1話 軟禁されました
俺は9歳の頃に両親と死別した。ただ、どういった経緯で家族を失ったのか、何も覚えていない。医師にはショックで記憶障害が起きているのだろう、記憶が戻る可能性はあるかもねと言われた。何とも軽い診断である。正直、シャドウに襲われた可能性は15歳になった今でも疑い続けている。しかし現場を見た人が誰もいないから、詳細は不明のまま。その頃には既に生活能力はあったので、これまで何とか一人で生きてきた。
孤児院もあるにはあるが、あれも結局大人の気まぐれだ。彼らに気に入られたものだけが家族になることが出来る。全ての子供を匿うことが出来るほどの余裕はないのだろう。俺は村や町に出て、清掃や見張り、物資の運搬作業を手伝いつつ日銭を稼いできた。都市から教育費と僅かな生活費が支給されるから、それだけで不自由なく過ごすことが出来るのだ。
そして迎えた15歳。少年少女がこの年齢に達するとそれぞれの出身層に関係なく、大規模な社交パーティーに招待される。ここで普段接触のない上層部の子との交流が生まれることもあるらしい。俺みたいな一般層の子からすれば、それなりに心が浮つくような交際関係が作れるわけだ。羨ましい限りである。
スクリーンに映るお偉い様の開式の挨拶もほどほどに、まだ幼さを残した少年少女が揃って立ち上がる。30万人規模の都市とはいえ、一堂に会せば身動きが取れなくなるので、複数の集会施設が用意された上での立食会である。そしてその中央屋内競技施設でいきなり騒ぎを起こしたのが、スメラギ・レイジとディフェリア・フェルランド様だ。
ちなみにスメラギに敬称を付けないのは、向こうが一般層の人間を見下していることで有名だからである。何もがちがちの身分制度があるわけでもない城塞都市で特層部の子に言い返したところで、罰せられる心配はないだろう。まあ家の恨みを買う恐れはあるから口に出しては言えないけどね。
様々な地区から集まった子がいる中で行われる婚約破棄の宣言。スメラギは明らかにディフェリア様を乏しめる気でいるようだ。この出来事は少年少女それぞれの脚色を添えて、都市中に広まることだろう。
そして俺ことルカ・シノミヤは今、フェルランド家の別荘にある一室に幽閉されている。扉の前にいる警備員が騒がしい。一週間が過ぎてようやく事態が動き出しそうだった。
ディフェリア様は一度も来ていない。代わりに正面に座る執事のドロステさんが状況を説明してくれた。当時、彼女の派閥の者からフェルランド家の父の元に連絡が入り、従者に俺を連れてくるよう命令したそうだ。ディフェリアに触れた男を徹底的に調べ上げろと。
「ディフェリア様のお父上は普段は温厚な方です。強引な手段を使わざるを得ないほど、事態が大きいのですよ。もう少しの辛抱です」とガッツポーズの執事。
それからは酷いものだった。素っ裸にされて全身を隈なく調べられたり、歪で身体を覆うほどの機器に通され、数時間も身動きが取れなかったりと散々である。
機器については説明をしてくれた。光量測定機と呼ばれるそれはフェルランド家が所有するアーティファクトらしい。陰の遺物なんて呼ばれたりするアーティファクトはサンライズの周囲を覆う、陰の世界から見つかるものだ。
その光量測定機は人に蓄積された人工太陽のエネルギーが体内でどのように分布しているかを画像として出力してくれるそうだ。エネルギーの体内分布から魔法への影響が分かることもあるという。
「ルカ様の身体状況についてなのですが……」と執事が言った。
「正直驚きました。光が全身に満遍なく分布しておりますね。ただ……体表面に一切光を蓄積していない。真っ黒なのですよ……」
真っ黒、その言葉に少しだけ背筋が寒くなった。
「あの、普通とはどう違うんですか?」
「空に浮かぶ人工太陽ですから、光を浴びると体表面から中心部に向かうにつれて黒くなっていくのが一般的と考えられております。ちなみにディフェリアお嬢様は全身に隈なく光が分布していましたね」
なるほど、ディフェリア様は光が全身に分布しているから、『透過』の影響が全身に及んでいる可能性があるということか。あれ、じゃあ俺は? その疑問と共に執事を見ると、彼は頭を振った。
「ただ、分かっているのはルカ様がディフェリアお嬢様に触れられるという事実です。お嬢様の身の安全のためにも、もうしばらくここから出られないかと」
「わたしにディフェリア様に対する敵意はありませんよ!」
「ええ、ええ。それはこれまでの言動や生活状況から判断しても間違いないのでしょう。警備員からもルカ様によって居心地の良い場になっていると聞いておりますから」
執事は手土産は何がよろしいですかと聞いてきた。美味しい食事に贅沢な客室とそれなりにもてなしは受けている。それでも、これは頂いた方がいいギフトだと判断した俺は保存食をもらうことにした。これで結構食費が浮くだろう。
翌日、ディフェリア様から届いた一通の手紙によって事態は大きく動くことになった。