幕間:ソワソン地方の獣
青年の言葉に小聖職者は沈黙したが領地を管理・経営する青年の身から言わせれば正しいと思った。
何せ乱暴者も地で行く言動で知られている目の前の青年だが意外や意外・・・・領民からの受けは悪くない。
それは「放任主義」的な領地経営をしているからと小聖職者は思っている。
青年は仕事さえすれば大して口は出さない。
もっとも諍い等となれば管理している立場上、口を出すが手を下すのは最終手段だ。
だからだろう。
『この方を慕う者は・・・・多い』
小聖職者の脳裏に何人かの人間が頭に浮かんだ。
皆、揃いも揃って一癖も二癖もある「曲者」で、主人たる青年にも容赦ない物言いをする。
しかし、それも小聖職者から見れば・・・・・・・・
『この方を間違った道に歩ませないようにしている』
小聖職者は青年の周囲に居る人間達を見てそう思っている。
そこに個人的な思考が絡んでいるのは否定しないが・・・・・・・・
それでも皆・・・・目の前の青年を少なからず慕っているのは察する事が出来た。
自分だって青年に助けられた経緯があるから少なからず感謝している。
もっとも聖職者の卵として青年が誤った道を歩まないようにしなければという義務感もある。
『身近な人を助ける事も聖職者の立派な役目です』
これを言ったのは自分の親代わりだった修道女の言葉だが今ほど納得できる事はない。
とはいえ・・・・・・・・
「貴方の立場も解りますが・・・・いきなり乱暴な真似はしないで下さい」
「それくらい解っている。だが・・・・あの陰険な野郎共が素直に吐くとは思えない」
青年の言葉に小聖職者は沈黙したが、直ぐ言葉を投げた。
「それでも先ずは話をしましょう。幸い私なら同じ聖職者ですから向こうも耳を傾けてくれる筈ですから」
「だと良いがな。それはそうと“結界”を張れ」
周囲を見渡したが獣も魔物の足跡等は無かったと青年は小聖職者に言った。
「では・・・・・・・・」
小聖職者は青年の言葉に察しが付いたのか、石から立ち上がると牧杖の底を地面に押し付けると周囲をグルリと回った。
ただ、この時に詠唱した。
「慈悲深き光の精霊よ。どうか、あなた達の力を持って闇夜に暮らす生物から我等を護って下さい」
「光の護壁」と小聖職者が円を描き終え、名称を唱えると描かれた円を光が囲み透明な壁を築いた。
光の魔法を使う魔術師が学ぶ術の一つに数えられる光の護壁だった。
この魔法は文字通り光の壁を築く事で外敵から身を護る魔法防御壁の一種だ。
ただ他の属性と違いオールマイティに通用するのが特徴だが、小聖職者の張った光の護壁は「2重」にされていた。
ここで魔法防御壁について軽く触れよう。
魔法防御壁は9大元素の全てが出来る魔法だが、ここに魔術師の精神力もかなり掛かるのが特徴だ。
そこに2重となればかなり厳しいのだが・・・・小聖職者は別に苦しそうな表情を浮かべいない。
つまり・・・・・・・・
「相変わらず大した護壁だな・・・・・・・・」
青年は何度か見た口調で小聖職者に語り掛けながら焼いたジャガイモを食べた。
「疲れが取れたので・・・・・・・・」
小聖職者は青年に小声で答えた。
対して青年は問いを投げた。
「・・・・お前としてはどう思う?」
ソワソン地方で騒がれる「魔獣」の件を・・・・・・・・
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青年の問いに小聖職者は暫し考えた。
この青年は乱暴で自分が率先してやりたがる性格だが「畑違い」の分野に冠すると専門家の意見を必ず聞く。
そして聖職者にして魔術師である自分に青年は尋ねてきた訳だが・・・・・・・・
「・・・・恐らくですが異界より召喚した魔物か、或いは“禁術”で創成したと思います」
「禁術・・・・古代魔法の類か?」
