第二十七章:魔獣の正体
少年は暗闇から出て来た獣をマジマジと見た。
獣の見た目は頭部に山羊のような鎌状の角があることを除けば外見は「大きな犬」であった。
毛色は黒と白の斑模様で、鋭く尖った三角形の耳は犬そのものだが・・・・両の眼は血のように赤く、剥き出した犬歯には肉片が挟まっており禍々しさが強調されている。
とてもではないが聖獣とは言い難いという感想を少年は素直に抱いた。
ところがフランシス修道院長達は魔獣の血生臭い吐息を恍惚とした表情で受け止めた。
対して青年は「ただのデカい犬じゃねぇか」と見たまんまの感想を口にする。
しかし、それを従騎士の青年は訂正するよう言葉を発した。
「いいや、兄貴。犬の魔物を主にしたのは確かだけど・・・・狼の血、牛の血、山羊の血を混ぜているから所謂”品種改良種”だよ」
「クッ・・・・“悪しき獣”と勝手に評する獣を使うとは如何にも聖教らしいな」
「いやはや、予想以上に想像力が欠けた”作品”だな。これなら子供の方が遙かに想像力豊かだぞ」
「・・・・聖職者の風上にも置けない所業だな」
「・・・・・・・・」
青年を皮切りに皆は口々に感想を述べたが、それぞれの個性が強く表れた感想だった。
実際のところ的を射た感想だと少年は場違いにも思ったが・・・・魔獣を側に置いているフランシス修道院長は薄ら笑みを浮かべている。
それは自分の勝利を確信していると少年は察した。
何せ未だオグル達は生きているし、魔獣も居る。
対して自分たちは僅か6名しか居ない。
どう考えても勝ち目なんてない・・・・寧ろ修道院まで無傷で辿り着けたのが奇跡とも言えるだろう。
「常人」ならば・・・・・・・・
だが少年はフランシス修道院長の薄ら笑みを破壊するような言葉を投げた。
「・・・・悪しき獣は、貴方達だ」
「何・・・・・・・・?」
フランシス修道院長は少年の言葉に眉を顰めてきたが、少年は「聞こえなかったのですか?」と問い掛けたが・・・・こう続けた。
「声が小さかったようなので改めて申し上げます・・・・悪しき獣とは、貴方達と言ったんです」
「・・・・この私と、聖なる戦士を侮辱するか」
フランシス修道院長が殺気立ったのを少年は見て察するも言い続けた。
それを青年たちは黙って聞くように・・・・円陣を組んだオグル達と対峙するように立つ。
「・・・・ありがとうございます」
少年は自分を護るように立った青年に小声で礼を述べた。
「何を言ってんだ。てめぇは俺の小姓だ。その小姓が腐れ聖職者に”宣戦布告”をしているんだ。主人なら・・・・それを護る義務がある」
だから続けろと青年は言い、それに応える形で少年は殺気立ったフランソワ修道院長に向かって宣戦布告を言い続けた。
「聖職者とは民衆を正しい道へ誘い、そして時には悩みを聞いたり、助言を行うのが本当の役目の筈です。また聖戦士とは聖教などが認知した戦士の事を意味しますが・・・・その中には今まで積んできた徳や功績が反映されます」
例えば困っている人間を助けたとかがそうだと少年は冷静な声で説いた。
「ところが・・・・ここに居るのはオグルです。しかも元は人間でした。こんな非道な真似をする者を私は聖職者とは見ません。オグルも聖戦士とは見ません」
寧ろ倒すべき敵と辛辣に少年は評しながら・・・・青年の背中を見てから最後の言葉を投げた。
「そんな貴方達を私の主人は、直々に倒すそうなので覚悟して下さい」
本当なら自分が倒したかったと心中で少年は呟いたが、それが青年には解ったのだろう。
「ハハハハハハハハッ!!流石は俺の”親衛騎士”だ!言う事が違うぜ!!」
声高に青年は笑いながら襲い掛かったオグル数匹を忽ち斬り伏せた。
それが開戦とばかりに戦いは始まった。
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オグル達は円陣を組んだまま襲い掛かったが青年達の敵ではなかった。
寧ろ少年の言葉に活気づいたとばかりにオグル達を斬り伏せていく。
ただし数が数だけに一度でも押されてしまえば一溜りもない。
また青年達も人ゆえに疲労するし傷だって負う。
ここをフランソワ修道院長は待っているのだろう。
魔獣を付き従えたまま黙って戦いを見ているのを少年は確認した。
『自分は”高みの見物”・・・・か。良い気なものだ』
少年は自分を護るようにオグルの一匹を薙刀で斬り伏せた青年の背中越しにフランシス修道院長の姿勢を批判した。
そして何とかしてフランシス修道院長に一矢報いれないかと少年は考えた。
ここからフランシス修道院長に一矢報いるには距離がある。
自分の足では近付く事すら出来ないが・・・・・・・・
『それでも・・・・僕にだって・・・・・・・・』
少年は自分だけが何も出来ない現状を打破したい気持ちを強くしたがフランシス修道院長の手が妙に動いているのを認めた。
夜だから寒いという事もあるが・・・・まるで何かの「合図」をしようと手を温めているようにも見える。
何の合図を?
