第三十二章:騎士達と別れ2
木こりを始めとした男達が大量の薪を抱えて戻って来る間に女と子供達は鎮魂歌を歌う為に小聖職者とリハーサルを行っていた。
その傍らで青年は4人に魔獣とオグルの亡骸を一ヶ所に纏めさせた。
どちらも悍ましい姿をしており、今にも動き出しそうな気配すら感じられるが青年の背中に乗る少年は憐みの念を抱かずにはいられなかった。
特に魔獣には一層、強かったのだろう。
『・・・・何の為に生まれて来たのかと魔獣は考えた事があるのでは?』
青年の背中に乗ったまま少年は魔獣を見下ろして思った。
何せ魔獣は青年に倒された直後に完全体になったと言う。
完全体・・・・つまり今の姿が本当の成獣となっている訳だ。
それが死ぬ直後になった意味は?
『・・・・私達に憶えていて欲しかったんじゃないのかな?』
自分の姿は、これだと誰かに知って欲しかったのではないか?
危うく殺され掛けた身だが少年にはそう思えてならなかった。
「自分の生きた”爪痕”を残したいとは・・・・思った筈だよ」
「え?」
少年は不意に声を掛けられて顔を上げた。
すると鷲鼻の騎士がこちらを見ていたので「どういう意味ですか?」と尋ねた。
「この魔獣は、異界より召喚されて蠱毒紛いの呪術で生み出されたんだよ」
あらゆる動物の一部が証拠と鷲鼻の騎士は説明したが、蠱毒という呪術が少年は分からなかったので蠱毒について今度は質問した。
「蠱毒というのは平民でも使える呪術の一種でね。毒性を持つ動物を一つの壷に入れて共食いさせるんだ」
そして壷を土に入れ頃合いを見計らって掘り起こして唯一生き残った生物を使い魔とするのが蠱毒と鷲鼻の騎士は説明した。
「でもコストパフォーマンス的に言えば最悪だ。ただ、複数の呪術を組み合わせると通常の解呪が通じないというのが基本なんだ」
「・・・・つまり効率的は悪いですが使い潰す形なら元は取れると?」
「あぁ、そうさ。そして魔獣は最後の一匹として生まれ変わった。しかし完全体になる前に我が主人に倒されたから・・・・悔しかったんじゃないかな?」
自分が何者なのか・・・・何も分からずに死ぬ・・・・・・・・
「もし、君がその立場になったら・・・・どうする?」
「・・・・自分が生きた証を残したいと思います」
少年は鷲鼻の騎士が投げた問いに自身の思った事を告げた。
すると鷲鼻の騎士は「俺も同じ考え」と言った。
「きっと魔獣は、自分の姿を俺達に見せる事で自分が生きた証を残したかったのさ」
自分は何の為に生まれて来たのか?
「大半の動物は自分の子孫繁栄を考えて生きるけど、この魔獣は生まれが特殊だ」
そういった動物は考える時が必ずあると鷲鼻の騎士は説いたが、その言葉に隠された意味を少年は直ぐに察した。
「・・・・貴方がそうだったんですね?」
「まぁね。何せ陰の者は大体が自分達の生きた証を遺せないんだ」
職業柄とはいえ悲しいと鷲鼻の騎士は苦笑交じりに言ったが、それを表に出さない辺りも「職業柄」と少年は思いながら鷲鼻の騎士が語る言葉に耳を傾けた。
「だが、陰の者達は生きた証を遺せない事を受け入れているんだよ。それどころか生きた証を遺さずに死ぬのが至高と説くのが多いのさ」
これも職業柄的には間違いではないと鷲鼻の騎士は言いながら魔獣に話を戻した。
「魔獣も光を浴びる世界とは縁が遠かったけど俺達が来た事で内心では嬉しかったかも知れない」
自分の縄張りを荒らしに来た敵という認識は勿論あっただろうと鷲鼻の騎士は前置きした。
「しかし、自分の存在を世に広める事が出来ると無意識に思ったと俺は感じている」
これは人それぞれの「解釈」だから明確な答えは無いと鷲鼻の騎士は言って話を打ち切った。
「さて、そろそろ準備も出来たようだし・・・・やりますか?」
