第五章:ソワソンの地へ
「では貴方の村に“謎の魔獣”が居るのですか?」
小聖職者は隣を歩く少年に問いを投げ、それに少年は頷いた。
「はい。最初は周辺の畑などを荒らしていたので、ただの獣と思っていました。ただ段々と他の獣を襲い・・・・ついには魔物まで襲われたんです」
少年は顔を青くしながら小聖職者と、先を進む青年に言った。
もっとも青年はあれから殆ど会話に混ざってこない。
ただ前を黙々と進んでいるだけだが・・・・・・・・
『僕と修道女様の歩幅に合せている・・・・・・・・』
少年は青年の歩幅を見て察したが敢えて言わなかった。
それは青年が無駄な話を嫌うと察したからである。
対して小聖職者は少年である自分の話を聞いて何か察するものがあるのか・・・・こう尋ねてきた。
「つかぬ事を尋きますが・・・・今、修道院の長を務めている方はどなたか分かりますか?」
「フランシス修道院長です」
少年が言った人名に心当たりがあるのか、小聖職者は「なるほど」と頷いた。
「・・・・そいつを知っているのか?」
ここで青年が小聖職者に問いを投げた。
ただし前を向いたままだ。
「噂では聞いた事があります。一信徒の身から叙階で司祭になった稀有な人物と・・・・ただ、その反面で清貧を旨とする聖教の教えから逸脱した格好を好んでいるとも・・・・・・・・」
「ふんっ。叩けば叩くほど埃が出るな」
綺麗に掃除するのが一番だと青年は皮肉を込めて言うが、それに対して小聖職者は何も言えない様子だった。
「ですが・・・・聖教は・・・・僕を始め・・・・心の支えになっているのも事実です」
少年の言葉に青年はチラッと視線を向けてきた。
それに対して少年は怯えもあったが・・・・こう続けた。
「確かに聖教は醜聞が今も絶えません。実際、僕を追い掛けて来たのもフランシス修道院長の抱える私兵団なんです。ただそれでも・・・・不安になる時や家族が病気になった時に救いの手を求めるのは・・・・聖教なんです」
だから聖教が心の支えになっていると少年は語った。
「俺の家に住む“ヤモリ”が聞いたら冷笑を浮かべそうな台詞だな。しかし・・・・お前の台詞には筋が通っている」
そういう言葉は嫌いじゃないと青年は言い、再び前を向いた。
「あの、修道女様・・・・ヤモリとは?」
少年は青年から小聖職者に視線を向け小声で問い掛けた。
「あの方に仕える騎士の一人です。ただ・・・・聖教を憎悪しているんです」
それを聞いて少年は青年が言った冷笑を浮かべるという言葉に合点した。
「ですが・・・・貴方の台詞は、あの方が言った通り筋が通っています。だから大丈夫です」
ヤモリと称される騎士は聖教を憎悪しているが、それでも一本の筋あるいは信念を持った者には不器用だが優しさを見せると小聖職者は語った。
「そうなんですか・・・・あの修道女様と騎士様は何処から・・・・・・・・」
「聞いてどうするんだ?」
青年の言葉に少年は途中で言葉を紡ぐ。
しかし小聖職者は咎めるように青年を睨んだ。
「そういう言い方は控えて下さい。ただ、この子は私達が何処から来たのか知りたいだけなんですから」
「それを敵に知られたらどうするんだ?」
「ここに敵は居ません」
「気配を隠しているかも知れねぇだろ?」
「あ、あの・・・・・・・・」
『(てめぇ、貴方)は黙って(いろ、いて下さい)!!』
少年は居たたまれず間に入ろうとしたが2人の剣幕に押されて沈黙した。
すると2人は足を止めて子供みたいに口喧嘩を始めた。
その口喧嘩のボリュームは何処までも届く勢いで少年は2人の口喧嘩が逆に敵が聞くのではないかと不安に思った。
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「では騎士様達はベルジュラック地方から・・・・・・・・」
「あぁ・・・・そうだ。こっちの小娘はカロリング地方から来た」
