040.買い付けをあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【クライ編】です。
村で唯一の宿周辺の通りをゆっくりと歩く。
巨大種が出たというのでさぞ混乱しているだろうと思っていたが、宿も、向かいの商店も、隣の食堂も通常どおり営業している。
内心では不安も大きいだろうが、それでも日々の営みを続ける村の姿には感心する。
人探しとは言っても、とりあえずできることはこうして通りをぶらつくことだけ。
顔しか知らない相手が向こうからやってくるのを待つしかないのだ。
「昼過ぎても見つからなかったら、そこの商店で尋ねてみるかな」
そう独り言ちたちょうどそのときだった。通りの向こうから手を振りながら駆けてくる一人の少女が見えた。昨日の花売りの少女だ。
「おじさん、おねえちゃん、昨日はありがとう!」
俺たちの傍まで駆け寄ってくると、少女は元気よく笑った。
「お、おじさんじゃなくて、おにいさん、ね?」
だいたい俺が『おじさん』で、ルシュが『お姉さん』なのが釈然としない。同い年なんだから俺がおじさんなら、ルシュはおばさん——そう思いかけたところで、隣に立つ冷たい笑顔から強烈な殺気を感じて俺は即座に思考を止めた。
「おはよう。今日はお花は売ってないの?」
ルシュは腰をかがめて少女へと温かい笑顔を向けた。
「うん。昨日全部売れたから」
「それは残念だな。綺麗な花だったからもっとたくさん欲しいと思ってたんだけど」
俺がそう声をかけると、少女は暗い顔をして俯いた。
「お花はもうないの。魔物に畑を荒らされちゃったから」
人死には出ていないとは聞いていたけど、こういったところで被害が出ているわけか……
一次産業が主体の村としては由々しき問題だな。
「なあ、ルシュ」
俺はルシュに耳打ちをする。
「家に案内してもらえるように頼んでくれないか?」
「クライが探してる人ってこの子だったの?」
「ああ。この子の家の人と話がしたいんだ」
「いいけど、自分で聞けばいいのに」
そうしたいのは山々だが、仮にも『おじさん』が幼女に家を教えてくれって言うのはどこか犯罪臭いし憚られる。警戒され、断られてしまったら困るし、ここは『おねえさん』の出番だ。
「おねえさんはルシュっていうの。こっちの『おじさん』はクライ。あなたのお名前を聞いてもいいかな?」
「フルルだよ」
ルシュが優しく尋ねると少女も笑顔で答える。
そうか。まずは自己紹介だよな。俺だったら、いきなり家の場所を尋ねてめちゃくちゃ警戒されていたかもしれない……
「フルルちゃんか。よろしくね」
ルシュがフルルの頭を撫でると、フルルは嬉しそうに目を細める。すっかりルシュに懐いているような感じだ。
「それでね、フルルちゃん。わたしたち、お花を買いにこの村まで来たの。だから、フルルちゃんのお家の人とお話したいなって思ってるんだけど、いいかな?」
「うん!」
フルルは大きく頷くと駆け出した。そして少し行ったところで立ち止まると俺たちに向かって手を振った。
「ついてきて!」
フルルに案内されたのは俺たちが野営をしたのとは反対方向の村外れ。
そこには広大な農地が広がっていた。しかし――
「ひどい……」
ルシュは目の前に広がる光景を目にすると、そう呟いたきり絶句した。
本来であれば収穫期を迎えているであろう作物はぐちゃぐちゃに踏み荒らされ、整えられているべき畑は波打つように隆起している。
村の畑で巨大種が暴れまわったとは聞いていたが、実際に目にするとあまりにも無残だ。
「ようこそいらっしゃいました」
日本の田舎の農家の家は大きな屋敷であることが多い。世界が変われど、フルルの家もその例に漏れず立派な屋敷だった。
門扉のところまで出迎えにきてくれたフルルの母親と思しき女性は、俺たちよりは幾分年上で、日に焼けた浅黒い肌をしているものの、フルルと同じく整った顔立ちをしていた。
笑顔を作ってはいるが、その顔には疲れが色濃く浮かんでいる。
「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。行商人をしているクライと申します」
「ルシュと申します」
「フルルの母のミラです。昨日は娘の花をすべて買っていただいたとのことで、本当にありがとうございます。何もお構いはできませんけど、どうぞ中へ」
互いに簡単な自己紹介と挨拶を済ませた後、ミラは俺たちを家の中へと招き入れてくれた。
「花の買い付けに来られたのでしょう? 生憎、主人が寄り合いで村の集会所に出てまして。申し訳ありませんけど、もう少々お待ちくださいね」
花の香りがする紅茶を淹れながら、ミラが申し訳なさそうにそう言いながら、開け放たれた窓から外を見遣る。
