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唯一の男系継承者

「羽黒くんの試みが上手くいくとは限りませーん。こちらはこちらで出来ることーをしましょう」


 座った香取はボイスレコーダーから社長の言葉をパソコンで文字にする。


「小村さんも言ったように裏を読み過ぎて失敗する可能性もあるから着実に一歩一歩進めていく。候補者は後からでも追加できるので、とりあえず六人とする。ここまでで質問はあるか」


 羽黒がいなくなってやり易くなったようだ。リーダーは香取に決められたのだから任せてみるつもりでうなずいた。


「先ほど論点として書き出した六項目を候補者に面談して調査していく。次に君たちの理論と照らし合わせて最適と思われる候補者を決定する。質問はあるか」


 自惚れているわけではないが、この程度の結論を出すだけなら我々は必要ない。


「ほーい」

麦原が手を挙げた「候補者以外にも意見は聞いた方がいいと思いまーす」


「たとえば」


「相談役やOBのように利害のない人たちでーす」


「なるほど。客観的な意見はあった方がいい。具体的には後で選定するとして項目については問題ないか」


 役員相手に何度も聞きにいくのも失礼だから充分に議論しておかなければならないということだろう。


「⑥ですが選択制とするのですか。それとも無条件で」


「自分は選択方式でいいと思っている。他の役員も候補になってくると収拾がつかなくなるからな」


「場合によっては新しい候補を見つけることにもなりまーす」


「無条件にしておいて迷ったら提示すればいいのでは」


「それでいこう。他にはどうだ」


「⑤はこちらで調べれば分かるので面談では不要ですね」


 うなずいてパソコン上から削除する。さらに考え続けているので退屈になってきた。


「ここは急ぐことはないと思います。じっくり考えて下さい」


 一旦解散して職場に戻ることにする。さっそく大水が話しかけてきた。


「銀山くん、午後までいないならちゃんと言って欲しかったな」


 喋り方が少しマイルドになった気がする。


「申し訳ありませんでした。今後気を付けます」


「今後はもうなくてもいいよ」

なぜか上機嫌だ「だから今日は蟹にしよ」


 予想外の展開になった。しかしこの部署に配属になってから大水には世話になりっ放しだ。少しはお礼が必要なのかもしれない。今日のお詫びも兼ねて行くことにする。


 午後三時に再び集まった。


「項目は検討してみたがニュアンスを変えるだけなので変更なしでいく。相談役等については社長夫人、元専務の黒糸(くろいと)氏、退職した元秘書課々長の赤根(あかね)氏の三人とする」


 自分の担当は圭吾重役、久史氏、赤根氏の三人になった。連絡先も記されているので自分のスマホにメモする。小村からコメントが入った。


「礼二氏と久史氏は先に連絡を取りましたので要件だけ話して頂ければよろしいです」


席に戻ってイントラで重役のスケジュールを確認し、明日の午後一時から予定を入れる。次は久史氏に電話を入れた。2コールで出る。


「誰」


 待っていたのかと思ったが、ぶっきら棒な対応だ。


気を鎮めて要件を伝える。


「君の役職は」


「係員ですが」


「要するにヒラってこと。俺も軽く見られたもんだね。将来の社長に面会を申し込むなら最低でも部次長クラスじゃないと釣り合いが取れないってもんじゃない。出直しておいで」


 一方的に切られた。香取に報告するかどうか迷ったが自分を大きく見せたいという気持ちから出た言葉だと判断して放置することにする。こちらから連絡を入れなければ不安になって掛けてくるはずだ。


 もう一件あるので先にそちらを片付けた方がいい。


「はい、もしもし。赤根でございます」


 ゆったりとした口調は奥さんだろう。要件を伝えると日時を決めてくれればよいとのことだったので明後日の昼から伺うことにする。


 大きく息を吐いて時計を見ると五時になろうとしていた。大水が両手の人差し指と中指を立ててチョキチョキしている。日報を入力して終礼が始まろうとしたときだった。


「調達の大水です」

表情が少し緩んだ「銀山くん、小村っちから電話」


「はい」


「久史さんからです。おつなぎします」


「はい調達の銀山に替わりました」


「どうして電話が掛かってこないんだ」


 かなり高揚している。


「タスクチームに部次長級はいないからです」


「い、いないからって掛けなくてもいいのか」


「いないのですから仕方ありません」


「じゃあどうするつもりなんだ」


「お話を聞いてもらえませんでしたと報告するつもりです」


「お、お、お前はそれでもいいかもしれんが上司はどうなんだ。そんな報告をしたら社長に怒鳴られるぞ。下手すりゃ左遷だ。上司に替われ」


「この仕事は社長から直接依頼を受けております。候補者が一人少なくなりましたということになるでしょう」


「お前は何も知らないかもしれんが今回の後継者選定は俺の親父が社長に提言して動き始めたんだ。男系継承でなければ成り立たないと結論を出したのもお前たちだろう。分かってるのか」


「ですから私が面談を行いたいと申し出たのです。それに対しあなたは部次長でなければ相手をしないとおっしゃった。面談を行えるのは私だけです。それが不満であれば候補から外れて頂く外ありません」


「融通の利かない奴だな。どこかの部長に依頼すれば済むことだろう」


 少し間を置く。これで主導権を取ったと勘違いしているはず。


「忙しいので切らせて頂きます」


「ちょ、ちょっと待て」


「まだ何か」


「分かった。お前でいいから会ってやる。京都に本店のある料亭が駅前にあるだろう。そこを予約しておけ」


「ご馳走して頂けるのですか」


「お前が払うんだ。そんなことも分からんのか」


「では失礼します」


 受話器を置いて大水と向き合う。


「駆け引きでもしてるの」


「ううん、切れかかっているだけ」


「後で痛い目に遭うかもよ。我慢も時には大事だから」


 おそらく大水もそうしてきているのだろう。しかし久史だけは別だ。こんな人間が社長になるとは思えないし、役員も一般社員も言うことを聞かないはず。早いところ正体をあばいて候補から外してしまえばいい。


「じゃあ行きましょうか」


「電話待たなくていいの」


「そんなことをしたら帰れなくなる」


 明朝どうなっているか楽しみだ。

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