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039.お花をあなたへ

手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n1886ja/


※こちらは【クライ編】です。


「ねえ、クライ。朝はどこに行ってたの?」


 少し早めの昼食をとった後、スーイの街を出た俺たち。今は長閑な街道を走る馬車の上。

 ルシュは、浮気を疑う妻のような——というわけではまったくなく、純粋に興味からそう尋ねてきた。


「ああ、銀行だよ」


 ルシュは出発の準備に時間がかかるだろうし、一緒に行っても退屈するだろうという理由で、ルシュを宿に置いて、俺は単独銀行へと乗り込んだのだった。


「銀行って、あの?」


「そう、あの」


 ルシュは眉をハの字にしながら首を傾げる。

 銀行という場所があることは知っていても、どういう場所かはわからない——そんな表情だ。

 しかし、これはルシュに限った話ではなく、どうやらこの世界の一般人にとっても銀行とはそういうものらしい。


 元の世界での銀行と言えば、金を預けたり、金のやり取りをしたり、あるいは金を借りたりするような場所だが、その基本的な機能はこの世界でも変わらない。ただ、そのいずれの機能も、一般人が使う機会がほとんどないというのが、馴染みが薄い理由だ。


 この世界の人たちは、基本的には自分の金は自分の手元で管理することが多いようで、わざわざ高い手数料を払ってまで銀行に金を預けるようなことはしない。仮にまとまった金が必要になれば、自分の所属する組合から融資を受けるのが一般的なようだ。

 要は、この世界の銀行は富裕層や大規模な商会、組合なんかが顧客であって、一般人が利用するようなものじゃないということだ。


 しかし、俺が昨日までに手にした金は、金貨にして約一万九千枚。

 もちろん全てを金貨で受け取るのは物理的に無理なので、大白金貨や白金貨なんかも含まれているが、それにしたって、日本円にして二億円に迫ろうかという金をポケットに入れて旅をする気になんてとてもなれない。

 そういうわけで、俺は今回の売り上げのほとんどを銀行に預けることにしたのだった。預けるにも引き出すにも手数料を取られるが、金の安全と心の安寧には代えられないのだ。

 銀行に預けてさえおけば、行く先々の街で、たとえそれが青の大陸とは別の大陸であろうと、必要なときに必要なだけの金を引き出すことができる。

 電算処理機も通信機器もないこの世界でそれを可能にしているのは、今も俺たちの頭上を飛び交っている鳥たち——レタコンだ。要は伝書鳩のような役割で、驚くほどの飛行速度と飛行距離を誇るハヤブサによく似た猛禽類は、この世界における情報伝達手段の要となっているようだ。

