第四章:邪悪なる人間達
小聖職者は焚き火の温かさを上回る冷たさで目を覚ました。
目を開けると小さな炎が眼に入り、次に青年が昨日と同じく焚き火に薪をくべる姿が映った。
「お・・・・おはようございます」
「・・・・あぁ」
小聖職者は青年に挨拶し、対して青年はぶっきらぼうに頷いた。
「早く飯を食え。直ぐ出発するぞ」
青年の言葉に小聖職者は毛布から急いで出て寝具を背嚢に入れた。
そして青年の差し出した肉とパン、そしてジャガイモを食べる傍らで青年を見た。
青年は既に食事を食べ終えていたのか、コーヒーを片手に葉巻を吹かしている。
「ゲホッ・・・・それを止める事はないんですか?」
葉巻の煙に咳き込みながら小聖職者は肉を載せたパンを食べた。
「無い」
青年は紫煙を吐きながら答えたが、それに対して小聖職者は何も言わなかった。
この青年は騎士の階級を持つ領主だが性格は粗野で乱暴だ。
そして余程でない限り他人の願いを聞く性格でもない。
しかし・・・・・・・・
青年が紫煙を明後日の方角に向けて吐く辺り・・・・まだ良いと小聖職者は思った。
だが問題はこれからだ。
『魔獣が出る村まで後2~3日の距離・・・・果たして何も無く行ける?』
村までの道は街道を真っ直ぐ行けば何ら問題はないが、先日の邪悪な気から小聖職者は難しいと思った。
近くに棲んでいる獣や魔物は身を隠しているが、それとは別に釣られて来る魔物は居る。
若しくは同じ邪悪な気を持つ人間達だ。
それこそ自分達の存在を勘づいて聖教から・・・・・・・・
『待てっ!この糞餓鬼!!』
小聖職者は村の方角から聞こえてきた怒声に顔を向けた。
「ふんっ・・・・向こうから来たか」
青年は葉巻をギリッと噛むや徐に立ち上がり愛剣をベルトに設けた円形の金具に落とし込んだ。
「たくっ・・・・朝っぱらから人騒がせだな」
「・・・・・・・・」
小聖職者は青年の様子を見て静かに懐へ手を入れた。
「そいつを出すのは止めておけ」
目敏く青年は見たのか、小聖職者に待ったを掛けた。
「ですが・・・・・・・・」
「どうせ行くんだ。その時に見せろ」
そっちの方が効果的だと青年は言いながら茂みから走り出てきた人間達を見た。
最初に出て来たのは少年で、服は汚れており殴られた痕もあった。
対して後から出て来た男達は抜き身の剣を片手に今にも少年を殺そうと殺気立っていた。
しかし少年を小聖職者が保護するように抱えると小聖職者に視線を向ける。
「貴方達、こんな幼子相手に抜き身の剣を振り回して何事ですかっ」
小聖職者は小柄な体格に似合わない怒気を込めた声で男達に叫んだ。
すると男達は小聖職者と反対側に立っていた青年に視線を向けた。
「誰か知らねぇが・・・・今すぐ消えろ」
ぶっきらぼうな口調で青年は語るが、左手は愛剣に掛かっている。
それを男達は認めたが・・・・剣を鞘に納め改めて小聖職者を見た。
「失礼ながら貴女は西方派聖教の方ですか?」
男達の問いに小聖職者は頷いた。
「えぇ、そうです。私を西方派聖教の者と問い掛けたのですから私の質問にも2~3答えてもらえますね?」
「残念ながら答える事は出来ません」
男の一人が腰を折って小聖職者の投げた言葉に答えた。
「では今すぐ去りなさい。この幼子は私が保護しました」
例え教会の外だろうと子羊が困っていれば救いの手を差し伸べるのが聖職者の務めと小聖職者は語った。
「残念ながら・・・・その幼子は罪を犯しました。罪は償わせなければなりません」
「僕は何もしてない!ただ薬草を摘んでいただけだ!!」
小聖職者の後ろに居た少年は男に怒鳴ったが、それを合図とばかりに男達は小聖職者の周りを囲む。
「貴女に乱暴な真似はしたくないので大人しく・・・・その子供を差し出して護衛の男と・・・・・・・・!!」
最後まで男は言う前に剣を抜いて背後を振り返った。
「誰が・・・・その小娘の護衛だ。それからこっちの質問に答えないで、てめぇ等の用件を済ませようってのも気に入らねぇ」
今すぐガキを置いて消えろと葉巻を投げた青年は男達に言った。
「勇者気取りなら止めておけ」
男は青年を嘲笑するように忠告したが、それを聞いて小聖職者は「嗚呼」と呻いた。
その呻き声から直ぐ・・・・火花が散った。
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少年は目の前で散った火花を見て息を飲んだ。
しかし自分を護るように立つ小聖職者は額に手を当てている。
小聖職者の様子は「やっぱり」と言わんばかりだ。
青年の口調からしても窺えたが・・・・・・・・
「おらっ!!」
青年が荒々しい声と共に反りの浅い湾剣を震うと自分を追い掛けて来た聖教の私兵を一人倒した!!