青年はムスッとした表情を隠しもせず少年の問いに答えた。
対して小聖職者は小娘と呼ばれ怒りの表情を見せたが可愛らしいクシャミをして毛布に包まる。
逆に青年は鍛え上げた上半身を惜しげもなく晒している。
あの後2人の口喧嘩はヒートアップを続け、ついには小聖職者が少年である自分の手を引き別道を行こうとした。
それを青年は悪態を吐きながら追い掛けて来たのだが・・・・運悪く2人は隠れた沼地に落ちてしまった。
その結果・・・・急きょ焚き火を焚いて服を乾かす事になったのだ。
「うぅぅ・・・・こんな事になるなんて・・・・・・・・」
「てめぇの自業自得だ。対して俺は災難を被った被害者だ」
「いいえっ!被害者はこの少年です!私と貴方のせいで帰りが遅くなったんですから!!」
「・・・・帰る場所があるのか?」
青年は小聖職者の怒声に耳を抑えながら少年に問いを投げた。
しかし、その眼は察している様子だった。
「・・・・僕に帰る場所は、ありません」
「それはどういう事ですか?」
小聖職者は少年の言葉に問い掛けたが、その表情は察している様子だった。
「“よくある話”です。3歳の時に流行病で両親は死に、それからは叔父夫婦の家に厄介しているんです」
「・・・・“邪魔者”扱いされている訳か」
小聖職者同様に察した青年は少年の現在の立ち位置を短く言い当てた。
その言葉に少年は力なく頷いた。
「何時も言われていました・・・・・・・・」
『碌に働きも出来ない小僧一人のせいで生活は悪くなる一方だ!!』
『あんたは他人の家に厄介になっているんだ!家の子より飯は少なくて当たり前だよ!!』
「そんな・・・・・・・・」
小聖職者は少年の現状に憐れみの声を出したが青年は鷹揚に頷いた。
「お前の言う通り・・・・確かに“よくある話”だな。親切な人間か、真っ当な聖職者が側に“居れば”という話と同じく」
青年の台詞に少年は頷いた。
「今は誰も住んでいない村外れの小屋に暮らしています」
幸い修道士達は自分に色々と救いの手を差し伸べていたから食べる事は出来ると少年は語った。
「ただ最近は例の獣の話題もあって外部との交流を禁じているんです」
だから修道士達から学んだ知識で薬草などを採取し、それで食い繋いでいると少年は語るが表情は暗い。
「・・・・逞しいな」
青年は少年を評価する台詞を発しながらボンサックから干し肉等を取り出した。
「俺は少し寝る。腹が減ったら好きに食え」
「ですが、それでは・・・・・・・・」
「獣のせいで肉は手に入らないだろうな?しかし・・・・ちょいと自然の中を探せば食える植物は在る」
「・・・・・・・・」
「だから気にするな。ただし俺の食い物を食うんだ。その代償に・・・・村に着いたらお前が住んでいる小屋に厄介させてもらう」
それで割り勘だと言って青年は目を閉じた。
途端に少年は腹を抑えた。
それは自分の村からここまで碌に飲まず食わずの状態で逃げ続けたから腹が限界を迎えたからである。
しかし先ほど水を飲めたから多少はマシになったが・・・・・・・・
「・・・・食べて良いんですよ」
私も食べますからと小聖職者は言いながら干し肉を手にした。
それを見て少年も静かに干し肉を手にし少し口にした。
久し振りに食べる為か、干し肉は塩辛い味だった。
しかし少年は味わって食べながら青年を盗み見した。
青年は眠っているのか、微動だに動かない。
ただ毛布からも見える逞しい体には幾つもの大小様々の傷痕がある。
その中には後少しでもずれていれば危うい傷痕があり如何に青年が歩んだ道が険しいか垣間見えた。
「あの・・・・騎士様は修道女様の護衛ではないと・・・・先ほど言いましたが・・・・・・・・」
「それは本当です。私が自分の誓いを守る為に追い掛けたのですから」
小聖職者は眠る青年を優しい眼差しで見ながら少年の問いに答えた。
その姿を見て少年はどういう意味か気になったが小聖職者は少年の心中を読み取ったように語り出した。