038.友情をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【クライ編】です。
翌日、ルーベニマ商会を訪れると、約束よりも少し早い時刻だというのに、スタークがエントランスで待っていてくれた。
そして通されたのは先日の商談室ではなく豪奢な装飾が眩い応接室。賓客として迎えられているのは明らかだった。
香りの良い紅茶が三つ、俺とルシュ、そして対面に座るスタークの前に並べられた。
もしかしたら支店長が出てくるのかも、と思ったが、今日も相手はスターク一人だ。
「クライさん、ルシュさん、わざわざご足労いただき申し訳ありません」
出迎えのときにも一度聞いたが、スタークは改めてまず謝罪を口にした。
「いえ、そちらにも事情がおありになるでしょうから」
「ありがとうございます。実は契約自体は昨日してしまってもよかったのですが、お二人ともう一度ゆっくり話をしたくて、こうして場を改めさせてもらったのです」
「では、支店長の決裁が必要だというのは?」
「方便です。申し訳ありません」
この程度の金額であれば私の裁量の範囲内ですよ、と悪びれた様子もなく紅茶を口に含むスタークだが、その笑顔はどこか憎めない。
金貨何千枚もの商いを『この程度』と言ってしまえるあたり、俺とは商人としての格が段違いで、そんな一流商人から『もう一度話をしたい』と言われたのだから、それはむしろ喜ばしいことなのかもしれない。
「それでお話というのは?」
「嫌だな、クライさん。そんなに警戒しないでくださいよ」
警戒していたつもりはないが、少しの緊張からくる表情の強張りがスタークにはそう映ったのかもしれない。
「まずは今回の商いの成功、誠におめでとうございます。自分で言うのも変かもしれませんが、今回の入札会に参加したのはどこも大商会です。そんな私たちを向こうに回して、結果はクライさんの完全勝利です。本当に恐れ入りました」
「完全勝利?」
「ええ、完全勝利です。売り手であるクライさんは大きな利益を上げ、一方の買い手である私たちは損をしたとは思っていない。むしろ、意義のある取引だったとクライさんに感謝さえしているのです。砂糖という商品だけではなく、クライさんはご自身の名を売ることにも成功しました。これはもう完全勝利と言っても過言ではないでえしょう」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
今回の取引きが想定以上に上手くいったのは確かだが、それにしても完全勝利というのはやや過剰な誉め言葉のような気もする。
そんな俺の動揺を他所に、スタークはなおも話を続ける。
「失礼ながら、クライさんのことを少し調べさせていただきました」
その言葉に俺は内心ドキリとした。
まさか異世界人であることがバレたとか……?
「と言っても最近の動向しかわかりませんでしたが」
そう言いながらスタークは、俺がアーリムの街からここへ来たこと、冒険者パーティ・アークの一員であったこと、つい最近行商人をはじめたこと、トウキビを大量に買い付けたことなどなど、商会として調べ上げたことを俺に告げた。
自分のことを調べられるというのはあまり気持ちのいいものではないが、得体の知れないぽっと出の行商人が大きな商談を持ち掛けてきたのだから、その素性が気になるのは理解できる。
「クライさんは特徴的な髪の色をされてますからね、調べるのにそう苦労はありませんでしたよ」
スタークはどこか申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、頭を掻く。
俺のことを調査したことを、あえて俺本人に正直に告げたのは、彼なりの誠意なのだろう。
「当初の目的は、砂糖の出処を探ることでした。しかし、わかったのはクライさんが大量のトウキビを購入されたことだけ。つまり、クライさんは砂糖そのものをどこかから仕入れたのではなく、何らかの方法により、ご自身の手でトウキビを砂糖に加工したのでしょう?」
スタークの問いかけに、しかし、俺は薄く笑みを浮かべるだけに留め、否定も肯定もしない。
別に正直に言ったって構わないのだが、情報も一つの資産なのだとすれば、慎重に扱うに越したことはない。
スタークも答えが得られるとは思っていなかったようで、そのまま気にせず話を続ける。
「今回の砂糖という商品はとても魅力的な物でした。弊商会としても是が非にでも欲しかった」
「そう仰る割には、入札額は控えめのようでしたが?」
