訪い
以前から書き続けて来ましたシェネリンデ王国の続篇です。主人公コンスタンツ・アウロォラの幼い恋と、彼の存在の意義を問う物語になっています。宜しくお願い致します!
漆黒の闇の中、暗闇に薄く目を開けたまま睡ることも敵わない日が続いていた。
ローザが僅か15歳の若さで急逝してしまったと知ってから。天蓋を抜けると、厚い帳で閉ざされているはずの闇の中に、仄明かく夜明けの陽光の兆しが有る。
皆が起き出して来る時間が近づいていることが知れた。幼い頃から私の近習として主従の則を越えて仕えてきてくれた者達は、ここの所の私の状態を憂えてくれている。昨夜もまんじりとも出来なかったと知らせて悲しませたくなかった。
寝室を出て、しんとまだ静まりかえった屋敷の薄闇の中を、幽鬼のように彷徨う様は、居場所を捜して流離っていたあの頃と同じだった。
重ねて2人生まれる必要は無かった。求められて存在しているのでも無かった。ただ、誰も寄り添う者が無くなる所に、兄1人残して逝くことが出来なくて傍に留まっていた。
ローザと関わって、彼女のために、彼女の傍に在るとき、私にも未来を夢見る資格が与えられるような気がしていた。なのに、敢えて己が手でその縁を断ち切った。
人目を避けて彷徨いでた温室は、あの時と同じように薔薇の香気に充ちていた。ローザの漆黒の髪には真紅の大輪が映えた。だがまだその蕾は硬い。
あの夜、涙を湛えた彼女が私に訪いを告げたのは大輪の硬い蕾だった。胸が潰れるような思いでうてなを手折り続けて居たのだろうに……
夢に逃げ込んで、少しの間睡っていたようだった。額に暖かい掌の感触が乗せられて、意識が現の間に浮かび上がった。
目が開くと、クリスの幼い顔があった。
何事が起こったのかと慌てた私を尻目に、彼は如何にも不思議そうに聞いた。
「とうしゃまは、怖い夢を見ていたの?!」
聞かれたことが余りに突拍子も無くて、呆然としていると、小さな指が立てられて、眉間に出来た皺を伸ばすように撫でさする。
「だいじょうぶ。こわくないよ。だいじょうぶ」
小さな手で懸命に頭を撫でる。どぉ?!と、言いたげに覗き込むその可愛らしさに微笑むと、満面の笑みが返ってきた。
起き上がり膝に抱き上げると、暖かな重みが実感となって胸に迫ってくる。
君は……こうして抱き締める充実を感じていたのだろうか?!2歳に成ったこの子を乳母に預けて、使命に戻ろうと、学生の日常に立ち戻ろうとした刹那、事故に逢うまで。
生きろと……この子を縁に生きろとローザの声が言う。
“駄目よ!この子を置いて此方にみえたら、例え貴方でも許さないわ”
「泣いちゃダメ」
面影を映した顔に、ローザの声が重なった。
お読みいただき有難うございました。
暫しのお休みを頂いてましたが、お話の間を績めるべく、再び書いてみました。宜しくお願い致します!