「いいえ。恐らく交雑の方が可能性は高いです」
「交雑・・・・宮廷魔術師”マリル・ファン・シャンケス”の本辺りを参考にしたか」
「恐らくですが・・・・・・・・」
小聖職者は青年の言葉に相槌を打った。
このマリル・ファン・シャンケスはサルバーナ王国第11代目国王オルガズの時代に生きた宮廷魔術師の事だ。
彼が専攻した分野は生物と魔術で、幾つもの書物を遺した事で知られているが・・・・彼の著作「魔物の交配」が世に出されて間もなくオルガズは魔物の異種交配を禁じた。
しかし・・・・人知れず行われていたのを小聖職者は生まれ育った修道院の図書館で知っていた。
だからだろう・・・・・・・・
しかも、と小聖職者は言い・・・・青年を上目遣いに見た。
「魔獣以外も・・・・創成している可能性が高いです」
「魔獣以外?どういう事だ」
青年は自分が掴んでいた情報と齟齬があると捉えたのか、小聖職者に問い掛けた。
「・・・・魔獣以外にも召喚が可能なのは知っていますよね?」
小聖職者は静かに・・・・しかし緊張した口調で青年に問いを投げた。
「確か・・・・精霊の類も出来るんだったな?しかし、そいつ等は召喚魔法でなくても出来るだろ?」
相手に精霊や霊魂を乗り移らせる「憑依の術」だと青年は言い、それに小聖職者は頷いた。
「そうです。ただ、それよりも・・・・もっと邪悪で強大な精霊を憑依させるには召喚魔法が必要とされるんです」
その精霊を憑依させれば並みの人間では太刀打ち出来ないと小聖職者は暗い表情で言い、青年は察しがついたのか鼻を鳴らした。
「ふんっ!“ヤモリ”も言っていたが国教の座を明け渡して邪教に鞍替えした方が似合いだな」
「同じ聖職者として耳が痛いです・・・・ですが、その者達も創成している可能性は極めて高いと私は思っています」
何故なら・・・・・・・・
「ソワソン地方の方角から・・・・邪悪で強大な気を感じるんです」
「・・・・・・・・」
青年は小聖職者の言葉に無言となった。
しかし直ぐ懐から魔術師が自身の念を込めて製造した魔石を取り出すとソワソンの方角に向けた。
すると・・・・・・・・
魔石は小さな悲鳴を上げ、それから粉々に砕け散った。
「“魔力探知器が壊れる辺り・・・・かなり強いな」
青年は粉々に砕け散った魔力探知器の魔石を見ながら静かに呟いた。
「どうしますか?」
小聖職者は青年に問いを投げたが出来るなら引き返すか、仲間を呼んで欲しいと思った。
何せソワソン地方の多くは聖教の荘園で自分達は敵対関係にある。
つまり敵地に乗り込む形になるから万が一を考えれば・・・・・・・・
「・・・・呼んでいるから安心しろ」
青年は拗ねた表情を浮かべ、そして面白くなさそうな口調で小聖職者に言った。
「俺から言わせれば癪だが・・・・言われたんだよ」
『可能な限り打てる手は打つべきです。それこそ御曹司が追い掛けている“彼”なら間違いなく打ちますよ』
「こう言われてな・・・・まったく人の気持ちを利用しやがって」
面白くないと青年は言うが、それでもやる辺り小聖職者はこう思った。
『本当に・・・・”あの男”を追い掛けているのね』
小聖職者は一度だけ会った「然る人物」を思い出し目の前の青年と比べてみた。
然る人物と目の前の青年は生まれも育ちも全く違うが変な縁で出会い・・・・目の前の青年は追い掛けている最中だ。
しかし小聖職者から見れば青年と然る人物では現時点で言えば勝負は明白な結果となっていた。
もっとも・・・・・・・・
『この男は勝つまで諦めないでしょうね・・・・・・・・』
それは短い付き合いだが青年の性格からして解る。
また・・・・・・・・
『周囲も勝たせる為に頑張る・・・・・・・・』
自分だってそうだと小聖職者は思いながら・・・・粉々に砕けた魔力探知機を見てソワソンに巣食う強大で邪悪な者を如何にして倒すか考えずにはいられなかった。