ステータス魔法を手に入れた結果
それは中学三年生の夏のことだった。
誰にでも人生の岐路が訪れるように、おれにも人生の重要な決断をせまられる時がやってきた。
「なりたい職業か。あー、まったくわかんねえ」
朝のHRに渡されたプリントがおれのあたまを悩ませていた。
プリントには進路希望調査票と書かれている。
この先、進学するのか就職するのか、就職するのならどんな仕事につきたいのかを書いて提出しなければならないのだが、あいにくとおれはこういう決断することが苦手なのだ。
何を選ぼうとしても、もしそれが間違った選択だったら?という考えがどうしてもよぎってしまうのだ。
だからこれまで流されるままに生きてきたというのに。
「自分の適性がわかればなあ」
たとえばゲームのステータスのようなものがあれば間違った選択をすることはないだろう。
得意不得意が分かるんだからそれに沿って決断をすればいいんだし。こんな風に悩むことはないんだけどなあ。
その日の授業はすべて上の空だった。
友人たちから心配されたが適当に誤魔化した。
夜になっても一向に答えは出なかった。
気分転換に外に出てみると雲のないすみきった空が綺麗だった。
ちょうど新月だったようで星がキラキラ輝いている。
しばらくボーっと夜空を眺めていると視界の端で何かがきらめいた。
それは一瞬で消えたが俺にはそれが何なのかすぐにわかった。
「たしか今日は流星群だっけ」
朝のニュースでやっていたのだ。
アナウンサーが数十年ぶりの天体ショーだと興奮していたのを覚えている。
「せっかくだから願い事してみるかな」
ステータスが見えますようにと三回唱えてから部屋に戻った。それはただのおまじない。おれ自身まったく信じていない気休めだったのだが、どうやら神様は存在するらしい。
翌日、目が覚めるとおれはステータス魔法が使えるようになっていた。
「何を言っているのかわからねーと思うがおれも自分が何を言ってるのかよくわからない」
空中に浮かび上がった半透明なウィンドウにはおれの現在のステータスが書かれていた。
筋力C
知力C
才能C
表示されているのはこの三つだけだ。
このステータスでわかるのは俺は全体的にC級な人間という事だ。
こういうのって、ふつうはもうちょっと親切なんじゃないのか。
あまりに簡素、あまりに簡潔。ぶっちゃけ手抜きといっても過言ではなかろう。
責任者は誰だ。ここに呼んで来い。
「つかえねー」
『ずいぶんと心外な発言してくれちゃったりしますのね』
「っ!?」
とつぜん頭の中に声が響いてきた。
泥棒が入ってきたのかと思って狭い部屋のなかを見回しても声の主らしき人物はどこにもいない。
『押入れを探しても青いタヌキなんていませんよ?』
『ベッドの下に隠れるなんてホラー映画の見過ぎじゃないです?』
「おれは今、スタ」
『そういうのはいいですから。わたしはステータス魔法のサポート妖精ヘルプちゃんです。なんてね☆(ゝω・)vキャピ』
「……」
『おい、なんか反応しろよ』
「スルーしたほうがいいのかなと」
『あんま舐め腐った態度とるとお前の恥ずかしい黒歴史を脳内ロードショーするぞ』
なにそれ怖い。
あと頭の中に顔文字のイメージが出てきたんだが。どういう原理なんだ。
『失礼取り乱しました。改めて自己紹介しますとわたしはステータス魔法のヘルプ機能」
「うわ急に真面目になった」
『失礼取り乱しました。改めて自己紹介しますとわたしはステータス魔法のヘルプ機能」
「うん、仕切り直すのね。わかったから同じセリフ繰り返さないで怖いから」
『失礼取り乱しました。改めて自己」
「あーはいはい、話を進めればいいんでしょう。えーと、ヘルプ機能ってどういうこと?」
『ゲームのチュートリアルに出てくる説明キャラみたなもんだと思ってください』
「なるほど。つまりこのステータス魔法の扱い方を教えてくれるってことなんだ」
『ざっくり説明しますと人間の能力は筋力、知力、才能の三つに分類されます。それを五段階で評価したものが、いまあなたが目にしている画面です』
「ちなみにCランクってどのくらい」
『Cは一般人レベルといった感じですね』
「あ、そうですか」
『そう気を落とさないでください。Cランクなのはあなただけじゃなく大抵そうですから」
「それステータスにする意味ある?」
『ステータス魔法の真の機能はこれからですよ。現在表示されてるのはあくまで簡易表示でしかないのです。詳細機能オンと念じてみてください』
言われた通りにするとステータスに書かれた情報量が一気に増えた。
