036.入札会をあなたへ①
手のひらの上で踊ろう!【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【クライ編】です。
室内には異様な緊張感が漂っている。
部屋の最奥の二人掛け長机に俺とルシュが並んで座り、それと向かい合うように同じ長机が三台。俺たちから見て左からルーベニマ商会の仕入れ部門責任者であるスターク、チュートイ商事のギュンター支店長、トカ食品のオフィ支配人がそれぞれ秘書や部下を連れて座っている。いずれもやや緊張した面持ちだ。
部屋の側面にも同じ机が一台あって、ちょうど光の六刻を告げる鐘がなったのと同時に、そこからシーラン連邦商業組合スーイ支部のセルブが第一声を上げた。
「定刻となりましたので、これより入札会を開始いたします。私は本日の進行を務めさせていただきます、シーラン連邦商業組合スーイ支部入札管理局のセルブと申します。どうぞよろしくお願いいたします。では、早速ではございますが、本日の出品者であるクライ氏より出品内容及び入札方式についてご説明いただきます」
セルブは一息にそう言って着席すると、目線で俺へと合図をした。
俺はそれに頷き立ち上がると、小さく深呼吸を一つ。
さあ、本番だ。
目の前に座っているのは各商会で大きな権限を持つお偉いさんたちだ。
個別の商談はそれなり上手くやれたと自負しているものの、これから始まる本番がどう転ぶかはわからない。楽しみの方が大きいと思っていたのだが、目の前に座っている商人たちの緊張が伝染したのか、喉がカラカラに乾いて最初の言葉が出てこない。
そこで俺のジャケットの袖がクイと引かれた。
「が、ん、ばっ、て」
声を出さずにそう言ったルシュは笑顔だ。
もう一度小さく深呼吸をして、俺も笑顔を作り、そしてようやく口を開いた。
「皆様、本日は御多忙のところお集りいただき、ありがとうございます。すでに一度ご挨拶はさせていただいておりますが、私は行商人のクライと申します。改めましてよろしくお願いいたします」
俺は深々と頭を下げた後、顔を上げて笑顔を作った。
さあ、一度話し始めてしまえば、もう大丈夫だ。緊張半分、楽しみ半分。いい精神状態になってきた。
「事前に個別説明をさせていただいたとおり、本日の商品は砂糖、大袋百袋分となります。入札方式ですが、これも事前にお伝えしたとおりセカンドプライスオークションとなります」
ここまでは、それぞれの商会に対して個別に説明をして回ったとおりの内容だが、俺が事前に各商会に提示した情報に格差がないことを明確にするためにも、改めてはっきりと説明しておく。各商会の商人たちもうんうんと頷いているのでご納得いただけたようだ。
説明を終えた俺が着席をするのと入れ替わりで、今度はセルブが立ち上がった。
「では、これから入札に入りますが、その前にご質問のある方はいらっしゃいませんでしょうか?」
「よろしいでしょうか?」
手を上げて立ち上がったのはルーベニマ商会のスタークだった。
「先日、弊商会にお越しいただいた際は、クライ殿は確か、在庫は大袋二百だと仰っていたと記憶していますが、先ほどのご説明では競売にかけられるのはその半量とのことでした。もし差し支えなければ、残りをどうされるのか教えていただけませんでしょうか?」
さすがは一流商人といったところか。先日の商談の際にスタークがメモを取ったりしていた様子はなかったが、どうやらこちらの言ったことの全ては貴重な情報として彼の脳にしっかりと刻まれているようだ。
「ご指摘のとおり、私どもが準備している砂糖の在庫は大袋二百です。一部留保しますが、残りの在庫は全てを売却したいと考えています。ただし、競売にかけるのはそのうち百袋のみ。残りの九十袋については、個別交渉をさせていただきます」
ちなみに残る十袋は旅のお供としてとっておくことにした。ルシュも砂糖を大層お気に入りなので、ここで全部吐き出してしまうのは惜しいのだ。
俺がそこまで説明したところで、トカ食品の女主人オフィが手を上げた。
「個別交渉の優先権もこの競売で決定するという理解でよろしいのかしら?」
「ご賢察のとおりです」
競売では商品そのものではなく、交渉権をかけて行うものもあるから、すぐに理解してくれたようだ。
「では、入札に移ります。皆様、お手元の紙に入札額をご記入いただき、封印の上、私までご提出ください」