「この野郎ッ!!」
別の私兵が仲間をやられて激昂し青年に斬り掛かった。
真っ直ぐ振り下ろされたロングソードは青年を叩き切らんとしたが青年は半身で躱すと湾剣を下から振り上げた。
私兵の一人が悲鳴を上げながらロングソードを落とし後ろへ下がるも青年は間を詰めて当て身を食らわした。
私兵は血を口と鼻から出して後ろへ倒れたが青年は湾剣の切っ先を私兵の首に当て、残る私兵を睨み据えた。
「てめぇ等、今すぐコイツ等を連れて消えやがれ!!」
青年の怒声に少年はビクリとしたが、目の前で行われた戦いを見たからか・・・・青年に感謝の気持ちを抱いた。
「・・・・この借りは必ず返すぞ」
最初にやられた私兵の長は右手首を抑えながら解放された部下を立たせると茂みの中へ消えた。
「ふんっ。おととい来やがれってんだ」
青年は挑発するような台詞を吐きながら懐から布を取り出し血脂を吸った湾剣を綺麗に拭い鞘に納めた。
それを少年は黙って見ていたが、青年が視線を向けると何か言わなきゃいけないと思ったのだろう。
「あ、あの・・・・・・・・」
「あいつ等が気に入らなかっただけだ」
ぶっきらぼうな口調で青年は言ったが小聖職者に視線を向けた。
「さっさと治癒魔法を施してやれ」
俺は片付けをすると青年は言い、少年は小聖職者に視線を向けた。
「大丈夫ですか?直ぐ治癒魔法を施しますからね」
小柄な聖職者は優しい微笑みを浮かべながら牧杖を左手に持つと右手を少年が怪我をした場所に当てた。
「慈悲深き精霊達よ。貴方達の御力を持って目の前の傷ついた者の傷を癒やして下さい・・・・・・・・」
詠唱を小柄な聖職者が唱えると右手が光って、少年の擦り剥いた箇所が温かくなった。
すると痛みは安らぎ、次に傷が小さくなり始めた。
「あ、あの・・・・ありがとうございます」
少年は青年に言えなかった礼を小柄な聖職者に言った。
「礼には及びません。救いの手を差し伸べるのが聖職者の務めですから」
女性の聖職者が微笑みながら治癒魔法を施す中で少年は青年を見た。
青年は焚き火の後始末を淡々と行っているが視線に気付いて顔を向けてきた。
そして後ろ腰に手をやると皮袋をポイッと投げてきたので少年は戸惑った。
「喉が渇いたら飲め」
ぶっきらぼうな口調が青年の地なのだろうと少年は思った。
しかし自分が走った事で喉が渇いているかもと察して皮袋を渡す辺り・・・・・・・・
「あの方は乱暴な性格ですが・・・・根は悪くないんですよ」
少年の心中を読んだように女性の聖職者は小さく囁いた。
それを聞いて少年はまさにそうだと言わんばかりに皮袋をゆっくり持ち上げた。