『聞いて驚け。このステータス詳細ヴァージョンならば、筋力なら各筋肉ごとに、知力ならジャンルごとに、才能なら職業ごとに現在の能力が数値化されているのだ』
「な、なんだってー」
『これであなたの得意不得意が丸わかり。さらにはレベルアップに必要な経験値も表示されているから他の奴らよりも効率的に成長することができるのだ』
ためしに才能のページを覗いてみると確かにズラリと職業名が並んでいる。
なるほど、これで自分に合った仕事がわかるというわけか。上から順番に見ていく。
しかし今度は数が多すぎて目当ての仕事が見つからない。
『そういう時は検索機能を使うといいですよ。調べたい職業を念じてください』
俺は期待半分、不安半分で言われた通りに念じてみた。
漫画家30★
『才能は100点満点ですから30だと、ぶっちゃけ才能まるでないですね。しかもカンストマークついてるから成長の見込みもない。ゴミですよこれは』
「オブラートに包んでくれないかな」
ヘルプの率直な言葉にダメージを受ける。
あくまで趣味でやってただけで本気でなりたかったわけではないのだが、もしかしたらという思いはあったのだ。それを明確に数値化されてしまうと無邪気に妄想することすらできそうにない。
『この職業目指すのは時間の無断ですね。限りある人生なんですから効率よく行きましょうよ』
「……そうだな。お前の言う通りだ」
それからおれは得意分野を伸ばすべくステータスを使ってトレーニングを始めた。
「98、99、100、これで終わりっ」
ステータス魔法を手に入れてから筋トレはおれの日課になった。
腕立て、腹筋、背筋、スクワットをそれぞれ100回。日によって数を変えたり休息日を入れたりもするけど基本セットはそれだ。最初は苦しかった。おれの部活は文化系だ。運動部のような筋肉を持っていなかったからすぐに筋肉痛になった。少し前までのおれならば三日経たずにやめていただろう。
しかし人っていうやつは成果というのが目に見えればやる気がわいてくるのだ。
それはおれも例外ではなく筋トレをした後にステータスを確認して次のレベルまでの経験値が減っていればやはり嬉しい。その嬉しさが翌日のトレーニングのモチベーションに繋がるのだ。
「えーと、次は」
『数学の時間ですよー。因数分解の千本ノックを受けて見よ』
日課は筋トレだけではない。
じつは勉強も毎日やっているのだ。さすがに国語数学物理化学etc……の全教科を一日でやるには時間が足りないから一週間かけてバランスよく勉強している。
その甲斐もあってテストの成績もみるみる上昇。半年前に比べて平均で30点は上がった。
特に数学の伸びはすごかった。意外なことにおれは数学が得意だったらしい。これはステータスを見るまで分からなかったことだ。
『今日はここまでにしましょう。睡眠も大切ですからね』
ヘルプと勉強していたら気づけば深夜0時を回っていた。
「おやすみー」
そんな日々が続き、中学を卒業する日になってもおれにはまだ目指すべき職業を決めきれずにいた。
これは夏の頃とは違い適性がわからないのではなく、ステータスを上げたせいで適正のある職業の数が多くなってしまったからだ。
漫画家のようにレベルがカンストしていない限り筋力や知力を上げていくにつれ数字が上昇していくのだ。
とりあえず当面は自分の学力にあった普通科の高校へ進みながら、もっとステータスを上げていくつもりだ。そして適性の高い職業のうち待遇の良い仕事を選べばいい。
そんなつまらなくも堅実な人生設計を思い描きながら帰宅する途中、なんとなくおれはうしろを振り返った。確たる何かがあったわけじゃない。悲鳴があがったわけでも、クラクションが鳴らされたわけでもなく、ほんとうに何気なく。もしかしたら嫌な空気というのを直感が感じ取ったのかもしれない。
すると奥の方から怪しい動きをしたトラックが近づいて来るのが見えた。
どことなくフラフラしているのだ。運転手は居眠りをしているのかもしれない。
事故がいつ起きてもおかしくないと思ったがおれ自身は危機感というものはなかった。
さいわい大きな道路だから車道と歩道の間には頑丈そうなガードレールがしっかりと設置してあるし、道はなだらかな直線だ。急ハンドルでも切らない限りはこちらにぶつかることはないだろう。
「あーやっと学校終わったよ」
「あのね今日おかーさんが家でお菓子作ってるから帰りに寄って行かない」
……あ。
おれは前方をみた。
距離にして50メートルほど先だろうか。信号待ちをしている小学生が二人いた。
それはフラフラしながら近づいて来るトラックの進行方向だ。
下校中の小学生が事故死。そんな嫌な想像が浮かんできてしまう。