鷲鼻の騎士は短くなった葉巻を吹かしていた青年に問いを投げた。
「あぁ、そうだな。しかし・・・・お前が同業者から“異端分子“扱いされている理由がよく解った」
「自覚はしてますよ。もっとも貴方様も異端分子ですよ?」
「あぁ、そうだろうな?だが・・・・だから何だってんだよ」
如何に生き様を残すかは自分次第と青年は言いながら葉巻を地面に捨て靴底で揉み消した。
そして薪を持って来た木こり達に薪を配置させると従騎士の青年が用意した松明に火を点けた。
「・・・・今度、生まれて来る時はマシに生きろ」
青年は魔獣とオグルに言葉を掛けると松明を薪に向かって放り投げた。
すると忽ち薪は燃え上がりオグルと魔獣を炎で包み込んだ。
「・・・・主よ。どうか、彼等の犯した罪を赦して下さい」
『彼等の犯した罪は罪深いです。しかし、貴方様の大慈悲を持って彼等の魂を煉獄の炎から救い上げて下さい』
小聖職者が鎮魂歌の最初を歌い上げると婦女子が続きを歌った。
それからは皆が声を揃えて鎮魂歌を合唱した。
『慈悲深き主よ。貴方様の御心は清らかです。どうか、我々の願いを聞き入れて下さい。
主よ。罪深き獣達に祈りを捧げて下さい。
我々も彼等の犯した罪を清める為に祈ります。
主よ。彼等の深い悲しみを大慈悲の下に受け止めて下さい』
鎮魂歌は燃え盛る炎に包み込まれた魔獣とオグル達を安らかな眠りへ誘うように歌い上げられた。
しかし少年は敢えて歌わなかった。
ただ心中で彼等に言った。
『来世では、真っ当な生き方を・・・・・・・・』
この言葉が魔獣とオグルに届いたかは分からない。
分からないが少年は灰も残さぬ勢いで激しさを増した炎をジィッと見つめ続けた。
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魔獣とオグルを燃やした数日後に王室の派遣した調査団が来て、青年は報告書を提出した。
報告書を受け取った調査団は静かに報告書を読み終えた後に王家の紋章である獅子と百合の花の刻印が当てられた封書を集めた民草達に見せてから・・・・その封書を解き内容を告げた。
封書の内容は青年を王室が正式に領主として認める点および聖教の犯した罪状などが赤裸々に書かれていた。
しかし皆は黙って事実を受け止め・・・・調査団の代表者の言葉に耳を傾けた。
「以上の事から改めて皆に宣言する。この騎士が新たなる領主である。もし、この領主に不満を抱くなら直訴するか、或いは他領へ行く事を許可する。以上」
この言葉に皆は何も言わなかった。
それを確認するように調査団の代表者は見てから青年に話し掛けた。
「この度の騒動を解決して下さった事に女王陛下達は厚く礼を申し上げておりました」
「そう言ってもらえると嬉しい限りです。ただ”彼”の方はどうですか?」
彼という単語を青年は言うが、その彼が水の騎士と少年は直ぐに察した。
もっとも調査団の方は青年の事を既に知っているからだろう。
青年の問いに微苦笑を浮かべた。
「彼の方は何時もと変わらないですよ。もっとも貴方様同様に”賑やか”になっています」
「それは結構な事ですが・・・・もし、彼と会う機会があれば言伝を御願いします」
「その内容は?」
「なぁに・・・・今度、酒を飲もうと伝えて欲しいんです」
「まだ」飲み足りないと青年が言うと調査団は「嗚呼」と頷いた辺り何かあるのだろうと少年は察したが、敢えて口を挟む真似はしなかった。
「それなら伝えておきましょう。他には何か?」
「いいえ。後は私の方でやるので大丈夫です」
青年は調査団の代表者の問いに首を横に振った。
「分かりました。では、私達は一足早く失礼します」
そう言って調査団の代表者は部下達を連れて村を去った。
しかし、それから1ヶ月経った位で青年達も村を去ったが・・・・・・・・




