終わってねえからな! 後から行くから待って——」
捨て台詞を残し、引き摺られながら集会所を出て行くルーア。
もう会うこともあるまい——俺は作り笑いのまま、小さく彼に手を振ったのだった。
⚫︎
集会所を後にした俺たちは、ダンテの家で厄介になることになった。
「花を全部買い取ってくれるんだから、これぐらいのことはさせてほしい」
あくまで対等な取引だからと一度は固辞したのだが、ダンテがそう言って何度も頭を下げるので、結局は彼の厚意に甘え、コマチバナの回収が終わるまでの間、寝床と食事の提供を受けることになったのだった。
そして三日後、ダンテの家の前の畑には、ダンテを含むコマチバナ農家四軒から集められたコマチバナが山と盛られていた。とはいえ花の形を保っているものはほとんどなく、土や泥に塗れ、葉も茎も根も付いたままだ。
「とりあえず言われたとおり集めてみたんだが、本当にこれでいいんですかい?」
「ええ、ありがとうございます。ここから花弁の部分だけ回収させてもらいます。残った部分の処分はお願いしてもいいですか?」
「そりゃあ、構わんですけど……」
ダンテが心配そうに花の山を見遣る。
まあ、それもそうだろう。この中から花弁だけを回収しようなど、まさに労多くして功少なし。人手も時間もいくらあっても足りないだろう。
「とっておきの方法があるんですよ。ただ、人にはお見せ出来ない商売上の秘密ですので、申し訳ありませんが、ダンテさんたちには日暮れまで村の方で時間を潰してもらえればと思ってるんですが」
「わかりました。『狼の恩返し』ってわけですね」
秘密を暴けば、せっかく得られるはずだった利益が台無しになる——どうやら鶴の恩返しに似た御伽噺がこの世界にもあるようだ。
それにしても、狼は嫌われ者だと思っていたが、恩返しの逸話があるとは少し意外だった。
それはさておき、せっかくの商談が台無しになっては困ると言って、ダンテは俺の申し出を承諾してくれた。
「ねえ、秘密の方法って?」
ダンテ一家を見送った後、早速ルシュが疑問を投げかけてくる。
「そうだな、ルシュにはちゃんと説明しておかないとな」
ゴクッチ河での巨大種討伐の後、俺は始原魔法についてルシュに説明をしていた。とは言っても、人の目には見えない魔法を使うことができる——という程度の簡単なものだが、少なからず魔物と戦く力があるというのを伝えておけば、無用な心配を生まずに済むと思ったからだ。
しかし、俺は人前では魔法は一切使わないし、ルシュの前で使うのも飲み水確保のための始原魔法洗濯のみ。どちらかと言うと、前回のスピノタートル戦と今回のアーマーボア戦のように、戦闘の際に使ったことの方が印象に残っているだろうから、ルシュが俺の始原魔法を戦闘用の魔法だと思い込んでいるのは仕方がないことだろう。
俺に言わせれば、始原魔法洗濯を見てもわかるように、始原魔法はむしろ日常生活を便利かつ快適に過ごすために活用すればこそ輝くものなのだが、トウキビから砂糖を精製したところを見ていないルシュからすれば、これから俺が何をするのか想像もできないといったところだ。
そう。俺が今から行うのは砂糖の精製を行ったときと同じ作業、いや、それよりもはるかに簡単なお仕事だ。
「うそ……」
目の前でひとりでに浮かぶ大量のコマチバナにルシュが目を見張る。
そうしてルシュが驚いている間にも、泥汚れや葉、茎などの不要な部分が全て取り除かれたコマチバナの花弁のみの小さな山が出来上がった。
「さてと、お次は」
俺は再び花弁の山に意識を集中する。
今度はさっきまでの不要物の仕分けよりもやや何度が高い。しかし、旅の道中でも密かにプネウマ操作の練習を重ねてきた俺にとっては最早朝飯前の作業だ。
小さなふわふわした粒が花弁の山に集まり、白く強い光を放っている。
もちろん、それが見えているのは俺だけで、ルシュには全く見えていない。
初めのうちは何をしているのか理解できていなかったルシュも、花弁が徐々に皺枯れ、山の体積が徐々に減少し始めると、「すごい……」と小さく感嘆の声を漏らした。
「い、今の、どうやったの?」
「魔法を使って水分を飛ばしたんだよ」
プネウマを操作して水を抜き取っただけだ。効果としては水魔法の乾燥と同じ。
俺は水魔法を使えないから本当のところはどうかはわからないが、おそらく原理としては始原魔法も水魔法も同じなのだと思う。
「信じられない……」
実際に目の当たりにしてもなおそう思わざるを得ない程度には一般の常識からはかけ離れているのだろう。
水魔法はどんな効果をもたらすものであっても、その発現に際しては何らかの形で水を伴うものらしく、そしてそれは、火、風、土のいずれの魔法であっても同じなのだそうだ。
しかし、始原魔法にはそれがない。魔法が発現しているかどうかもわからないうちに、いきなり結果だけが突きつけられるのだから、驚くのも無理はないだろう。
まあ、俺に言わせれば、始原魔法ほど過程がはっきりわかる魔法はないんだけどね。
最終的に出来上がったのはコマチバナのドライフラワー、大袋にして五十袋分。十分な量は確保できたと思う。
よし、最後にもう一丁、ルシュを驚かせてやろう。そんな悪戯心で麻袋に意識をやると、中身の詰まった麻袋が一斉に宙に浮き、一列に並んで馬車の荷台に自ら乗り込んでいく。
「…………」
最早言葉を失ったルシュは、呆然としながらただその光景を眺めているだけだった。
「いったいどんな魔法を使ったんですか?」
帰って来たときのダンテの驚きの言葉はまさに言い得て妙だった。
もちろん「始原魔法です」なんて俺が答えることはないし、ダンテも深く追求することはなかった。大事なのは、俺がどんな方法で事を成したかということではなく、納品が無事に果たされたということなのだから。
その晩は、ダンテ一家を含め、コマチバナ農家の皆さんとの酒宴で盛り上がり、翌朝にはキッザヤ村を後にした。
トラブルに巻き込まれてしまったが、なんとか怪我無く乗り切ることができたし、本来の目的である仕入れも上手くいったのでよしとしよう。
「ありがとう! おにいちゃん!」
別れ際のフルルの笑顔を思い出し、ルシュがふふっと笑い、俺も笑顔を作る。
さあ、次の目的地はレガーナ州最大の都市ウォルタン。
俺たちの旅はこれからだ!
打ち切りエンドっぽいですが、まだまだ続きます。
クライ編は火・金曜連載です。
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