少し考えた後に少年は答えを見つけた。
『魔獣を動かす為の準備では・・・・・・・・?』
そう考えると右手だけを集中的に動かすのにも納得できると少年は確信した。
だが・・・・ここで少年は自身に待ったを掛ける。
『ここで僕が動いてもタイミング的には・・・・どうだ?』
恐らく「早過ぎる」と少年は答えを出した。
理由は青年達が疲労していない点である。
もっとも表情には出さないだけであろうとは思うが・・・・・・・・
『疲労を表情に出した時・・・・フランシス修道院長は動く』
そう少年は考えたが、それを証明する「証拠」が無い事も考えた。
『・・・・”疑似餌”で仕掛けてみるか』
少年は青年が話した体験話に出て来る単語から一つの案を頭に描いた後に・・・・青年に小声で話し掛けた。
「・・・・様。フランシス修道院長ですが・・・・・・・・」
「あの犬っころを仕掛けるタイミングを見計らっているな」
青年は薙刀を下段に構えながらオグルを牽制しつつ少年の言葉に答えた。
「はい・・・・そこで私に一計があるんですが・・・・良いでしょうか?」
少年の出した案に青年は空色の瞳を細め・・・・下段に構えた薙刀の刃先を僅かに下げた。
『今だ!!』
オグルの一匹が大声で叫んだ。
すると一斉にオグルが我先にと円陣を縮めてきたが・・・・大半が灰も残さず一瞬にして燃え尽きた。
「・・・・”炎壁”の御味はどうでしたか?」
小聖職者が静かに牧杖を手に青年の背中に自らの背を預けながら燃え尽きたオグル達に問いを投げる。
しかし燃え尽きたオグル達に感想は言えない。
そして燃え尽きた同胞たちを見て他のオグル達は一気に距離を開けた。
にも係らず敢えて青年と距離を縮めるのは「私も混ぜなさい」という強い意思表示と少年は捉えた。
ただ青年を見る事で指示を仰いだ。
「・・・・おい、小娘。暑苦しいから離れろ」
青年は小聖職者を見ずに命令口調で指示を出したが、小聖職者は「適温です」と言い返してきた。
「俺は暑い。だから離れろ」
「・・・・・・・・」
これに対し小聖職者は無言で抗議したが青年は「離れろ」とだけ言った。
すると小聖職者は無言で離れたが・・・・自分を睨むように見たのが少年には印象深かったのだろう。
「・・・・怒らせてしまいました」
「男同士でしか話せない会話もあるから気にするな。大体あの小娘は過保護すぎる」
「まぁ・・・・それはそうと私が”疑似餌”でフランシス修道院長に仕掛けても良いですか?」
少年は今も怒っているだろう小聖職者をチラ見してから青年に指示を仰いだ。
「疑似餌というと・・・・小石でも投げるのか?」
「はい・・・・フランシス修道院長の右手が小刻みに動くのは、直ぐ指示を出せるよう手を温めていると思いました。それなら・・・・こちらから先に仕掛ければ良いと思ったんです」
「・・・・・・・・」
青年はチラッとフランシス修道院長を見てから・・・・少年に言った。
「しくじるなよ?」
「御安心下さい。陰の旗騎士様から”太鼓判”を押されました」
『君は”投擲”の際がある』
「ふんっ。あの”捻くれ騎士”が太鼓判を押すなら問題ないな。それなら・・・・やれ」
青年は指示を出すと直ぐ薙刀を持って自らオグルへ斬り掛かった。
すると他の者達も斬り掛かった。
これにフランシス修道院長は右手をギュッと握り締めたのを少年は認めつつ・・・・自身は懐に手を走らせた。




