037.入札会をあなたへ②
手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【クライ編】です。
「ルシュの言ったとおりだよ。まあ、上手くいくかは蓋を開けてみるまではわからないけど、このやり方なら全部をいきなり競売にかけるよりも利益が大きくなるってわけだ」
もちろん、強気の交渉でも成立すると思えるのは、砂糖という商品の強さがあってこそだが。
「それで、最後。砂糖っていう商品を一社に独占させるのはもったいないと思ってるっていうのが、実は一番大きな理由なんだ」
この世界にとって真新しい商品である砂糖は莫大な利益を生むのは間違いがなく、競売に参加する各商会はもちろん独占販売をしたいと思っているだろう。
実のところ、誰かが利益を独占することについてはどうでもよかったりする。商売って言うのはそういうものだろうし、誰かがそうしたところで、俺の利益は変わらない。
俺が重要視しているのは砂糖の持つ可能性だ。砂糖という商品がこの世界でどのように扱われていくのか、この世界の文化の中にどう溶け込んでいくのか興味があった。そのためには、砂糖という商品を知り、取り扱う者が多い方がいい。
ついでに言うと、今日ここに集まった商館の代表者たちは皆、大きな力を持つ者たちで、この商品を喉から手が出るほど欲している。
手にする量や支払う金額の多寡はあれど、皆が砂糖を取り扱うチャンスを準備しておくことは、恩を売るとは言わないまでも、恨みを買うのを回避することにつながるのではないか、という打算もあったりする。
「なるほどねえ。商売をやろうと思ったら色々と考えなきゃいけないんだね」
半ば感心し、一方ではうんざりしたようにルシュは溜め息をついた。
所詮は素人の浅知恵だ。下手の考え休むに似たり——みたいなことにならなきゃいいけど……
そんなやりとりを思い出しながら会場を見渡す。どうやら入札が終わったようだ。
「では、開札します」
セルブが短くそれだけ言うと、手にした入札結果に目を落とす。
開札は第三位の者から順に読み上げるのがルールだ。
一瞬の静寂が会場を包み込む。ごくり、と誰かが——あるいは、それは俺だったのかもしれないが、唾を飲み込む音が聞こえる。
「ルーベニマ商会、大袋一つあたり金貨五十枚」
セルブの発表と同時に「え?」と言葉が出かけて俺は慌てて口を噤んだ。
この競売の参加者の中では最も財力があり、かつ、砂糖に強い関心を示していたルーベニマ商会。個人的にはここが本命かと思っていたのだが、それがまさかの第三位。正直、驚きだった。
そして驚きと言えば、その金額だ。第三位で金貨五十枚ということは、当然、二位と一位はそれ以上の金額ということになる。つまり、俺がこの商いで手にする金額は少なくとも金貨九千五百枚——この世界の金貨が概ね一万円程度の価値であることを考えると、日本円換算で約一億円は下らないということだ。
俺の頬に冷たい汗が走る。これはやり過ぎてしまっただろうか……
砂糖ぐらいならこの世界にあってもおかしくはないだろうという軽い気持ちだったが、まさかここまで金額が跳ね上がるとは……
ルシュも隣で唖然としているので、そのあまりの額に驚いているようだ。
しかし、そんな俺たちの驚きを他所に、セルブは淡々と結果を読み上げていく。
「チュートイ商事、金貨八十枚。トカ食品、金貨百五枚」
最後にトカ食品の名と金額が読み上げられると、会場が驚きと歓声でどよめく。
「従いまして、本商品はトカ商会が金貨八十一枚にて落札しました」
そしてセルブが入札会の終了を宣言したところで、会場は重苦しい緊張感からようやく解放され、すこしばかりの興奮の余韻を残したまま、それぞれが談笑を始めた。
その様子を見るに、この三社は競合相手同士ではあるものの、関係性は悪くはないようだ。
「いやあ、まさか金貨百枚以上とは恐れ入りましたよ」
「食品を専門とする商会の意地みたいなものですわ」
チュートイ商事のギュンターが呆れたように笑えば、トカ食品のオフィが苦笑いを返す。
「それにしてもルーベニマ商会さんは、もう少し高く入札されるものと考えておりましたのですけど?」
「我々にはこれが精いっぱいですよ。トカ食品さんが本気を出せば太刀打ちできないだろうこともわかっていましたからね」