 いつか機会があれば、アークのみんなやアイリスに近況報告の手紙を出してみるのもいいかもしれないな。


 積み荷をすべて捌いて心が軽い。ついでに荷台も軽くなったおかげで、馬車は軽快に街道を進んでいく。

 この調子なら予定どおり日暮れ前には次の目的地であるキッザヤ村に着けるだろう。


「そういえば、スーイでは仕入れはしなかったんだね?」


「ああ。でも次に仕入れる物はもう決まってるんだ。これから向かう村にそれがあるらしいんだよ」


「なになに? 教えて」


 好奇心に目を輝かせたルシュが俺へと顔を寄せる。


「近い、近い! ちゃんと教えるからいったん離れろ」


 まったくこいつは無防備というか、無警戒というか。俺が紳士だからまだいいものを、年頃の女がそんな態度をとっちゃいかんだろ。

 俺は心の中でぶつくさと言いながら、襟首を正して、ルシュに答える。


「花だよ」


「花?」


「ああ、花だ。ま、花を仕入れてどうするのかっていうのは、後からのお楽しみだ」


 種明かしを先送りにされたルシュは口をとがらせているが、今回はぎりぎりまで秘密にしておこうと思っている。上手くいけば、きっとルシュも喜んでくれるだろうと思うから。


   ⚫︎


 そうして到着したキッザヤ村にはどこか物々しい雰囲気が漂っていた。

 どこにでもあるような長閑な田舎町だと聞いていたが、受ける印象は随分と違う。

 間もなく日暮れだというのに人の往来が激しく、それは賑やかというようりも、騒然としているといった感じだ。


「何かあったのかなあ……?」


 並々ならぬ雰囲気を感じ取ったルシュも不安気だ。


「まずは宿を確保してから情報収集をしてみようぜ」


 しかし——


「すまないねえ。生憎、今日は満室でね」


 村外れに野営用のテントが並ぶのを見た時点で薄々そんな気はしていたが、村に一軒だけの宿はすでに満室だった。


「何かあったのですか?」


「一昨日ね、巨大種が出たんだよ。おかげで村はてんやわんやだよ」


 ということは、村に溢れていたのは討伐依頼を受けた冒険者たちか。

 それにしてもついていない。いや、ついていないで片付けるのは良くないな。これは直前の情報収集を怠った俺のミスだ。

 巨大種が出たとなれば、仕入れもままならないばかりか、俺たち自身の身も危ない。本来なら回避すべき、いや、回避できた危険だった。

 しかし、しっかりと反省をすることも必要だが、今日も今日とて飯と寝床の確保はしなければならない。まずはそれが先決だ。

 俺は女将にお礼を告げて宿を出た。


「どうだった?」


「だめだった。巨大種が出たんだとさ。すまん」


「クライが謝ることないよ」


「巨大種が出たのは俺のせいじゃないけどさ、わざわざ巨大種が出たところに来ることにしたのは俺の判断ミスだ」


「まあまあ、そんなこともあるよ。元気出して。それに『捨てる神あれば拾う神あり』って言うでしょ」


「いやいや、仮にも神の巫女が神を捨てたらいかんでしょ」


 とは言ったものの、ルシュの励ましは素直にありがたい。


「じゃあ今日は久しぶりの野営だね」


「そういうことになるな」


 俺は嘆息しながら冒険者たちのキャンプ地にお邪魔するべく、ゆっくりと馬車を村外れへと走らせる。

 すると——


「お花を買ってもらえませんか?」


 その道中、薄明かりの中から声が一つ。

 馬車を止めて声の方を見ると、小学校低学年ぐらいの女の子が篭一杯の花を抱えて立っていた。


「お花を買ってもらえませんか?」


 少女は篭から一束の花を取り、俺たちへと差し出してきた。

 ルシュはそれを受け取りながら馬車を降りる。


「こんな時間まで一人で花を売ってるの?」


「今日はお客さんがいっぱいだから、たくさん売れるかなと思って……」


 そう答えた少女の顔は暗い。篭一杯の花が物語るようにほとんど売れなかったのだろう。

 今この村に集まっている者たちのほとんどがお仕事中の冒険者なのだからそれも仕方がないのだろうが、なんとなく少女が不憫だ。

 俺も馬車から降りて、ルシュが手にする花を受け取る。


「いくらだい?」


「え! 買ってくれるの?」


 俺が声をかけると少女の顔がぱあっと明るくなる。


「ありがとう! 一束で銅貨二枚だよ」


「そっか」


 少女の持つ篭を見ると、これと同じ花束があと十束ほど入っている。


「とてもきれいな花だから、もしよかったら全部買ってもいいかな?」


「ほんとに! うれしい!」


 少女はウキウキしながら篭ごと花を差し出してきたので、受け取った篭から花束を荷台へと移し、少女に篭を返すのと同時にその手に銀貨三枚を握らせる。


「お代はこれでいいかな?」


「うん!」


「じゃあ、もう暗いから気を付けてお家に帰るんだよ」


「わかった! ありがとう、黒髪のおじさん!」


「お、お兄さん、ね?」


 満面の笑みを浮かべて駆け出していった少女に、俺の最後の呟きが届くことはなかった。


「優しいんだね」


 隣ではルシュも満面の笑みを浮かべていた。


「懐に余裕があるときだけな」


 俺はそう嘯きながら、再び野営地へと馬車を進めたのだった。




 翌朝、まだ日が昇ったばかりだというのに、辺りはすでに喧噪に包まれていた。

 冒険者たちが巨大種討伐へと向けて出発の準備をしているようだ。


「おはようございます」


 俺は近くで朝食をとっていた冒険者パーティに声をかけた。


「ああ、おはよう。お前さんも討伐かい?」


「いえ、私は行商をやってまして、この村には仕入れで立ち寄ったところなんです」


「そうか。そんなときに巨大種が出るとは災難だったな」


 パーティのリーダーらしき還暦間近といった感じの男が豪快に笑う。


「皆さんはこれから討伐ですか?」


「いいや、俺たちは村の守りだ。討伐は若いもんたちに任せておけばいい。この歳になって平原を駆けずり回るのは腰が痛くて敵わん」


 村の守護を請け負った冒険者たちもいるのか。それは心強い。


「ところで、今回の巨大種はどんなやつなんでしょう?」


「アーマーボアだ」


「アーマーボア?」


「固いイノシシだよ。剣も魔法も通りにくいからなかなか厄介な相手だね」


「肉は美味いんだけどね」


 俺の問いにアラカンの女性が答え、そこへ中学生ぐらいの男の子が口を挟む。


「食い意地を張ってんじゃねえぞ、ルーア。巨大種の肉は食えねえからな」


「わかってるって、じいちゃん」


 そのやり取りを見るに、彼らは祖父母と孫でパーティを組んでいるのだろう。


「あんたも村で大人しくしてるんだぞ。間違っても今、村を離れようとは考えんことだ。しばらく辛抱していれば、誰かが討伐してくれるだろうからな」


「ええ、ご助言ありがとうございます。肝に銘じておきます」


 俺は礼を告げてテントに戻ると、ルシュがパン粥を用意してくれていた。


「何かわかった?」


 俺は椀を受け取りながら、先ほど聞いた情報を共有する。

 巨大種については専門家である冒険者に任せるほかない。俺たちにできることと言えば、できるだけ早く討伐が終わることを祈るのみだ。

 幸いにして村を守護にあたる冒険者たちもいるようだし、ひとまずこの村の中にいれば安全だろう。


「そういうわけだから、仕事に移ろう」


「仕事? この状況で?」


「じっとしててもしょうがないしな。冒険者は冒険者の、行商人は行商人の仕事をやるしかねえよ」


 転んでもただで起きないのが商人という人種だ。

 確かに巨大種が出たタイミングでここを訪れたのは運が悪かったが、それでもこの村に来たのは間違いではなかった。


「さて、それじゃあ早速人探しだ」


クライ編は火・金曜連載です。


【以下テンプレ】

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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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