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徹夜は非効率か

 部屋から出ると日が傾き始めていたがまだ少し暖かさが残っていた。


「小村さんに言っておいた方がいいんじゃないですか」


「そうだな。じゃあ銀山頼む」


 小走りで執務室まで行きドアをノックする。


「はい」


 駆け寄る音がしてすぐにドアが開いた。


「三人で図書館に行ってきます」


「ちょっと待って下さい」


急いで机に戻りパンフレットのような冊子を持ってきた「先に夕食と着替えを決めて頂けますか」


 正門に向かって歩き始めている二人を呼び止める。


「親子丼だな」


「私も同じでーす」


 理由を聞くとレンゲだけで食べられ食事中も作業ができるからとのことだった。着替えは羽黒が断ったので麦原と二人分頼んでおいた。


「お食事はそれだけでよろしいのですか。他に単品メニューもありますし遠慮なさらなくても結構ですよ」


 小村は目を丸くしたが訳を話すと納得した。一時間ほどで帰ると伝え二人の後を追う。


 正門から出ると来客駐車場に停まっていた青いボデーのBMW・M4から麦原が顔をのぞかせた。シートを倒して後席に乗り込むとすぐに背中が押し付けられるように発進する。普段の行動からは想像もつかないほどの機敏なハンドルさばきだ。運転を見ていると左手が頻繁に動く。最近では見ることのないマニュアルトランスミッションだった。


「驚いただろう。聞いたら実家はけっこうな資産家だそうだ」


 一般の企業は終業時間を5時以降に設定しているのでこの時間はまだすいている。それを考慮した上でギリギリの4時半に行くと決めたのだろう。


 市街地にある県営図書館は地下に広い駐車場を持つがすぐ止めることはできなかった。


「先に行ってきて下さーい」


 駐車待ち車両に並んだところで麦原が振り向く。言葉に甘えることにして羽黒と一緒に館内に入った。


 先に自分の借りる本を確保して麦原が来たところで一緒に探す。三十分ほどで駐車場に下りてくることができた。


 会社に戻り正門で訳を話してエントランスに横着けする。叱られるのではないかと思ったが自分たちがVIP待遇であることを思い出した。


小村が出てきたので台車を頼むと普段でも使っているらしく、すぐに出てくる。羽黒と二人で本を台車に移すと麦原は猛スピードで出て行った。


 台車を押してエントランスに入ると鬼谷が待っていた。それを見た羽黒が軽く手を上げて外に出る。何をしたのか分からないがすぐに戻ってきた。テーブルの上には夕食が準備されている。


「おいおいどうしたんだ、その大量の本は」


 羽黒が顔をしかめる。


「本を積めと言ったのは鬼谷次長ですよ。お忘れですか」


「いや忘れてはいないが」

背表紙に目を遣る「真面目にやろうとしていないか」


「鬼谷次長、根拠がないと報告するためには何が必要ですか」


 この短い会話の中で次長の文字が二つ入った。向かい合って話をしているのだから必要ないと思うのだが。


「様々な資料に目を通したという実績だろう」


「山のように本を積んでも社長から受けた質問に一つでも答えられなかったら社長はどう思うでしょうか」


「全部覚えていろと言う方が無理だ」


「相手は社長ですよ。そんな言い訳をして社長から叱られたとき鬼谷次長はどんなフォローをしてくれますか」


「一所懸命取り組んだことは説明するつもりだ」


「社長がそれで納得してくれるとは思えません」


「じゃあどうすればいい」


「真面目にやるしかないんです。鬼谷次長の指示通り根拠がないと報告するにしても」


 鬼谷が言葉に詰まった。羽黒の言うことも分かるが真剣にやって男系に意味があると結論付けられてしまうのが怖いのだろう。


 こちらに手の平を向けて抑え付けるような仕草で迫ってくる。


「分かった。とりあえずは君たちが納得できるようにやってくれ。しかしだ」

眼が左右に動いた「根拠があるという報告になりそうなときは必ず先に相談して欲しい。というか必ずすること。社長の耳に入れていい内容かどうかは私が判断する」


 鬼谷が話している最中に麦原が戻ってきた。


「何を相談していーるのでしょうか」


 羽黒が麦原に手の平だけ向けて鬼谷に言う。


「分かりました。これから食事ですので次長はお戻り下さい」


 不安そうな表情のまま三つの器に視線を落とす。丼の中は見えないものの匂いから卵系の具材であることは想像がつくはず。気にしたのは器そのものだ。


「もしかしてVIP用」


怯えた顔に変わった「姫山課長から何か言われているのか」


 逆に羽黒は余裕の表情なる。


「しっかりやって下さいと言われただけです」


「それだけか。他に何か指示を受けたのではないか」


「指示は受けておりません。我々が集中して仕事ができるようにご配慮頂いているだけです。さあ冷めないうちに食べよう」


 先に座ってレンゲを手にする。鬼谷の顔を見ながら自分も席に着いた。


「くれぐれも言っておくが資料には目を通すだけでつまらない想像力は発揮しないこと。それより何か欲しいものがあったら遠慮なく言え。ここでの君たちの上司は私だからな」


 大きな手の平でこちらを抑えつけて出て行った。焦りを感じているのが手に取るように分かる。ただ羽黒の言っていることも事実で鬼谷が勝手に勘違いしているだけだ。


 羽黒はレンゲを手にして同時にパソコンを操作する。


「食べながらでいいから聞いてくれ」


ディスプレイにはCH1が表示されてエクセルが起動した「これは明後日の報告までの工程表だ。異論もあるかもしれんが男系の根拠解明に向けて全力を尽くす」


 表によれば明日の午前中までに男系思想の基になった宗教なり哲学なりを特定し、午後はその教義に従って性行為から出産までのストーリーを作りながら科学的な考察を付け加えて社長に報告するとなっていた。


 これまでの流れだと起源となる宗教は景教にほぼ決まったとの印象を受けたのだがどうして明日の昼まで時間が取ってあるのだろうか。それをまず聞いてみた。


「景教はユダヤ教、キリスト教、ギリシャ哲学の混合だ。キリスト教も東方正教としているが確実とは限らない。もっと言えば日本まで来る過程で他の宗教が干渉した可能性もある。そのための時間だと考えて欲しい。それじゃ食べ終わったら作業に取り掛かろう。だらだらしていると帰れなくなってしまうからな」


 帰るというのはどこかで作業を一旦打ち切るということだ。


「帰って大丈夫ですか。二日しかないんですよ」


「徹夜を考えているのか。そんな時間があると思うと逆に安心して作業も遅くなる。起きている時間に集中してやった方が間違いなく効率的だ」


 図書館へ行く前に着替えを断っていたが帰るつもりだったとは思わなかった。しかしそれならばどこかで見切りをつけるしかない。小村に電話してお茶を持ってきてもらうことにした。


「失礼します」


 手でお茶を乗せたお盆を持ち台車を押してきた。


あわてて駆け寄るとわずかに口角を上げて首を横に振った。


「大丈夫です。作業を中断して申し訳ありません」


そう言われると返す言葉がない。うなずきながら台車を見ると乗せてきたのは着替えと体を拭くタオルと毛布だった。着替え用にと第二応接室の鍵を麦原に手渡し、代わりに丼を下げてゆく。


説明もなく毛布を置いていったということは同様な事例が他にもあるのだ。羽黒から沈んだ声が聞こえる。


「泊まっていけということらしいな」

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