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真似をしろ。

私の家族は父、母、兄、私だ。

父は公務員、母は教師、兄は郵便局員、私は地元企業で事務職をしている。

私の家族は職業から分かるように真面目である。

多少の言い合いをすることはあるが家族仲も良い。

だが仕事の悩みを家族には相談できない、なぜならみんな全力で私の悩みに向き合うからだ。

私は悩みの答えを求めているのではなくほとんどの場合ただ愚痴を聞いて欲しいだけなのだから。

そんな時私は叔父に会いに行く。父の弟だ。

叔父は最近祖母のやっていた喫茶店を引き継いだ。

それまでは売れない役者をしながらバイト生活をしていたが喫茶店のマスターへ可憐なジョブチェンジを果たした。

この前祖母と話した時に聞いたが、祖母は息子である叔父さんがいつまでも役者を夢見るフリーターでいる事が心配だったそうだ。

もちろん今も役者を目指して頑張っているようだがなかなか芽が出ないようだ。

でも私はそんな叔父が大好きだ。叔父には私に無いものをいっぱいもっている。

父と叔父は年が離れている。12歳違いなので干支が同じだ。そして私とも12歳違いで干支が同じなのだ。私23歳、叔父35歳、父47歳だ。

だから私は叔父さんを年の離れた兄のように昔から慕っていた。


「いらっしゃいま・・・花子か。いらっしゃい。」


なぜ私には【ませ】が無いのか。気になどしないがそこまで言ったなら言い直さなくてもいいのに。


カフェオレという前に叔父はカフェオレの準備を始めている。

祖母がやっている時から私の飲み物はカフェオレだ。

カフェオレにストローを刺し1日の疲れを癒す。これが私の社会人になってからの日課だ。


ふ~と溜息混じりの息をする。


「どうしたんや?えらい疲れとるやないか?」

叔父は関西弁だ。昔、役者修行と言って大阪へ半年ほど行っていたがそれ以来叔父は関西弁を愛用している。わずか半年で方言が移ってしまうのかは不明だが叔父は流されやすい男なのだ。

私は叔父に仕事の愚痴を話し始めた。


「今日上司に提出した資料が何度もやり直しさせられて結局その資料作りで1日終わったうえにその資料を上司が後で手直ししてた。それなら最初から自分でやればいいじゃん。」


「あ~、それで不機嫌なんだな。」

そう、と言い私はストローを咥える。


「花子は入社して何年目だっけ?」


「3年目」


「そうかぁ。じゃあ仕事もある程度覚えて慣れてきてるころやなぁ。」


まぁね、と言いまたストローを咥える。


「資料の依頼はよくあるの?」


「たまに、3ヵ月に1回くらいかな。毎回悪戦苦闘しながら作ってる。」


「他の人はどうなの?例えば同じ職場の先輩や同期とか?」


「1人先輩が毎週のように作らされてる人がいる、それで処理しきれないものが私達に回ってくる感じかな。」


「そうかぁ。じゃあその先輩は花子から見てどう見える?」


「タイプじゃない。」


「ちゃうがな!。仕事の話や。」


「あぁ。めっちゃ出来る感じ。優しいし。いろんな人から仕事の依頼されてて大変そう。」


仕事が出来て優しくてもタイプじゃないと言われるその先輩が可哀そうだ。


「じゃあ花子はその人の資料を見た事ある?」


「少しだけある。綺麗にまとまってるけど内容的には私が作っても似たようなものになる気がする。」


「内容が似たような感じなら1つは見せ方やな、花子の仕事の内容は俺はよくわからんけど、きっとその先輩は見せ方がうまいんや」


「見せ方?グラフとか写真?」

確かにグラフや写真の多めの資料だったけど私の印象ではそこまでグラフにしたら逆に見にくいのでは?という資料だった印象がある。


「そうや、写真やグラフの他にレイアウトも大事や。

でもな一番大事な事があるんや。何か分かるか?」


「1番大事なもの?色使いとか?」


「それもある。でもな1番大事なのは誰がOKを出す資料かってところや。

さっき花子も言ってたそこまでグラフにしたら見にくいのでは?って話や、多分その先輩も同じ事思いながら資料作っとると思うで、でもなその先輩は分かっとんねん上司はそれを求めてるって事を。

