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041.支援をあなたへ

手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n1886ja/


※こちらは【クライ編】です。


 いくつかの細かい打ち合わせをして、そろそろお暇しようとしたときだった。


 カーン、カーン、カーン……


 村に大きな鐘の音が響き渡った。


「あ、あんた!」


 ミラが切迫した表情でダンテの肩に縋り、ダンテは娘を腕に引き寄せる。


「これは……?」


「緊急警報です。村の近くまで巨大種が迫ってきているのかもしれません。急いで集会所まで避難しましょう」


 ダンテはそういうと取る物もとりあえず妻と娘を伴って家を飛び出した。貴重品なんかを掻き集めている暇などない。家も畑も金も、すべては命あっての物種だ。


 俺とルシュもダンテに続いて村の中心部にある集会所へと向かう。


「お山が動いてる!」


 大人たちが皆絶句する中、素直な感想を口にしたのはフルルだった。


「でか過ぎる……」


 フルルの言葉は誇張でもなんでもなく、まさに『山』だ。体高十メートルいやそれ以上はあるだろうか。アーリムで見たヌードラビットの巨大種が可愛く思えるほどの巨体だ。

 ダンテや他の農家には悪いが、先日出現した場所が農地だったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。もし村の中心部に出現していたら、この村は壊滅していただろう。


 集会所で身を寄せ合う村の人々は恐怖で震え、子どもの泣き声に交じって大人の啜り泣きも聞こえてくる。


「大丈夫だ。村に残った冒険者たちがきっと何とかしてくれる」

「で、でもよお、討伐に向かった冒険者たちはみんなやられちまったって話だぜ」

「こんなところでみんな集まってたら全滅するんじゃないか?」

「そ、そうだ! みんなバラバラに逃げた方がいいんじゃないか?」


 村人たちの不安と焦りがあちこちで上がっている。

 確かに散らばって逃げれば、犠牲者は出るだろうが、少なくとも全滅は免れるだろう。一方で、彼らを守る冒険者の立場からすれば、保護対象が分散してしまうのは都合が悪い。

 どちらが正解とも言えない難しい問題だが、このままの状況が続けば、村人たちは恐慌状態に陥って収拾がつかなくなってしまうかもしれない。

 避難のときは、慌てず、焦らずと言うが、いざ恐怖の対象が目の前に迫れば、そんなことなど言っていられないのが現実だ。


「ど、どうしよう……クライ」


 ルシュが不安気な瞳で俺を見る。

 しかしその瞳は、ただ不安だけを滲ませているのではなく、『どうにかできないか?』という期待を湛えていた。


 ルシュは俺が魔法を使えることを知っている。そして、ゴクッチ河でスピノタートルの巨大種を打ち倒したことも。


「言っとくけど、俺は冒険者じゃないんだから、最前線に立つのはごめんだぜ?」


 身体能力は並みかそれ以下。巨大種と言わずとも、魔物と真っ向から立ち向かえば、死あるのみ。ゴクッチ河のときは単に運が良かっただけだ。

 ただ、そんな俺でも、始原魔法による後方支援ぐらいならできるだろう。戦わずに済むのならそれが一番だが、このままここで待機していても状況が良くなるわけではないことは明白だ。


 俺が溜め息とともに立がると、ルシュもそれに合わせて立ち上がった。


「わたしも行く」


「いや、ルシュはここにいろ」


 ここが安全というわけではないが、魔物に近づくよりははるかにましだ。


「ううん。わたしはクライのお守りだからそばにいる」


 この前もそうだったが、ルシュは『お守り』という設定にやけにこだわる。

 神の巫女を自称しているだけあって、その祈りによって本気で『お守り』という役割を果たそうと思っているのかもしれないが、俺としては正直ルシュには安全な場所に避難していてほしい。

 しかし、どうやら互いの主張をぶつけ合っている暇はなさそうだ。

 ついに、魔法の炸裂音と魔物の雄叫びが響き始めた。


「絶対に俺の傍を離れないこと。わかったな?」


 俺はそう念押しをすると、ルシュが頷くのを確認して、二人連れだって集会所を駆け出した。


水魔法水壁ウォール!」


 老婆というにはまだ早い青髪の女が叫ぶとアーマーボアの正面に高い水の壁が出現する。

 それに阻まれた巨大イノシシはその歩みを止め、方向転換を図る。


「ルーア! 正面に立つな!」


 こちらも老人というにはいくらか早い男が剣を構えたまま叫ぶ。


「わかってるよ、じいちゃん!」


 少年剣士が即座にアーマーボアの側面に回り込み、そのまま撫で斬りにする。

 しかし、アーマーボアの体躯には傷一つ付いていない。


「当てたら即退避だ!」


「わかってるって!」


 ルーアがアーマーボアと距離をとったところで、すかさず水の槍が巨大イノシシへと降り注ぐ。


 今、目の前でアーマーボアと応戦しているのは、今朝出会った冒険者パーティを含め、十二名の冒険者たち。

 彼らの陣形を見るに、アーマーボアの村への侵入を阻止し、村から引き離すように誘導することが目的のようだ。


「お、大きい……」


 ルシュが呆然として呟く。


 俺たちは交戦中の彼らとは十分距離をとり、木陰に身を隠しながらその様子を窺っている。それでも、アーマーボアの巨体は体の芯まで恐怖を叩き込むのに十分なほど大きい。

 そんな巨大な魔物に直接対峙している冒険者たちには尊敬しかないが、彼らがいかに勇猛であったとしても、このままでは状況はジリ貧だ。剣も、魔法も、冒険者たちの攻撃がまるで通っていないのだ。


