第三十章:魔獣の最期
少年は木剣を魔獣の額に力一杯に打ち込み・・・・見事に決まったのを見た。
しかし魔獣がニヤリと口端を上げて笑った瞬間も見た。
その笑みは人間のような笑みだったが、何で笑ったのか少年には理解できなかった・・・・ほんの一瞬まで。
「!?」
次の瞬間だった。
少年は宙を舞った。
宙を舞った少年は自分が回転しながら地面に吸い込まれるように叩き付けられる。
「グゥッ!?」
地面に叩き付けられた少年は強烈な痛みから苦痛の声を漏らした。
しかし自分の手に木剣が今も握られているのを確認すると痛みを堪えて立つと小聖職者に迫る魔獣の前に立つ。
「はぁ・・・・やらせ・・・・グッ!?」
少年は再び苦痛の声を上げながら地面を転がった。
道端に転がる小石とばかりに魔獣が少年を突き飛ばしたのだ。
これに小聖職者は完全に激昂した。
目の前に立つ魔獣を睨みながら詠唱しようと口を開く。
だが、魔獣は嘲笑するように小聖職者を尻尾で薙ぎ払った。
「きゃあっ!?」
小聖職者は魔獣の尻尾で数メートルほど遠くへ飛ばされた。
それを見て少年は痛みが支配する体を叱咤して立とうと試みる。
しかし魔獣は少年を無視して本来なら味方である筈のオグル達を鋭い爪で切り裂くなどした。
『ぐぎゃあ!?』
オグルの一匹が魔獣の爪で体を引き裂かれて悲鳴を上げるも他のオグル達は気にもしない。
寧ろ魔獣を完全に敵と認識したのだろう。
我先にと魔獣に群がるも魔獣は暴れ続ける。
この状況を青年は見るなり従騎士の青年と、鷲鼻の騎士に目配りして左右から魔獣を挟ませた。
そして壮年の騎士と、白髪の騎士には小聖職者を助けに行かせ・・・・自身は正面から魔獣に挑むように立った。
「おい、馬鹿デカい犬っころ」
犬っころと言われた魔獣は血塗れの顔を青年に向ける事で自分の強さを見せ付けた。
しかし青年は鼻を鳴らした。
「ふんっ!やっぱり“躾がなっていない”犬っころだな?」
行儀が悪いと青年は魔獣を酷評しながら薙刀を正眼に構えた。
「おら・・・・来いよ。俺の小姓を虐めた礼をくれてやる」
「はぁ・・・・はぁ・・・・き、気を付けて・・・・下さい」
少年は痛みが支配する体を起こして青年に忠告した。
「心配するな。こんな犬っころに俺は殺せねぇよ。何より・・・・てめぇという小姓を傷つけられたんだ。主人として・・・・落とし前は必ず付けてやる」
お前は見ていろと青年が言った瞬間・・・・・・・・
グワァァァァン!!
魔獣は雄叫びを上げるや青年目掛けて勢いよく地を蹴った。
対して青年は動かなかった。
ところが魔獣を挟むように移動していた鷲鼻の騎士と、従騎士の青年は違う。
先ず従騎士の青年が魔獣の行く先に矢を連続で射た。
しかし魔獣は矢を物ともせずに駆け続けるも高速で飛来した物体が来ると大きく飛び退いた。
その物体は鋭い刃が飛び出したラウンドシールドだったのを少年は痛む体を起こしてシッカリ見た。
ラウンドシールドは魔獣を取り逃がすと再び旋回して魔獣に迫ったが、それと同じく青年も魔獣に迫った。
正眼の構えから下段に構え直した薙刀を持った青年は半身となり魔獣の前脚を薙ごうと薙刀を振った。
グギャアアアア!!
魔獣が悲鳴のような雄叫びを上げて左前脚で青年を切り裂こうとした。
それを青年は後退して躱すと薙刀の刃を上向きにして切り上げを行い魔獣の頬を切った。
これに魔獣は更に高い雄叫びを上げたが闘志は燃え上がったのだろう。
青年に飛び掛かろうとした。
しかし、その胴に無数の矢が突き刺さった。
「悪いが兄貴はやらせねぇぞ」
従騎士の青年が弓を引き絞りながら魔獣に告げた。
だが数本の矢が刺さった程度では負けないとばかりに魔獣は青年に飛び掛かろうと再び試みる。
ところが、その体は大きく横へ吹き飛んだ。
見れば魔獣の左胴に刃のついたラウンドシールドが魔獣の胴に深く突き刺さっていた。
「黴の生えた宗教に飼われた駄犬は・・・・さっさと飼い主の下へ行きな」
ラウンドシールドを投げた鷲鼻の騎士はニヒルな笑みを浮かべると長槍を手にするや飛鳥の如く飛翔して魔獣の背中に槍を突き刺した。
グガアアアアアウ!?