上司好みの資料を作ってるんや。誰もが見やすい資料を作るのが1番良いに決まってる。

でもな、社会人ってそういうところあるやん、どんなカッコいい事言ってても上からの命令って絶対やん。だからその先輩は上司好みの資料作ってるんや。

でもなその先輩を上司に媚びた先輩だなんて思ったらあかんで、そういう事を分かってる人間は絶対に上に行く、そんなクソみたいな資料作らせる上司よりももっと上にな。

その時にきっとその先輩はみんなに分かりやすい資料を作らせる立場になるんや。」


私はストローから口を離し叔父の話に聞き入っていた。

叔父の声は聞いていて心地が良い。関西弁だからだろうかテンポが良いのだ。

そんな事よりも今の叔父の話だ。

もし今の叔父の話が正しいなら私も同じようにすればうまくいくのだろうか。

というか叔父の今の話はただの予想だ、明日会社で確かめてみよう。



次の日、私は過去に上司が作った資料と先輩の資料を見比べてみた。

結果はそっくりだった。もちろん同じ内容の資料では無いので内容は全然違うのだが、色使い、言い回し方、グラフの異常なまでに多用しているところも。

もしかしてと思い今の上司とは違う以前の上司とその当時の先輩の資料を比べてみた。

やはりそっくりだった。

そうか先輩は上司に合わせた資料を作っているのだ。

へーと感心しながら先輩をチラリと見ると休憩所でお菓子を食べながら天井を眺めている。


凄いとは思うが・・・・・・好きになることはないな。


私は仕事終わりに叔父の喫茶店へ足を運んだ。


「純ちゃんの言った通りだった。」

純ちゃんとはこの叔父の事だ。家系図的には叔父だが子供の頃から純ちゃんと呼んでいる。

6歳の子供が18歳の人をおじさんと呼ぶのは私も周囲の大人達も違和感があったからだろう。

だから今もずっと純ちゃんだ。


「そうかぁ。じゃあその先輩と同じようにしてみたらうまくいくんちゃうか?」


「うん・・・。でも同じ事したら真似してるみたいで少し嫌だな。」


「花子。真似するんは悪いことじゃないで、もちろん悪い事を真似したらあかんけど良いことはどんどん真似するんや。真似して真似してそこからさらに良いと思う事を付け加えてオリジナリティーをだすんや。

赤ちゃんだって親の真似して言葉覚えたり、歯磨き覚えたりするやろ?

仕事だって同じや、みんなそうやってちょっとずつ進化していってるんやで。

おじさんのスマホ見てみ。」


そう言うと純ちゃんはスマホを私に見せた。


「どうや?メーカーも真似して真似して競い合って今ではカメラ5個やで。

花子の毛穴までくっきりやで。」


と私にカメラのレンズを向ける叔父に殺意が芽生えたのは言うまでもない。


「そんな毛穴でかないわ。」


「お!ええつっこみやな。」


それから私は資料の作成依頼があると上司の過去の資料を参考に作るようにした。

もちろん内容は違うのでレイアウト、色使いを参考にしグラフ、図は多めに作成した。

指摘事項は少しあったが前に比べてやり直し回数は減った。

それからというもの資料の作成依頼が前に比べて増えたのだ。上司好みの資料を作成する事により前より仕事が振られるようになってしまった。これでは本末転倒だ。

私はまた叔父に相談することにした。


「資料作成の仕事が増えた。辛い。」


私は喫茶店のカウンターに座るなり開口一番で叔父に愚痴をこぼした。


「なんやいきなり。」


「純ちゃんの言うとおりにしたら資料作りは早くなったけど、資料を作る回数が増えて逆にしんどくなった。」


「ほほ~。そういう事か。」


と言いながら叔父は私のカフェオレを用意する。


はいどうぞ、と言い叔父は私の前にコーヒーを置いた。


「何これ?コーヒーだよ。私はコーヒーじゃなくてカフェオレが飲みたいの。いつも私はカフェオレでしょ。」


「今花子は俺がカフェオレを出すと思ったやろ?」


「うん。」


「上司もそうやと思うで、次も良い資料を作ってくれるって思ってるから次の資料も花子に任せようってな。仕事を回されるって事は期待されてんねんで。」


「・・・そうなのかな?」


「そりゃそうやで、資料作成1つにしても誰に依頼したらいいか上司は悩んどるで。無難に先輩にまかせるか、時間かかっても花子に任せるか、別の人間に任せるか。その結果花子が選ばれたんや。

過去の仕事の成果は自分の名刺であり、自分という商品をアピールしてくれる営業マンやで。

次の資料もちゃんと作りーや。」


そういって私の目の前のコーヒーをカフェオレに変えてくれた。


私は期待されているのか・・・。

私は仕事にやる気がでてきた。


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