「じいちゃん! 援護を頼む!」


 ルーアが叫ぶと同時に、彼の持つ剣に白い光が集まり、やがて剣は青く猛る水に纏われた。

 ルーアの祖父が敢えて正面に立ち、アーマーボアの注意を引く。


「おらあぁぁあ!」


 そうしてできた一瞬の隙に、ルーアが渾身の一撃を叩き込んだ。


 俺はこの技を知っている。

 ヌードラビットの巨大種を討伐したときに、ラッツが見せたものと同じだ。

 もっともその威力は比べるまでもなく、あるいはラッツであれば、今の一撃で巨大イノシシの首を刎ねていたかもしれない。


「ちくしょう!」


 首の皮すら傷つけることができずルーアが悪態をつくが、その油断が命取りだった。

 おもむろに振り回したイノシシの頭がルーアに迫る。


水魔法水壁ウォール

始原魔法光盾シールド


 ルーアの祖母の水魔法と俺の始原魔法がほぼ同時に発動する。

 水壁と光盾のどちらが効いたのかはこの際どうでもいいとして、間一髪のところで魔法の壁がヘッドバッドを阻み、巨大イノシシは「プギィ!」という呻き声を上げて悶絶した。

 しかし、それがアーマーボアの怒りに火を点けてしまった。

 アーマーボアの攻撃は苛烈さを増し、冒険者たちはいよいよ防戦一方だ。

 村から遠ざけるという彼ら目的の達成は最早見込み薄で、今にも村に足を踏み入れられかねない。


「ク、クライ……」


 不安に駆られたルシュが俺の袖を引く。

 しかし、俺はそれに応えない。打開策を考えているのだ。


 今朝話を聞いたとおり、そもそもアーマーボアの毛皮は硬いのだろう。ちょっとした剣戟や魔法なんかはその毛皮だけでも弾き返すことができる。

 しかし、ついさっきルーアが放った技——あの水を纏った魔法剣は、本来であればアーマーボアの首を斬り落とすのに十分な威力を有していた思う。それを阻んでいるのは巨大種の体躯に纏わりついている黒い靄だ。

 俺の目には、あの黒い靄が剣に纏った水魔法を相殺しているように見えた。

 魔法剣は、黒い靄を通過する頃には単なる剣へと戻り、だからアーマーボアを傷つけることができなかったのではないか。


「つまり、邪魔なのはあの靄ってことか」


 そう呟くのと同時に、俺はあることに思い至った。


 邪魔なら取り除けばいいんじゃないか——


 俺はあの黒い靄が見えるだけではなく、触れることもできる。実際にアーリムの街では、ヌードラビットやアイリスの瞼に纏わりつく黒い靄を引き剥がしたりもした。

 しかし、暴れまわるあの巨大イノシシに接近し、黒い靄を剥がすのは現実的ではない、というか俺には不可能だ。


 だったら、白い光と同様に、あの黒い靄を俺の意識一つで操ることはできないだろうか。


 俺は長杖を両手で構え、アーマーボアの体表で蠢く黒い靄に意識を集中する。


 ベリ、ベリ、ベリ——


 実際にそういう音が聞こえるわけではないが、まるでマジックテープを剥がすような感覚とともに、黒い靄がアーマーボアから離れていく。それに合わせて、アーマーボアが苦悶の声を上げる。


 いける——!


 しかし、そう思ったのも束の間、黒い靄は剥がれたそばから、アーマーボアへの体表へと湧き上がってきた。


 なるほど、あの靄は単に表面にへばり付いているのではなく、体の中から湧き出ているわけか。

 そうであれば、ゆっくりと悠長に剥がしていては埒が明かない。だったら——


 その瞬間、背筋に悪寒が走った。

 俺と巨大イノシシの目が合う。どうやら本能的に攻撃の位置を察したようだ。


「ルーア! さっきの技で首を狙え!」


 俺は身を隠すのを諦めて姿を現すと、ルーアに向かって叫ぶ。

 チャンスは一度きり。やるなら局所を一気に攻める。後はルーアを信じるしかない。


 焦りと恐怖を気力で押し込めて、俺は長杖をアーマーボアに突き出す。アーマーボアの首筋から一気に黒い靄が剥がれていく。しかし、まだ足りない。それに負けじと靄は次から次へと湧き出してくる。

 痛みに呻きながらも、それでも止まらずアーマーボアは俺たちへと向けて突進してきている。


 ダメか……


 ほんの一瞬だけそんな弱気がよぎったが、俺はすぐに頭振る。

 俺の後ろではルシュが指を組んで祈ってくれている。だったら俺も約束を果たさないといけない。


 ルシュを守る!


 そう決意を新たにすると同時に、俺の体を温かな白い光が包み、アーマーボアから黒い靄が一気に剥がれ落ちる。

 そして——


 ザシュッ!


 肉を断つ斬撃の音が響く。

 イノシシの頭が宙を舞い、司令塔を失った体が地面を滑る。


「ちょ、ストップ、ストップ!」


 迫り来る巨大質量。

 死ぬ。アレに轢かれたら絶対に死ぬ。


「お願い! 止まって——」


 あ、そうか。


 巨大なイノシシの骸が轟音を立てて急停止した。


 「た、助かった……」


 白く輝く盾を前にして、俺は安どのため息とともに腰を抜かしたのだった。


来週7/30と8/2の更新は夏休みのためお休みします。

再来週から再開しますのでぜひまたお越しください!


クライ編は火・金曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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