大丈夫、車道はまだ青だ。このまま信号が変わらなければトラックは少女たちの前を通りすぎるだけだ。
おれはもう一度うしろを振り返った。トラックの運転席が目視できるほど近くなっていた。案の定、運転手は眠っているようでうつむいている。
そのとき、おれの耳に今いちばん聞きたくない電子音が届いた。
それはまるで鳥の鳴き声であり、それが意味をするのは歩行者用の信号が青になったということ。
あたまで考えるよりも前に足が動いた。
空気をかきわけるように腕も動いた。
『無理ですよ。間に合いませんよ。あなたの筋力はC+なんですよ?』
必死におれを引き留めようとするヘルプの声が聞こえた。
わかっている。ヘルプのいう事は正しい。
ステータスは嘘をつかないことをおれはこの数か月で身をもって理解している。
おれよりもおれのことを知り尽くしているステータスが表示する数値は絶対だ。
トラックよりも先に少女たちの元へ辿り着くには筋力C++は必要だ。
間に合わない。
でも何故だか諦めたくはなかった。別にあの小学生は知り合いというわけではない。
テレビのニュースで死亡事故のことを知っても可哀想だなと思うぐらいだ。
それでも助けたい。
ああ、これはたぶんちょっとした反骨心なのだろう。
一度おれは夢を諦めた。挑戦することなく諦めた。本気で目指してるわけじゃなかったと自分に嘘をついても、ほんとうは心の底で不満に思っていた。そのモヤモヤがくすぶって今爆発したのだ。
おれは無我夢中で走った。もう周りの景色は目に入らない。ただ赤いランドセルにたどり着くことだけを考えた。
気づけばそれは手の届く所まであった。
「うおおおおおおおお」
おれは両手を伸ばしてランドセルを後ろから掴む。
少女が驚いた顔をするが無視して思いっきり後方へ投げ飛ばした。
すると反動でおれのからだはくるりと反転。もう一つのランドセルへ手を伸ばそうとして思いとどまる。
この体勢で同じように投げたしてもおそらく上手くはいかない。二人まとめて轢かれるのがオチだ。
ならばとおれはお辞儀をするように上半身を屈め重心を下に持ってきて力を溜める。そして遠心力を利用しながらもう一つのランドセルに右足を叩き込んだ。
つんのめるように押し出される少女。
「はは、間に合っ」
直後にすさまじい衝撃がおれをおそった。
残念ながらじぶんが逃げる余裕はなかったようだ。でも不満はない。ちゃんとやりきったからだ。
「ふむ、イレギュラーなことが起きたと見に来れば面白い。こいつは己の限界を超え運命を変えたのか」
真っ暗闇のなかで聞きなれない声がした。
「本来であればあの童は二人とも死んでいるはずだったのだがな」
男のような女のような不思議な声。
こいつが誰なのか分からないがどうやらちゃんとあの小学生たちは助かったようだ。
おれはそのことに安堵する。これで死んでたらおれは何のために命を失ったかわからないからな。
「さてどうしたものか。死すべきものが生き、生きるべきものが死んだ。因果を巻き戻してねじれを解消してもいいのだが」
おいおい、変なこと言わないでくれよ。
まるでおれのやったことが間違いみたいじゃないか。
「安心せい。さすがに我もそこまで鬼ではない。まあ運命に抗う魂なら二人分の魂の代わりとなろう」
よかった。これで心置きなく旅立てるというものだ。ああ、パトラッシュ。なんだか眠いよ。
「まあ待て。おぬしのような面白い魂は久しぶりだからの。このまま冥府の神にくれてやるのももったいない気がしてな」
え、冥府?神?
まさか本物とか言わないよね?
なんか嫌な予感するんですけど?
「そうだ、異世界に行こう」
そんな旅行会社のキャッチフレーズなことおっしゃられても困るんですが。
「知り合いが活きの良い魂を探していたことを思い出してな。おぬしも生きかえれるんだから不満もなかろう」
えー。せっかく綺麗に終われそうだったのに。
「こういうときは餞別に特殊な能力を授けるのが定番なのだが。おぬし既にステータス魔法もってるのか。ならそれでいいか」
『当たり前です。なんせわたしがついているんですからそこらのチートなんか束になってもマスターには敵いませんよ』
あのー、どうせならおれもチートな能力が欲しいなーなんて。
『あ?』
なんでもないです。
殺気のこもったヘルプの声に魂がふるえる。
「話はまとまったな。それでは新たな世界へ旅立つのだ。おぬしの行く先に幸多からんことを」
そんなこんなでおれの人生はまだ続くようだ。
挫折パートも入れた方が主人公の変化の唐突感が減る気もするけど長くなりそうなのでカット