スタークが人好きのする笑顔を浮かべながら、本音ともお世辞ともとれるようなことを言う。
「みなさん、本日はありがとうございました」
俺とルシュも席を立ち、彼らの談笑の輪へと加わった。
「いやいや、それはこちらの台詞ですぞ、クライ殿。久しぶりに息を飲むほどひりついた競売を味わうことができました」
「そうですわ。新人の頃に初めて参加した入札会を思い出しましたわ」
俺の挨拶にギュンターとオフィは笑顔で応え、握手を求めてくる。
「して、クライさん。残りの砂糖の個別商談はどのように?」
「それについてなんですが——」
俺は昨日ルシュへとした説明と同じものを再び繰り返した。
拙い説明だったが、そこはやり手の商人たち。仕組みだけではなく、俺の意図までしっかりと見抜いているようだった。
「なるほど……よく考えられていますね。弊商会はクライさんが出された条件で契約したいと思いますが、皆さまはいかがでしょう?」
スタークの問いかけに、ギュンターとオフィは揃って頷いた。
「その若さで大したものですな。駆け出しの行商人というのが俄かには信じられん」
「私共もそれで結構ですわ。そもそも私共の希望はすでに叶えられていますしね」
ひと悶着ぐらいはあるかと思っていたが、拍子抜けするほどあっさりと話しがまとまってしまった……まあ、喜ばしいことではあるのだが。
この結果、トカ食品が百袋を金貨八千百枚で、チュートイ商事が六十袋を金貨六千三百枚で、そしてルーベニマ商会が三十袋を金貨四千六百五十枚で、それぞれ購入することになった。
俺たちの利益は締めて金貨一万九千五十枚。
つい先日まで時給千円にも満たないバイト生活を送っていた小市民にとっては、恐怖を覚えるほどの金額だ。
「それでは契約についてですが」
ちょうど話がまとまったタイミングを見計らって、セルブが話に割り込んできた。
「本日このまま契約をされるのであれば、別室を準備いたします。もちろん、後日各商館あるいは組合で行っていただいても構いません。また、希望がありましたら、契約に組合職員が立ち会うことも可能です。いかがいたしましょうか?」
「うちはこのまま契約をしていこう。鉄は熱いうちに打つものですからな」
「クライさんがよければ、私共もそうさせていただこうかしら」
セルブの申し出を受けて、ギュンターとオフィがこの後すぐの契約を希望した。
俺にとっても否やもない。早く契約を済ませてしまってすっきりしたい。
それに大型契約が初めての俺からすれば、手数料を払ってでも組合に立ち会いをお願いした方が安心もできる。
しかし——
「弊商会としては、できれば明日改めて弊商会の事務所で契約のお話をさせていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか、クライさん?」
「え、ええ。構いませんが……」
できれば今日全部終わらせてしまいたかったが、「支店長の決裁がなければ、私ではきめられませんので」と言われてしまえば、受け入れざるを得ない。
そう言えば、チュートイ商事は支店長が、トカ食品は支配人が自ら入札会に参加していたが、スタークは仕入れ部門の責任者だ。ある程度の裁量は任されているとは言え、最終決定は支店長が下すものなのだろう。
「ありがとうございます。では、明日、光の五刻にお待ちしています」
スタークはそう言いいながら人好きのする笑顔を浮かべて俺と握手を交わすと、会場を後にしていった。
その後、トカ食品とチュートイ商事との契約を済ませ、俺たちも組合を出た。
実際には数時間ほどだったが、それ以上に長く感じられた一日。すでに日は西に傾き始めていた。
背伸びをしているルシュの顔もお疲れだ。
「美味い物でも食いに行こうか?」
「うん!」
こうして俺たちの初めての大商いは成功裡に幕を閉じたのだった。
クライ編は火・金曜連載です。
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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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