とは言っても大袋一つあたり金貨五十枚である。ルーベニマ商会が安かったわけではなく、他の二つの商会が異常に高過ぎただけだが。
「お恥ずかしい限りです。しかし、砂糖という商品の価値を見誤っていたわけではないのです。正直に申し上げると、競売にかかるのがクライさんの持つ在庫の全量であれば、すなわち、独占販売をするチャンスがあるのであれば、金貨百二十枚で札を入れるつもりでした」
「……私のやり方がご不満でしたか?」
「いえいえ! まったく逆です」
スタークルは大仰に手を振って俺の問いを否定した。
「先ほども申しましたが、今回のクライさんの腕前はとても見事なものでした。クライさんは砂糖だけでなく、三つの大商会に恩も売ったと言えるでしょう。こういった捌きは駆け出しの商人にそうそうできることではないのです」
本心からの賞賛であることは伝わってくるが、話の目的がなかなか見えてこない。まさか、褒め殺しで値切ろうなんてことはないだろうが。
「いやいや、すみません。前置きが長くなってしまいましたね」
俺の訝し気な視線を察したのか、スタークは再び苦笑いを作った後、居住まいを正し、俺を正面から見た。
「単刀直入に言いましょう。今回の件で私共ルーベニマ商会は、砂糖という商品自体よりも、むしろクライさんご本人に大きな価値を見出しました。クライさん、ルシュさん、私共ルーベニマ商会と専属契約を結んでいただけませんでしょうか?」
俺とルシュを交互に見やり、スタークは深々と頭を下げた。
ヘッドハンティングあるいは青田買いってやつか。
量に限りのある砂糖で一過性の利益をあげるよりも、その製法を知り、他にも面白そうな商機をもたらす可能性のある俺を囲い込んだ方が利が大きいと考えたのだろう。
しかし、どうしたものか。普通に考えれば、青の大陸で三本の指に入るほどの大商会と専属契約を結ぶなど、一行商人が望んだところで叶うべくもない夢のような話だ。
スタークの話では、基本的にはこれまでどおり行商を続けるだけでいいらしい。行く先々にルーベニマ商会の支店があれば、商談室や応接室を利用できたり、仕入れ資金の融資を受けたりなど様々な便宜を図ってもらえるとのことだ。
何よりもルーベニマ商会という後ろ盾、すなわち信用があれば、商談がスムースになることは間違いがない。
その見返りとして、今回の砂糖のような特殊な商品の商談は、ルーベニマ商会が独占交渉権を持つことになる。
正直悪くはない話だ。色々と便宜を図ってもらえる上に、販路に困ることもない。
悪くはないのだが、いまいちしっくりとこない。本当にこれでいいのか、という引っかかりがある。
俺がこの世界に腰を据えるつもりなら、この話に尻尾を振って飛びついていたかもしれない。しかし、俺の目的は元の世界に帰ることであり、行商人はその旅をするための手段に過ぎないのだ。ルーベニマ商会との専属契約は、ともすれば自由な旅の枷になり得るかもしれない。
だが一方で、この話を素気無く断るという選択ができるのかという問題もある。これだけの大商会を敵に回して行商人としてやっていけるのか、という問題だ。
うーん……どうしたものか。
腕を組み、瞑目をして考える。
ソファに浅く腰をかけたスタークは指を組んで、俺の出す結論を待っている。
そこで口を開いたのは、ここまで傍観に徹していたルシュだった。
「友人というのはいかがでしょう?」
ルシュは俺とスタークの双方に向かってそう言った。
「互いに困っているときは手を差し伸べる、良い話があれば分かち合う——そんな友人のような関係を築くことはできませんか?」
「友人、ですか……」
スタークはそう呟いた後、俺へと視線を向ける。
そして、互いの視線がぶつかると、互いに笑みを作って頷いた。
契約という法的拘束力ではなく、信義則で互いを縛る。
ひどく曖昧なものだが、そこに上下関係はない。求められるのは、互いに良好な関係を築いていこうとする意志だけだ。
「あまり商人らしくはないかもしれませんが、もしかしたらそういった関係の方が良いのかもしれませんね」
スタークが立ち上がって、右手を差し出してくる。俺もそれに応えて、スタークの手を強く握り返した。
「よろしくお願いします」
「ええ、友として」
この瞬間、商人と商人による商人らしくない『友情』が成立した。
その光景に、ルシュは満足そうな笑顔を浮かべていた。
クライ編は火・金曜連載です。
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