「もうすぐ収穫だったんですよね?」
「ええ……今日、明日にでも始めようかと話していたところだったんですけど」
これではとても売り物にならないだろう——言葉にしなくとも、そんな胸の内がひしひしと伝わってくる。
俺は鞄から昨日買った花を取り出した。少し萎れてしまったが、オレンジ色をした綺麗な花だ。
「育てていたのはこの花ですよね?」
「はい。コマチバナはこの村の特産ですので」
「綺麗な花ですね」
「ふふふ、そうですね。でも観賞用じゃありませんよ——って、商人さんならそんなことご存知ですよね」
そんなやり取りを交わす俺たちの隣では、ルシュとフルルが手遊びをしている。
アルプス一万尺のような感じで、二人とも最初から知っていたようなので、この世界では有名なものなのだろう。
そしてしばらくたった頃、ガラガラと音を立てて玄関の引き戸が開かれた。
「ただいま」
「おとうさんだ!」
声を聞きつけたフルルが玄関へと飛んでいく。
そうしてフルルに手を引かれながら居間へと入って来た男は、いよいよくたびれきっていた。
「ああ、お客さんでしたか」
この家の主人は俺たちを認めると、丸めていた背中を少しだけ伸ばして居住まいを正した。
「勝手にお邪魔しており申し訳ありません。行商人のクライと申します」
「ルシュです」
俺とルシュも立ち上がり会釈をする。
「ご丁寧にどうも。ダンテという者です。どうぞお掛けください」
ダンテは俺たちに着座を促すと、自らも俺たちの正面に腰かけ、ふう、と一息ついた。
「お待たせしてしまったみたいですみませんね」
「いえ、この状況ですので。こちらこそ大変なときに押しかけてしまってすみません」
社交辞令にも似た挨拶を交わした後、早速本題へと入る。
「ご用件は——と聞くまでもなく、花の買い付けにいらしたんですよね?」
「はい」
俺が頷くと、ダンテは「はあ」と小さく息を漏らした。
「ありがたい話なんですが、見てのとおりこの状況でしてね」
ダンテは最早窓の外を見遣ることもない。
「うちにはもう売り物になる花はないんですよ」
「大変お気の毒ですがそのようですね。では、他にコマチバナを栽培されている方をご紹介いただくことはできますか?」
「……構いませんけど、うちの他に三軒ほどありますがね、どこもうちと同じ状況なんで、あまり期待はしない方がいいかもしれませんよ」
「同じ状況というのは、魔物に踏み荒らされているということですか?」
俺の問いにダンテは黙って頷いた。
「ところで、コマチバナは観賞用ではないとお聞きしたのですが?」
「はあ……そうですが、それが何か?」
おっと、いかんいかん。要領を得ない話し方で困惑させてしまったようだ。ここはもう単刀直入に話を切り出そう。
「ダンテさん、コマチバナを売っていただけませんでしょうか?」
「いや、ですから――」
「もちろん、踏み荒らされた物で構いません。崩れている物も泥に塗れている物も含めて、全て買い取らせていただきたいのです」
「え!?」
俺の言葉にすぐに理解が追い付かなかったのかダンテは絶句している。その代わりに驚きの声を上げたのは、傍らで話を聞いていたミラだった。
「あ、あの! 本当ですか? あの花をすべて買っていただけるんですか?」
「もちろんです。そのためにお伺いしましたので」
「あ、あんた!」
喜色満面にダンテの手をとったミラ。しかしダンテは笑顔を見せることなく、それを止めた。
「待て、落ち着きなさい。それじゃあ余りにも話がうますぎる。そりゃあ観賞用じゃないが、それでもこんな有様じゃ使い物になるのはほんの一握りだけだ。それを全部買い取るだなんて」
「逆ですよ、ダンテさん。私の見立てではまだほとんどの物が使えます。使い物にならないのがほんの一握りなんです」
「馬鹿な……」
唖然とするダンテに、さらに話を続ける。
「できれば、他のコマチバナ農家さんにもお声掛けいただけませんでしょうか? 買い付け金は昨年の相場と同額でいかがでしょう?」
ここまで話し終えたところで、ダンテは黙り込み俯いてしまった。
「本当ですか……?」
しばらくの沈黙の後、小さく溢したダンテの声は湿っていた。
「もちろんです」
俺だって仮にも商人の端くれだ。慈善事業をやるつもりは更々ない。だから俺は自信を持ってダンテの問いに答えた。
「商人は自分の損になる取引はしませんから」
クライ編は火・金曜連載です。
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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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