魔獣は悲鳴を上げたが、顔を動かして鷲鼻の騎士を噛み殺そうとした。
しかし、それより早く鷲鼻の騎士は魔獣から離れると少年の所へ着地する。
「随分とやられたね。しかし、あの婦人を護らんとした姿・・・・間違いなく騎士の姿だったよ」
よく頑張ったと鷲鼻の騎士は言いながら少年に平たい長方形の容器から出した黒粒を差し出した。
「俺が調合した痛み止め薬だから飲みな」
後は小聖職者が治癒魔法を施すと鷲鼻の騎士は言うと青年に視線を向けた。
対して少年は差し出された痛み止めの薬を飲んでから青年と魔獣の戦いに再び視線を向ける。
魔獣は手傷を負った事もあってか、怒りに任せて青年を攻撃していた。
その攻撃は癇癪を起している幼児と変わらないものだったが・・・・・・・・
『一撃でも浴びれば・・・・終わりだ』
魔獣の爪によって抉られた地面を見て少年は心中で呟く。
だが青年騎士はギリギリの所で魔獣の攻撃を躱し続けている。
ところが攻撃はしていない。
『どうして反撃しないんだ?』
痛み止めの効果が早くも効いたのか、少年は痛みが和らぐのを感じながら疑問を抱いた。
もっとも急速に襲い掛かってきた睡魔と今度は戦いを始めた。
「ど、どうして反撃を・・・・しないんですか・・・・・・・・?」
睡魔から逃れる為に少年は鷲鼻の騎士に問いを投げた。
「我が主人の性格を考えれば無理もないね。しかし・・・・ああいう獣が相手だからこそ・・・・我が主人は待っているのさ」
意味あり気に返答してきた鷲鼻の騎士を少年は見ていたが・・・・答えは見つける事が出来た。
「・・・・確実に仕留める瞬間を・・・・探している訳ですか」
「あぁ、その通り。我が主人は先手必勝、果断速攻が旨なんだけど”天賦の才”があってね」
何処が相手の弱点か・・・・・・・・
「それを見極める”眼”が非常に良いんだ。そして危険を察知する”鼻”も利く」
この言葉に少年は疑問を抱かずにはいられなかった。
しかし鷲鼻の騎士が言った台詞は直ぐに証明された。
グガアアウ!!
魔獣が雄叫びと同時に強靭な前脚で青年を叩き伏せようと振り下ろしたが、それを青年騎士はギリギリの所で躱す。
ところが魔獣は「待っていた」と言わんばかりに地面を大きく抉り・・・・土を掬い上げて青年に向けて投げ付けた。
これによって青年は視界を封じる事に・・・・ならなかった。
それどころか魔獣の左前脚を薙刀で切り付けると背中に飛び乗った。
「おらっ!!」
青年は薙刀を逆手に持つと魔獣の背中に力一杯に突き刺した。
グギャアアアウ!?
背中を深々と刺された魔獣は悲鳴を上げながら青年騎士を振り落とそうと躍起になるが、青年は両太腿で魔獣の胴を絞め上げながら腰に手をやった。
青年は腰から束ねていた荒縄を手にすると魔獣の体に巻き付け、そのまま立ち上がると左手で魔獣を絞め上げた。
グガアアアアウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?
体を荒縄で絞め上げられた魔獣は地面に四肢を投げ出しながらも暴れ続けた。
しかし青年は再び腰に手を回し、何時も使っている愛用の手斧を手にすると大きく振り上げる。
対して魔獣は頭を大きく振り上げて青年に噛み付こうとしたが・・・・・・・・
「いい加減に往生しやがれぇっ!!」
青年が手斧を振り下ろした瞬間・・・・少年は意識を手放した。
しかし少年は意識を手放す前にシッカリと見た。
魔獣の頭を叩き割った青年の紅蓮のような表情と、魔獣の死に怯える表情を・・・・・・・・