セルブの合図にそれぞれがそれぞれの作業へと移っていく。
予め決めていた金額を即座に記入する者、随伴の秘書とヒソヒソと相談する者、しばらく瞑目し思案を巡らせる者、三者三様だ。
俺はそれを横目にルシュへと視線を移す。
「なんでそんなにややこしいことをするの?」
昨日、ルシュに入札会の段取りを説明したときのルシュの第一声だ。
俺がルシュに説明した内容は簡単にまとめるとこんな感じだ。
まずセカンドプライスオークションで百袋分の落札者を決定する。落札者は最高金額入札者であり落札額は入札された額の中で二番目に高い価格プラス金貨一枚だ。
次に残りの九十袋だが、これをまず六十袋と三十袋の二つに分ける。そして六十袋について個別交渉を行う。交渉の相手方は、二番目に高い入札をした者で、交渉価格はファーストプライス、つまり競売にて入札された最も高い金額だ。
交渉がまとまればそのまま売り渡すし、交渉が不調に終われば、次は最も低い入札をした者と交渉をする。それでも決まらないときは、最高金額入札者と交渉する。最高金額入札者は、もともと自らが提示した金額での交渉なので、少なくともここで話をまとめることが期待できるというわけだ。
最後に残った三十袋も同様の交渉を行うわけだが、優先交渉権を持つのは最も低い入札をした者。そしてその金額は、第一入札額と第三入札額の合計だ。
最も高値で最も少ない量を手にすることになるが、それでも交渉の余地は大いにある。
もしもダメなら他の入札者に話を持っていけばいい。ここでもやはり、最高額入札者が引き取ってくれる可能性が高い。
最悪話がまとまらなくても、入札会で市場価値が把握できるのだから、どこか別の機会に売り捌けばいい。少なくともデッドストックになることがないことだけは確信している。
「まあ、いろいろと理由はあるけど、いきなり全部を競売にかけるのは俺たちにとってそれなりのリスクがあるってことはわかるよな?」
「期待よりも低い金額で落札されたら、儲けが少なくなっちゃうってこと?」
「そのとおり」
一度競売にかけたら、落札金額で売り払うことが原則だ。ないとは信じているが、仮に談合なんかで安く買い叩かれるようなことがあれば、最悪、損害が出ることもありうる。
しかし、半量を手元に残しておけば、そこから再起を図ることもできるだろう。簡単にできるリスクヘッジだ。
「そんでもう一つの理由は、利益の最大化だ」
「どういうこと?」
首を傾げるルシュに俺は羽ペンをとって図示しながら説明をする。
「例えば入札額がAが金貨三十枚、Bが二十枚、Cが十枚だったとするだろ。そしたら最初の砂糖百袋はだれがいくらで買うかわかるか?」
「……Aが金貨二千枚?」
「じゃあ、次の六十袋は?」
「交渉が上手くいけば……Bが六十袋を金貨三十枚で買うわけだから金貨千八百枚?」
「そしたら最後の三十袋は?」
「金貨千二百枚?」
「……合計で?」
「うーん……二千と千八百と千二百だから……四千。そっか! 全部まとめて競売にかけたら三千八百枚だから二百も多く儲かるんだね!」
「って、すごいな、ルシュ!」
決して馬鹿にしてそう言ったわけではない。本心からそう思ったのだ。
この世界の、少なくとも俺が訪れた街の教育水準はそれなりに高い。識字率も高いし、算術の心得がある者も少なくはない。実際、今回の計算は現代日本であれば小学校二年生ぐらいが余裕でこなしそうなものではあるが、ルシュの計算は完璧だったし、今回の競売のしくみもよく理解していた。
見かけによらないルシュの一面に驚いたというのが正直なところだ。
いや、見かけによらないというのは少し違うな。もともとルシュは理知的な面立ちをしているし、よくよく思い返してみれば、知性と品性に富んだ発言も多い。
つまりは普段のアホの子っぽい態度が台無しにしているってことなんだろうな。
クライ編は火・金曜連載です。
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同タイトル【アキラ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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